撮影行為のアルケオロジー 『白い骨片──ナチ収容所囚人の隠し撮り』
記事:白水社
記事:白水社
マリア・クシミエルチュクはこちらを見ていない。
彼女は顔を下に、また少し横に傾けている。目は地面に向けられている。特に何かを見ているわけでもなく、まるで放心しているようだ。心のうちを見る眼差しだ。
ブロンドの髪は丁寧に後ろでまとめられ、斜めにさす光で輝いている──日差しはまた彼女の顔と身体半分を照らしている。
彼女はかすかに微笑んでいるようだ。
長く黒いマフラーが耳を覆い、顔の下に巻かれているが、額は出したままである。
彼女は明るい色の長いコートを前開きに羽織っているが、たぶん少し大きすぎるのだろう。肩幅一杯にかかり、袖の服地にはくっきりと大きなしわができている。コートの下には、同じ明るい色の、膝丈のスカートをはき、大きな丸いボタンのついた暗い色のカーディガンを着ている。それはラーヴェンスブリュックでは非常に珍しい上質の衣服だった。パリ13区の老人ホームで会ったアニーズ・ポステル=ヴィネの話では、新着者から没収した所持品選別担当の囚人たちが「ウサギ」グループに連帯精神から最良の物を与えるべくやりくりしていたという。だから32号棟のフランス人仲間の一人は、品が悪く、寒さしのぎにもならないボロ着を着せられると文句たらたらだったという。それなのに、マリア・クシミエルチュクが履いていた木靴は、収容所製で、踵のところが空いており、とても履き心地が悪かった──それが囚人の通常の靴だった。
この品のある振る舞いの背の高い女性は、左側の小屋の壁に寄りかかっている。彼女の頭は仕切り壁の水平の板切れに届いているが、これはたぶん窓の支え木だろう。
彼女のむき出しの両手は何か白い布切れをつかんでいるが、写真の粗い粒子では判別しにくい──たぶんウール製の何かだろう。
彼女はそっと控え目に、右脚をレンズの方に向けて踏み出し、また光にもさらしている。ふくらはぎは木靴からはみ出た踵までむき出しである。そうして、ふくらはぎ上部、膝下までにできた大きな腫脹もむき出しになり──異様なまでの傷痕だが──、長い傷痕の穴が脛骨の周りにできている。
写真のコントラストと光度を変化させてみると、地上2メートルの高さに張られて、奥の壁の柱にかけられた支えに固定された有刺鉄線が見える。上には白い陶器の碍子が見えるが、これは電流が流れている印しである。またこの壁沿いの地面に小さな道のようなものも見える。写真左のフレーム外の、別の人物の影が後景の地面、マリア・クシミエルチュクの後ろに写っている。この人物の影は撮影場面に立ち会っているようだ。
この写真ははっきりとした俯瞰撮影で撮られている。ヨアンナ・シドゥオフスカは恐らく、囚人棟の側面入口の少し高くなった石段に立っていたのだ。アニーズ・ポステル=ヴィネは、囚人小屋の側面にあるこうした入口の位置を確認してくれた──小屋に入るには数段上らねばならなかったという。
少し前に、もっと近くで撮られた別の写真では、ヨアンナ・シドゥオフスカは、ほぼ同じポーズでモデルの顔をフレーム外におくようにした──右脚は撮影者に向けて前に強く押し出している。踵は木靴からはみ出ている。軸線はもはや俯瞰撮影のではなく、写真はぼやけており、撮影を不具合な恰好でさっとすませた証拠である──撮影者が石段にいたことは確かなようだ。
[…]
小屋の壁に寄りかかった彼女の上品なシルエット、顔の傾き、あの内なる眼差し、あのかすかに浮かべた微笑み、身を守るように胸元に引いた腕の位置、白い布切れを撫でるような手、控え目におずおずと前に出した脚の動き。マリア・クシミエルチュクの挙動や風情のすべてが、一種の羞恥心を示しており、あたかも若い娘がその傷痕を写真に撮るという、かくも異様な行為を繊細優雅に演じているかのようである。
彼女は最低限度のことしか見せていない。つまり、奇形の腫脹、長いシルエット、彼女が誰なのか分かるだけを見せた顔の一部である。
ほかのこと──彼女の苦悩やレジスタンスへの努力、彼女の感情や眼差し──は彼女だけのものなのである。
【クリストフ・コニェ『白い骨片 ナチ収容所囚人の隠し撮り』(白水社)第二章 生体実験「58 二枚の写真:マリア・クシミエルチュク」より】
【著者クリストフ・コニェによる解説動画(フランス語)Christophe Cognet - Eclats : prises de vue clandestines des camps nazis】