虚構新聞もゴツボ×リュウジも参画 本を通じて郷土の人をつなげる、小さな出版社の大きな夢
記事:じんぶん堂企画室
記事:じんぶん堂企画室
2020年7月23日、JR長浜駅に直結する複合商業施設「えきまちテラス長浜」の1階に「えきまちライブラリー」がオープンしました。第三セクターが運営する4階建ての再開発ビルで、地元スーパーマーケットの跡地に2017年7月に開業しましたが、地方都市の駅前再開発のご多分に漏れず業績不振が続き、当初目標としていた月間利用者4万人の達成はなかなか難しい状況。2019年に市民対象に実施したアンケートでは回答231件中、「自由に使えるフリースペース」(14件)「ブックカフェ」(11件)を求める声が寄せられました。
そこで、市内唯一の出版社「能美舎」を主宰する私に声がかかり、今後の展開を模索することになったのです。私からは、全国で700カ所以上に広がる「まちライブラリー」という取り組みを提案することにしました。
まちライブラリーとは、本を通じて人と人とが緩やかに交わることを目的にする「みんなで育てるライブラリー」。みんながメッセージをつけたオススメの本を持ち寄って本棚を作ったり、その本を貸し借りしたり、本を切り口にしたイベントを企画したりするのが活動の柱です。ただ、このコロナ禍、貸し借りやイベントは敷居が高いので、まずはみんなが自由に本を閲覧できるスペースとして始めることにしました。
ライブラリーには「長浜人の本棚」をテーマにした本をピックアップして並べています。歴史ある街だけに、明治以前から学者や文化人が多数輩出している長浜ですが、オープン第1弾となる夏休み企画展では、滋賀が誇る2人のサブカル有名人を前面に押し出してみました。
トップバッターは長浜市出身の漫画家ゴツボ×リュウジ先生。1976年生まれのゴツボ先生は、「ササメケ」「アニコイ」「もののけもの」など多数の人気作品で知られます。登場する人物名の多くが県内の地名に由来し、滋賀弁を話したり、琵琶湖岸など地元では馴染みの風景が描かれたりしています。お連れ合いのナオさんも漫画家で、現在無料webコミック誌「ヤングエースUP」にて連載中のコミカライズ「異世界落語(原作 朱雀新吾)」はご夫婦の共作です。
展示は「君たちの先輩は偉大だ!勝手に漫画家ゴツボ×リュウジ祭!!」と銘打っていますが、もちろんご本人の協力も全面的に得ています。目玉は、ゴツボ先生と、長年のファンを公言している県内在住の虚構新聞社主UKさんとの対談パネル。
「実際にありそうで実は存在しない」嘘のニュースでおなじみ人気ウェブサイトを主宰するUKさんは学生時代、県外の友人から「滋賀って琵琶湖以外何があるん?」とからかわれたりするのが残念だったそう。そんな時、地元ネタが満載のゴツボ先生の作品に出会い、勇気をもらったと言います。
展示会場には中高生や親子連れの姿が。「先生の漫画を読んで地元が好きになった」という男性や、先生と小中学校が一緒だったという女性から「地元の人たちが喜んでいる。次は両親を連れてくる」と嬉しい声もいただきました。高齢化と若い世代の市外流出に悩む長浜で、UKさんのように、若い人が地元への愛情を育んでほしいと願っています。
一方、集客や今後の展開などに不安がある私は、多方に協力を仰ごうと「まちライブラリー提唱者」の磯井純充さんをお招きし、勉強会を開きました。カフェやお寺、個人宅、小学校、公共図書館の一画など、「まちライブラリー」は全国に広がっていますが、磯井さんが挙げた失敗しやすい人は「場づくりを目指している人、主体が行政・企業、成果を求める人、制度や仕組みに固執する人、他の人の依頼ではじめた人、他者のため・人のためにやる人」。
あれれ? まさに行政から依頼を受けて事業を提案し、「本を通じた場づくり」を目的にし、あわよくばこの複合ビルの利用者数を増やし、ビルの売り上げに貢献できれば…と目論む私はどうやら失敗しやすい典型のようです。
そこで磯井さんから頂いたアドバイスは「とにかく純粋に運営者が楽しむこと」。子どもは砂遊びをするとき、「山を作ろう!」「穴を掘ろう!」と勝手に盛り上がり、遊びに夢中になります。すると、知らないうちに「面白そうだな」と友達も集まってきます。その子が「山を作るメリットは?」とか「作っては壊すのに費用対効果が悪いのでは」と言い出したら周りは興醒め。磯井さんは「だから、他の人は堀江さんを放っておいてあげること。どんな成果も期待しないこと」とアドバイスし、参加していたビル関係者や行政の方々も苦笑いしていました。
私は2013年、前職の新聞記者として大津市に赴任。琵琶湖を抱える滋賀県の自然の豊かさや、歴史的な遺構が人々の暮らしに馴染んでいることに居心地の良さを感じていました。特に魅せられたのは、独特の食文化。冬は味噌を作り、春になれば山菜を摘み、初夏には小鮎を炊いて、夏はふなずしを仕込む。埼玉の新興住宅地で育った私にとって、何もかもが新鮮で「豊かさ」の物差しが変えられていきました。
退職後、のどかな田園風景と村のあちこちに湧き出す清水(しょうず)が気に入り、長浜市木之本町大音という集落に移り住みました。そこで暮らすうちに、村人が米や野菜を作り続けるから、田園風景が守られる。琵琶湖の魚を食べ続けるから、漁師が湖の環境を気にかけてくれる。村の行事を伝え続けるから、寺や社が守られる。私が好きになったこの風景というのは、人々の暮らしが守ってきたのだと実感するようになりました。
そしてそれは、暮らしが変われば失われてしまうものだと気がつきました。残していきたい、その思いが田畑を借り、伝統食を学び、そして活字として地域の文化を残していくことにつながりました。出版社を立ち上げてこれまでに、地元に住む市民ライターがお勧めスポットを紹介する「きのもと文庫」、ユネスコ無形文化遺産に登録された「長浜曳山まつり」の英訳付きの写真集や、湖北の観音文化の空気感がそのままに描かれた井上靖の小説「星と祭」の復刊などを手がけてきました。
ひとり出版社ですが、ひとりで本を作ることは少なく、印刷の資金集めから、本の制作、販売まで、地元の方々と一緒に活動することがほとんどです。その過程が、価値観を共有できる仲間を作り、ふるさとへの愛着を再確認し、募らせていくと感じています。
今回、新たに始めた「えきまちライブラリー」では、本作りよりももっとゆるやかに、市民が交流できるパブリックスペースを作れたらと思っています。本の大きな魅力のひとつは、世代も性別も職業も立場も超えて、ゆるやかに人と人をつなげていけるところ。本を通じて多様な人が集まり、多様な価値観を認め合える空間を作っていくことが理想です。
「好きなことをやっていい」と磯井さんから太鼓判を押された私は、なんだか肩の力が抜けたみたいに、楽しいアイデアが浮かんできました。えきまちライブラリーでは次回、地元の絵本作家・山田美津子さんと一緒に原画展を開催します。子育て世代が中心となったマルシェと連携し、読み聞かせやトークショーもある、withコロナ時代を見据えたイベントを開催しようと企画中です。
理想の風景は日々の暮らしから。まずは駅前に、そんな場を作っていけたらと思っています。