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司馬遼太郎×『ゲーム・オブ・スローンズ』=『竜女戦記』?  破格の歴史ファンタジー漫画が登場!

『竜女戦記 1』(2020年5月22日発行)三匹の竜が住まう国・陀国。戦の絶えないこの国で、 また一つ、新たな争いが勃発する。国を追われた「たか」は、家族の命運を背負いながら、 この世界にどう立ち向かうのか!? 主婦が天下を取る、壮大な歴史ファンタジーの幕が上がる!

世界観のあるエンタメの作り方とは

──今回は、初めて歴史をテーマにした作品に挑戦していますね。

 子どもの頃から世界史が好きで、歴史的な事物を描きたいという気持ちはずっとありました。大学で文化人類学に進んだのも、世界史好きの延長で、異なる文化世界、壮大な人類史のロマンに惹かれた、ということがあります。50歳をすぎて、本当に自分の描きたいものは何かを考えた結果、やっぱり歴史を描きたいという気持ちに戻ったと言えます。

──今回の『竜女戦記』では、過去の歴史を素材としつつ、ファンタジーを絡める発想が面白いですね。

 いろいろと考えを深めていた時に出会ったのが、アメリカのSF作家ジョージ・R・R・マーティンによるファンタジーシリーズ『氷と炎の歌』でした。海外ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の原作本といえば、知っている人もいるでしょう。マーティンは、「文化人類学SF」と言われるジャンルを構築した、私にはあこがれの存在です。

 ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』を見た人には説明不要と思いますが、このシリーズは中世ヨーロッパを彷彿とさせる架空の異世界を舞台にしています。魔法や竜が登場する、いわゆるファンタジー世界なのですが、現実の歴史的事件と似通った、リアルな権力闘争や人間の生き死にが描かれています。

 作者マーティンは歴史好きで、時に残酷な現実の歴史的事件、人物の性格をリアルに描き込んでいます。言ってみれば、西欧の歴史オタクの脳みその中身をごった煮にして、トールキン流のゲーム・ファンタジーの構図の中にぶちまけ直したような世界観なのです。

日本を思わせる架空の異世界が舞台に(『竜女戦記』第1巻より)

──『ゲーム・オブ・スローンズ』は全世界的に社会現象になりましたね。少し『竜女戦記』の骨格が見えてきたような気がします。

 『氷と炎の歌』は西欧史を題材にしていますが、私がひらめいたのは、日本史を題材にこれを行ってみてはどうか、ということでした。私は司馬遼太郎の小説も大好きで、何度も読み返しています。私の中では、歴史に対する姿勢において、マーティンと司馬はよく似ています。オタク的な歴史知識ということはもちろん、「時代劇」とか「剣と魔法」というような定型を拒否して、リアルな歴史事実を好む姿勢や、乾いたユーモアを含む、歴史家的な突き放した人物描写においてです。『氷と炎の歌』は、ハードな権謀術数と、くるくると入れ替わる対立軸において、司馬遼太郎の『国盗り物語』におけるような、戦国武将の権力闘争とそっくりなのです。

──いよいよ、『竜女戦記』の構想ができあがったんですね。

 そうですね。ただ、いざ描こうとするとなかなか難しいものでした。「戦国もの」を『氷と炎の歌』のコンセプトで描いてみたい、ということははっきりしているのですが、架空の世界だから好きにしていいといっても、逆にどこから手をつければいいのかもわからない。合間をみては、〈ウェスタロス〉(「氷と炎の歌」の舞台となる大陸)を思わせる日本地図や、戦国武将の肖像をマンガにアレンジしたみたいなものをノートに描きなぐっては投げ捨てるということを繰り返しました。

主人公一家は〈桜都〉に逃げのびる(『竜女戦記』第1巻より)

――『竜女戦記』では、設定=世界観がとても細かく決められています。都留さんにとって、世界観のあるエンタテインメントを作るということについて教えてください。

 マンガ家をやっていると、「設定だけではマンガは描けない」みたいなことを編集者などから言われます。逆に言えばキャラクターさえあればマンガは描ける。世界観は適当でも、キャラさえ立っていれば読者はついてくる。そういう意味では、エンタテインメントにおいて世界観は「贅沢品」なのです。その考え方はよくわかるのですが、私が影響を受け、あこがれてきた作品は、いずれも世界観がしっかりしています。世界そのものが魅力的で、「その中を探索したい、知りたい、浸っていたい」という気持ちにさせてくれるのです。具体的には『スター・ウォーズ』や宮崎駿アニメです。そんな作品を自分も創りたいと思い続けています。

 ただ、設定に凝ると、設定倒れというか、設定のための設定ということになりがちでもあります。設定がキャラクターを殺すものではなくて生かすものでなくてはならない。『機動戦士ガンダム』のように、作り込まれた設定を、それぞれのキャラクターたちが生きる、そんな世界を創るのは、おそろしくハードルが高い。でも、それぞれのキャラクターに世界の中での役割や運命を与えられる、そんな世界観を構築することが必要なんです。

――以前のインタビューでは、「緻密な世界を客観的に提示して、読む人に発見や衝撃を与えられる作品」を作りたいと語られていました。今回もそのような意図がありますか。

 もちろんその意図はあります。それが最大の目的と言ってもいいかもしれません。今まではむしろ、「設定倒れ」しないように、設定に深入りせず自分なりにキャラクター中心でマンガを描く努力をしてきたつもりです。過去の作品では、ひたすら男性の情けなさや利己的な性欲などを描き出すことを優先して考えたこともありました。

 人々を惹きつける、スターキャラを作るマンガ家たちは、いわば肉体系というか、アクターでありアスリートだと思います。自分自身の生き様や理想像を紙の上で拡大して演じて、読者を圧倒するのです。しかし、学者肌で線の細いマンガ家というのもいて、キャラクターは多少ひょろひょろしているが凝ったストーリーや作り込んだ世界観で読者を魅了します。文化人類学などをかじってきたくらいですから、学者肌なところもあるので、そういう世界観的な見せ方が肌に合っているのかもしれない、あえてその方面に向き合おうと思っています。

 『スター・ウォーズ』がそうであったように、現実の文化要素や歴史的イメージを、別の空間に再配置し拡大して、観客・読者を圧倒する世界を創りたいものだと思っています。『スター・ウォーズ』が、歴史学・文化人類学の倉庫の中身を宇宙にぶちまけたように、皆が知っている日本史・東洋史の題材を、巨大な大地にぶちまけたような世界を展開したいと思います。

多くの策略に翻弄される主人公「たか」(『竜女戦記』第1巻より)

――『竜女戦記』は、何年ころの世界・日本をモデルとして想定しているのでしょうか。

 裏の構想として、司馬史観をファンタジーとして再配置するというイメージを持っています。なので、やはり戦国時代、戦国時代の残響としての幕末、ということになります。戦国時代の武将の戦いの物語ほど、日本人をワクワクさせるものはないと思っています。

 戦国時代は室町時代末期の混乱した「応仁の乱」からスタートします。ですので、『竜女戦記』のスタート時点のモデルは室町時代末期です。足利将軍家のような、比較的弱い武家政権があり、地方は大領主たちによって分けどりされています。その中で、各地方の文化が発展しています。

 このイメージを骨組みにして、さまざまな時代の事物やイメージを再配置して合体させています。天平・平安鎌倉・江戸時代・幕末、さらには縄文・弥生に石器時代。全て(近世まで)の日本史要素が同じ空間に配列されたテーマパーク的世界です。

 同じ武家政権でも、例えば徳川家康は、かつての鎌倉幕府が源氏という単一家系に依存したため、北条家に乗っ取られたのを警戒して、側室に大量の子を産ませ、いくつもの分家を日本中に配置しました。一方で、大奥のような制度が生まれ、独自の江戸文化が発展しました。『竜女戦記』の武家政権〈青竜蛇家〉は同じことをしています。一方で、江戸幕府は、地方領主の力を削ぐために、参勤交代などややこしい制度をたくさん作って、「一人勝ち」の状況を巧みに作り出しました。しかし〈青竜蛇家〉は、それは達成できていない。赤松家や山名家、細川家といった地方の大家に気兼ねをしなければ存続できなかった室町幕府と同じようなイメージです。

 これら大家の内紛によって応仁の乱がもたらされ、肥大化した地方政権の中で育った強力な人材の中から戦国武将が生まれてくるのです。江戸時代のイメージと室町時代や応仁の乱のイメージ、本来はつながりのない歴史的事物がマジックミラーハウスのように反響し合う世界を作り出すことを目論んでいます。

 編集者に話しても「??……あ、そう」と受け流されるのですが、ここであえて言いますと、一人で盛り上がっている『竜女戦記』のキャッチコピーは、こんな感じです。「戦国時代の武将の興亡ほど日本人を血湧き肉躍らせる物語は存在しない。だが、この物語には重大な欠陥がある。その『結末』を誰もが知っているということだ。しかし、この戦国物語の結末は誰も知らない」です。ちょっと長いですが……。


*本インタビューは平凡社の総合文芸誌「こころ55号」(2020年6月刊行)掲載の記事のダイジェスト版です。完全版ロングインタビューは、以下リンク先のサイトからPDFをダウンロードして読むこともできます。
⇒竜女戦記刊行記念著者インタビュー完全版PDF公開サイト