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進化した仏像の知識、アップデートのススメ 『新版仏像 日本仏像史講義』山本勉さんに聞く

記事:じんぶん堂企画室

表紙の仏像はお気に入りの写真

――旧版から7年、今回は新版として出版されました

 表紙は、旧版と同じ菩薩立像(東京国立博物館)で、私がとても気に入っている写真です。宝冠の横から細長い飾り(冠繒〔かんぞう〕)が垂れ下がっています。造られたときからの飾りなのですが、実はけっこうな重さがあり危険なので、展示には使えないんです。ある時、倉から発見されたんです。くねくね曲がっていますが、金属なので実際は曲がらないためつけるのが面倒なんですよね(笑)。

 先がクルッと巻いているのが、とても良いイメージなので注目してみてください。実は、私の『仏像のひみつ』(朝日出版社)の表紙イラストのモデルにもなっています。

――サブタイトルの「日本仏像史講義」としたのはなぜでしょうか

 元々は10冊本のシリーズタイトルとして考えていましたが、それが6冊本の構想になり、最終的にはこの1冊になりました。最初は私が監修して、若い人に分担して書いてもらおうと思っていましたが、飛鳥時代から江戸時代まで、私1人で全部書くことに意味があると考えました。

 美術史や仏像の本は有名な作品を並べておしまい、という場合も多いですが、歴史の講義として、流れを網羅することを意識しました。網羅することで、有名ではない作品をどう取り上げるかという視点も示すことができます。室町時代や江戸時代には、有名な作品や美しい作品は少ないです。ところがその時代を語ることで、名品がたくさんある、その前の時代についても同じ視点が語る必要がでてきます。そうすると通史として理解できます。

 私は地方の文化財保護の審議委員もやっていますが、有名じゃない仏像を有名にしたいんですよ。「有名な仏像」になるのは些細な運命の差です。たまたま当時有名な人が見たとかで、運命が変わる。京都にあるものと、関東にあるものでも知名度は変わります。

発見した仏像が「人気者」に

――「有名じゃない仏像を有名にしたい」とは

 東京国立博物館に在職中、展示を考えるとき、いつも同じように作品を並べるのではなく、新しい視点を示したいと思ってきました。あるとき倉を調査したところ、箱が出てきた。ふたを開けてみると、線状の金箔で文様を描く截金(きりかね)が美しい仏像を見つけました。おそらく体の一部の変色した金泥が美しくないため、それまで展示されていなかった文殊菩薩立像でした。見つけて興奮しました。

発見した文殊菩薩立像について話す山本さん
発見した文殊菩薩立像について話す山本さん

 その顔を見て、奈良仏師の善円作と思い至り、早速、先行研究を読み気づきました。奈良国立博物館の十一面観音立像と、髪の生え際からの高さがまったく同じだと。さらにアメリカにある善円作の地蔵菩薩像ともそれが一致する。そこから三体がワンセットだと考えたのです。博物館で彫刻を担当しているときは、こんな興奮する発見がしょっちゅうありました。大きな展覧会を担当するよりむしろ、新しい発見の喜びの方が大きかったかもしれません。それ以来、この文殊菩薩立像は東京国立博物館で展示され、「人気者」になりました。

――新版でも、地方の仏像やまだ知られていない仏像の図版が多いですね

 やはり通史にして新しい時代も扱ったからでしょう。例えば、285ページの釈迦三尊像(東京・増上寺)。桃山時代の作品で、作者も宗印と分かっています。門の上にあり、ふだんは見られない仏像です。宗印は豊臣家の仕事をたくさんした仏師ですが、その作品が、徳川家ゆかりの増上寺になぜあるのか。事情はまだ分からないですが、興味深い仏像です。また294ページの東京・九品仏の阿弥陀如来坐像。現在は修理中で、すでに3体くらいきれいになっています。写真にわざわざ「修理前」と書いてあるのはそのためです。

地方の仏像にも注目を

 日本の仏像は、京都や奈良に集中しているのではなく、日本列島全体に広がっているところに特徴があります。歴史の問題をたどると、中央と地方の問題があります。銘文があって基準作になっている仏像が京都や奈良に多いかというと、そんなにありません。逆に地方のほうに年代が分かる物が多い。中央の基準で地方を見るのではなく、地方で基準が与えられて、それで中央の展開をたどることも必要です。

 地方の仏像にもぜひ注目してください。仏像には文化や仏教の違いがはっきりと示されます。時代や場所によっては文字資料より仏像の数の方がはるかに多い。美術史の研究というフィルターを通しながら、その成果を文献史学の人に史料として使って欲しいと考えています。

 地方の問題に注目しているのは、私が鎌倉時代を研究しているからというのもあります。運慶や、運慶が活躍した東国の仏像の存在があるために、日本の仏像の研究が地方からの視点も持てるようになったと言えます。関東に運慶が残っていなかったら、仏像の研究や理解はだいぶ事情が違っていたと思います。

 同じ鎌倉時代の彫刻でも、京都にある彫刻は時代を考えるのが難しい。深い伝統がいろいろな形で現れるから時代の特徴が分かりにくい。それに対して、東日本の彫刻は、新しい物が入ってくるとそれをドーンと無条件に受け入れる面があるので、とても分かりやすい。例えば、運慶の息子・湛慶は、京都の仕事が多かったので、いろいろな伝統的要素が入ってきて彼自身の特徴が分かりにくいんです。

仏像の知識をアップデートして

――旧版と比べてどんな変化がありましたか

 毎年のように国宝が指定されるなど、世の中の方が大きく変わりました。たとえば、101ページの薬師如来立像(奈良・唐招提寺)。これまでは「伝薬師如来立像」という名称で重要文化財でしたが、2019年に国宝になる際、「伝」がとれました。造立された8世紀後半の当時から考えて、「薬師如来」で間違いないだろうと。同じ唐招提寺の「伝衆宝王菩薩立像」などは、伝がついたままですが、これらがまとめて国宝になったのは、大変大きな意味があると思っています。

 また、運慶作の可能性がある興福寺の四天王像(13世紀、国宝)は、安置場所が南円堂から、2018年に完成した中金堂に変わりました。一方、運慶の父康慶の四天王像は中金堂から南円堂に変わりました。そういった最新の情報も、新版に反映しました。

 仏像にくわしい人ほど古い知識のまま思い込んでいることも多い。この本で、新しい知識にアップデートして欲しいです。

――仏像史講義をまとめるにあたり、発見や意識された部分はありましたか

 ある仏師と仏師のつながりが、通史として記述していると見えてくるものがありました。それは一つの小さな発見で、この本では文章のちょっとした部分ですが、流れが新しく見えて、仏像理解の参考にもなりました。

 仏像や仏師を語るとき、それらがどういう流れのなかにあるのかストーリーを示すことが大事だと思います。有名作品だけを語る展覧会もありますが、講義をするとしたら、ストーリーを今後も考えていきたいと思います。「日本仏像史講義」というサブタイトルにしたように、人に話すことは大事です。技法など解説が必要なら注にせず、本文のなかに入れました。しゃべるときに本文と注なんてないんだから。読者にとって本当に分かりやすいかどうか、ということを心がけました。

仏像の歴史をたどって

――仏像の図版がたくさんあり、どこから見るか迷います

 それぞれ好きな仏像や好きな時代があるのでその図版を眺めるとは思いますが、もし時間があれば、この本の一番初めから、仏像の歴史をたどって欲しいと思います。

 作った人個人が主張する時代の仏像もあります。それはどういう作家なのか、仏像がどういう人間関係で生まれたのか、そういったことに思いを巡らせるのも意味があると思います。一方で、作った人の姿が見えない仏像もあるので、その違いは何なのか、考えるのもおもしろい。

 たとえば鎌倉時代の運慶や快慶を少し勉強して違いが分かってきたとしたら、その前はどうだったのか。定朝様(じょうちょうよう)と呼ばれる時代で、作家の個性がなく、むしろそれが良いとされました。その違いがなぜ出てくるのか気づくと、どういう時代だったのか、理解が進むと思います。

 また改めて、こういった概説書は大事だと思いました。末木文美士さんが最近『日本宗教史』に続いて、『日本思想史』(いずれも岩波新書)を出版されました。宗教史が専門の末木さんが、思想史としてさらに膨らませたところに大きな意味があると思いますので、そういった広い視野も参考にして、次の仏像史の記述に生かしていきたいと思います。

仏像も元々、フィギュアだった

――仏像が好きな人は多いですが、なかでも種類に関心を持つ人が目立つようです。

 大きく分けると如来、菩薩、明王、天部の4つですね。2006年の『仏像のひみつ』では、「仏像たちにもソシキがある!」と題して、ピラミッド型でこの4つを説明しました。その後、その説明が定型になったように思います。

 この本を使って長年、講義してきましたが、とてもやりがいがありました。仏像に興味がなかった学生から「ここが面白かった」というコメントがあると大変うれしかったです。仏像が好きな人同士で話すのも楽しいですが、そうではない場も大事だと感じました。

山本勉さんが監修した円成寺の国宝「大日如来像」のフィギュア。運慶のデビュー作として知られています
山本勉さんが監修した円成寺の国宝「大日如来像」のフィギュア。運慶のデビュー作として知られています

――仏像のフィギュアも人気です

 私が監修したフィギュアもあるんですよ(笑)。円成寺の大日如来像がモデルです。仏像も元々、フィギュアといえます。フィギュアが、ある有名な像を元に作っているように、仏像も本物の仏を表すために具体化したものなので、もともとフィギュアと同じ役割をもっているとも言えます。

 また仏像は、制作当時の人が知っている他の仏像について近づけようとして作った部分もあります。私も論じていますが、運慶作の円成寺像は、平安初期に作られた東寺講堂の大日如来像から影響を受けています。そういう意味で、円成寺像は東寺像をもとにしたフィギュアともいえます。

仏像本のおすすめは

――仏像本はたくさんありますが、おすすめは

 恩師の水野敬三郎先生の『ミズノ先生の仏像のみかた』(講談社)と、私の『日本仏像史講義』(平凡社新書)です。水野先生の本はたいへん贅沢な本で、専門家が仏像の見方をおしげもなく語ってくれています。私たちが調査の場で先生から聞いていた内容が、文字として残されています。

――今年3月に清泉女子大を退職されましたが、今後の研究は

 刊行中のシリーズ『日本彫刻史基礎資料集成』(中央公論美術出版)の鎌倉時代造像銘記篇を完成させたいですね。10年くらいはまだかかりますが、紙媒体で育った人間がこの世に残せるものとして、次の世代に残したいと思っています。

 私が仏像研究を志すきっかけになった円成寺の大日如来像は、銘文がみつかったのが、1921(大正10)年。来年でちょうど100年になります。この百年間、こういう造像銘研究が続いてきました。だから、この百年間の仏像研究にかかわった人すべての成果として完成させたいと思っています。

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