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『竜女戦記』が目指すは和製『ゲーム・オブ・スローンズ』!? 「テーマパーク」的世界観はいかに作られるのか

記事:平凡社

『竜女戦記 2』(2020年8月27日発行) 天下取りの修法を授かった「たか」。人を操ることができるという、その能力とは一体──。一方、青竜蛇家と黒蛇家は互いの子女を政略結婚させることに同意。冷戦下にある〈陀国〉の勢力図は変化を遂げつつあった……。
『竜女戦記 2』(2020年8月27日発行) 天下取りの修法を授かった「たか」。人を操ることができるという、その能力とは一体──。一方、青竜蛇家と黒蛇家は互いの子女を政略結婚させることに同意。冷戦下にある〈陀国〉の勢力図は変化を遂げつつあった……。

架空の世界を創りあげるメソッドとは

──第1巻では、主人公の「たか」が、ある運命を背負うまでが描かれていましした。都留さんにとって、初めての女性主人公ですが、改めて、なぜ女性を主人公としたのでしょうか。

 司馬遼太郎の小説などを見ればわかる通り、ほとんどの戦国ものは男性が主人公です。『国盗り物語』は、応仁の乱で廃墟と化した京都で、若き斎藤道三が「天下を取る!」という大望をいきなり思い描くところから始まります。私も初めは斎藤道三をモデルに主人公像を構想しましたが、なにかしっくりこない。問題は動機付けです。「天下を取る」という男の子的な野心が、現代の要求にしっくりこない気がしたのです。

 いま驚異の大ヒットとなっている『鬼滅の刃』に見る通り、登場人物の目的はただ強くなるということにはありません、「家族を守る」というような、現代人にフィットする動機付けがあるのです。海外ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の原作である『氷と炎の歌』の登場人物も、「家族を守る」ということが基本的な動機付けになっています。そこで、ある家族を設定して、戦乱の中でその家族を守るために一家で奮闘するというストーリーを思いつきました。

 しかし、それではパクリっぽい気分になってしまう。そこは自分なりのオリジナリティを押し出したい……。そこで浮かび上がってきたのが「女性」という視点でした。

──しかし、時代設定は封建社会ですし、女性で、しかも地位の高くない武士の妻が天下を取るというのは、現実的には難題でもあります。

 ややネタバレになってしまいますが、主人公の「たか」は、天下取りの修法を授かることで、人を操ることができるという能力を得ることになります。その能力が、主婦でありながら天下を取るという「無理くり」な物語のハードルを乗り越えてくれるだろうと考えています。

 この能力は作品を構想していた頃、アニメ映画『君の名は』が大ブレイクしていて、「人格が入れ替わる」という設定を時代劇に取り入れたらどうだろうと考えたのが出発点です。いまさら指摘するまでもないことですが、『とりかえばや物語』や『転校生』など、人格入れ替わりは日本のエンタメのお約束でもあります。

 また、そんなに知られていない作品ですが、有名なSF作家ダン・シモンズの『殺戮のチェスゲーム』という、ややマイナーなホラー小説があって、今回の主人公「たか」と似た能力を持ったバンパイアたちが「人間チェス」という悪趣味で血みどろの戦いを繰り広げます。この辺から発想しています。

 時代劇の世界の面白さは、階層社会の面白さで、社会階層によって、人々の置かれた条件や意識がまったく違うというところにあるのではないかと思っていて、この能力はその面白さを感じさせてくれるものにもなるはずです。また、主婦がその限られた生活空間で天下の出来事を動かしていく力を発揮する「チート能力」としても有効だろうと思っています。

自らが授かった能力の秘密を知らされる「たか」(『竜女戦記』第2巻より)
自らが授かった能力の秘密を知らされる「たか」(『竜女戦記』第2巻より)

──『竜女戦記』は、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』や、その原作の『氷と炎の歌』を参考にしているそうですが、特に作品内の地図が印象的です。中国と思しき大陸は東に。日本の形に近い島も反転していますが、ここからも、この世界がパラレルワールドだという提示がなされているのでしょうか?

 完全にそのつもりで、これは『氷と炎の歌』の受け売りでもあります。『氷と炎の歌』の主要な舞台となる大陸〈ウェスタロス〉は、いわば巨大化したイングランドですが、その中に、フランスやイタリア、ドイツ、北欧やスコットランド、アイルランドを思わせるヨーロッパの各地方を、もともとのヨーロッパが「横長」なのを転換させ、南北の「縦長」に再配置しています。この〈ウェスタロス〉と海を隔てた東側に、〈エッソス〉という、東欧・ロシア、ローマ・ギリシア世界とオリエント世界、ユーラシアやアフリカをごっちゃにしたような巨大大陸が存在しています。

 白人読者が思い浮かべる西欧の「コア部分」と、「それ以外」の区別をそのままに、現実の地理歴史を変形・再配置するというこの手法は、ヨーロッパやイングランドの風物・歴史を想起させるが、そのどれとも違うという、異様でぞくぞくする世界観効果を生み出しています。ヨーロッパみたいだと思っていると、どこかが巧妙に違うので、そのまま置き換えが効かず、頭の中がねじまがって想像力を掻き立てられるのです。これと同じことを日本と東洋世界でやってみるのは、思考実験として面白いと思いました。

見慣れた日本地図が反転し、思考が揺さぶられる(『竜女戦記』第2巻より)
見慣れた日本地図が反転し、思考が揺さぶられる(『竜女戦記』第2巻より)

──確かに、『竜女戦記』を読んでいて、一瞬戸惑う箇所もあるのですが、実はそこから面白さの深みにはまっていくように感じました。

 『竜女戦記』の世界に即して言うと、日本の封建社会を思わせるのが〈陀国〉で、古代日本に比べてはるかに巨大な先進文明圏だった中華文明を思わせるのが〈東華〉です。しかし、中国をイメージしている〈東華〉を、日本から見た「西方」にはおかず、これをヨーロッパから見たオリエントのように東に配置し、日本地図も上下ひっくりかえして、左右や上下を反転させるのは私のオリジナルです。日本という固定したイメージを、積極的にこんがらかせたいのです。

 「四国」(支国)が北にあると考えるだけで、なにやらこんがらかってくるところが私は気に入っています。鬼ヶ島といえば、温暖な瀬戸内海、四国を隔てた岡山あたり(にあったのかも)、というイメージですが、〈陀国〉世界では、北方にあるのです。北前船が行き交っていた、日本海のイメージです。鬼のイメージと、東北人やアイヌの男っぽいイメージが重なります。さらに、東西を反転したことで、何やら日本がイングランドのようにも見えてきて、〈支国〉がアイルランドのようにも見えてきます。アイルランドのように、本島から何回も侵略を受け、そのたびに乗り越えてきたしぶとい人種たちがそこに住んでいるように見えてくる。

 現実の日本をでっかくするだけ、ただ置き換えるだけでは、想像力が刺激されない。こういう幾何学的な混乱を頭の中に起こして、自分でも思いもよらなかったイメージが出てくるのを期待しながら世界を創っています。

──人間以外の種も登場しますし、第2巻では南方の国から、人間と猿との異質同体である人物も登場してきます。各地域での人種の分布などにも意図があるのでしょうか?

 柳田國男の『蝸牛考』で有名な、方言周圏論というのがありまして、これはあくまでカタツムリの呼び名という限定的なテーマに関わるものなのですが、京都を中心に、遠ざかるほど古い呼び名が残っている、というものです。そうすると、東北と九州は、距離的にはかけ離れているのに、古い言い方がまだ残っていて、言葉に共通性があるという奇妙な分布になるのです。

 『竜女戦記』の人文地理世界は、このイメージを敷衍しています。〈陀国〉の古い都〈鶴都〉は、〈中原〉と呼ばれる豊かな大平野に発展したことになっています。位置的には、日本の名古屋くらいをイメージしています。そこから南北に遠ざかるほど、古い遺風が残っています。都周辺は江戸時代の風俗なのですが、そこから遠くに行くほど、室町、平安、さらには弥生・縄文と古い文化がそのまま残っている世界です。縄文の狩猟採集文化は、〈陀国〉の南北の端、人跡未踏の山奥に残っています。さらに奥地に行けば、石器を使う猿人や、マンモスのような古代生物、さらには恐竜さえ生き残っているかもしれない……。歴史の時間軸が空間的に平面化して現れるのです。

 『竜女戦記』の舞台は日本史のテーマパークですが、そのテーマパークの秩序は、方言周圏論のイメージで構造化すると説得力が出るのではないかと思っています。

各国が保有する竜も、今後の政局の行方を左右する一因に(『竜女戦記』第2巻より)
各国が保有する竜も、今後の政局の行方を左右する一因に(『竜女戦記』第2巻より)

──読者としては何気なく読み進めているところにも、細かな設定が考えられているのですね。

 他にも、この周圏的なパターンは世界地図にも敷衍していきたいです。東華大陸は、ユーラシアのような巨大大陸なのですが、その先住民は、北欧人のような金髪碧眼の白人としてイメージしています。大陸中部に勃興した、アジア系住民による大帝国により、先住民はあるいは滅ぼされ、あるいは逃亡しました。この世界では白人は滅びかけたマイノリティで、大陸の東の端(現実の日本の位置に近い)にある島国しか生き残っていません。

 もうひとつ生き残っているのが、大陸の西端にある〈陀国〉の、さらにその北の端にある〈北蛇国〉です。しかし、この地方を伝統的に支配しているのは、山岳に住まい、さらに強大な体力を持つ鬼族です。さらに北に行くと、氷原が広がっていて、そこに世界で最後に残された純粋な金髪碧眼の白人種がいて、エスキモーのような狩猟採集生活を送っています。この地域には白人よりもっと古い猿人も何種類か生き残っています。

 征服と支配の歴史が人種的特徴にも影響しています。南の〈黒蛇国〉は、東南アジアのような首長国連合に、武家政権が移植されたような世界です。〈黒蛇国〉の支配階級は、現地人との通婚により、黒い肌色を帯びるようになっています。一方で、〈北蛇国〉の人々は、さっき述べた白人種とも一部混血して、北欧人のような風貌で、高貴ないでたちをしています。

 文化人類学の考え方も応用しながら、〈陀国〉が単なる日本の置き換えではなくて、ファンタジーのイメージと融合した、人類文化のショールームみたいになると面白いなと思っています。

*単行本2巻の刊行を記念し、マンガ専門書店「マンガナイトBOOKS」(東京都文京区)にて、『竜女戦記』の原画展が開催。詳細は以下リンク先から確認できます。

⇒「マンガナイトBOOKS」都留泰作『竜女戦記』原画展

*本インタビューは平凡社の総合文芸誌「こころ55号」(2020年6月刊行)掲載の記事の加筆・抄録したものです。完全版ロングインタビューは、以下リンク先のサイトからPDFをダウンロードして読むこともできます。

⇒竜女戦記刊行記念著者インタビュー完全版PDF公開サイト

⇒『竜女戦記』1巻は平凡社HPより購入サイトにアクセスできます(電子版コミックあり)

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