外国語を愛する・外国語に苦しむすべての人に フランス人妻とフランス語が苦手な夫による漫画+コラム
記事:白水社
記事:白水社
2013年9月7日(土)の夜から8日(日)にかけて、多くの人がテレビの前に釘づけとなり、ブエノスアイレスで行われた国際オリンピック委員会(IOC)総会での投票結果を待っていました。そしてまた多くの人が、高円宮妃が美しいフランス語でスピーチをするのを聞いて驚いたことでしょう。つづいて滝川クリステルが登壇。彼女の話し方には明らかに日本語のなまりがありました。そして彼女と、彼女のスピーチの内容についてみなが覚えているのは、フランス語のセリフではなく、日本語の「お・も・て・な・し、おもてなし」でした。さて、この美しい二人の女性がフランス語で話したことが、なぜ東京を優位にしたのでしょうか?
オリンピック憲章によれば、フランス語は英語とともにオリンピックの公式言語だからです。オリンピック開催地に立候補した東京の申請書類を見れば、これら2言語で書かれていることがわかります。フランス語がオリンピックで称揚されているのは、あるひとりのフランス人がオリンピックを称揚したから。彼の名はピエール・ド・クーベルタン。近代オリンピックは彼の功績により今に続いているのです。近代オリンピックはクーベルタンの提唱によって19世紀末に誕生し、オリンピック発祥の歴史的な地、ギリシアのアテネで1896年に幕を開けました。とはいっても、開催国は競技においてフランス語を使うことを強制されているわけではありません。東京都は、オリンピック2020の公式言語を英語としました。フランス語学習者たちの力で、これを食い止めることはできないものでしょうか。
最後に、エピソードをひとつ――東京都による開催地立候補の申請書には、[7月末から8月始めの]競技期間の日本の気温(températures)は〈douces おだやか〉だと書かれていました。もし、夏は日陰で測っても温度計は摂氏30~35度を示すと知っていたならば、それにふさわしいフランス語は〈torrides 灼熱の、焼けるような〉だったことでしょう。
――いつもテーマはどうやって決めるのですか?
カリン西村 ふだん家で起きたことや、日本やフランスのニュースなど、食事のときにのぼる話題のなかで、「じゃあ、つぎはこれにしようか」というふうに、ごく自然に決まります。なので、テーマは無限にありますよ。
じゃんぽ〜る西 もちろん、漫画として面白く描けそうかどうかも重要です。ふたりで決めたテーマについて、まずカリンが先にコラムを書いて、それに合わせたり、補ったり、あるいは逆の視点から眺めたりして、漫画を仕上げています。
――日本の漫画はふつう右開きなので、コマの進み方も左右逆ですが、じゃんぽ〜るさんにとって描きにくさはないですか?
じゃんぽ〜る西 じつは私はもともとバンド・デシネ(フランスの漫画)が好きで、フランスで修行したいと思ってワーホリで行ったほどなので、バンド・デシネとおなじ左開きには違和感もなく、描きにくさはないんです。むしろ苦労しているのは書き文字です。一般的に、日本では文字(ネーム)を出版社で活字に直してくれますが、ここではぜんぶ自分で手書きしているのでそれが大変です。とはいえ、バンド・デシネには文字が手書きというのは結構あるんですけどね。
――連載初年度で印象深かったことはなんですか?
カリン西村 当時の大統領だったオランド氏が来日した際(第6話)、直接インタビューできたことが印象に残っています。オランド氏も、同行した大臣たちも、何を聞いても即座に明晰な返答が返ってきて、政治家はやはり言葉を扱うプロなんだと感心しました。あとはなんといっても東京オリンピック招致決定(第8話)。子どもが生まれたことで、開催される7 年後はどうなっているだろうかと、いろいろふたりで想像して楽しみました。そのとき8歳になる長男は、どんな風にオリンピックを間近で経験するのかな、とか。まさか今のような状況になるとは想像もしていませんでした。それまでわたしは日本の最新通信技術について記事を多く書いていたのですが、世界の関心がどんどん中国へと移っていった時期でもあったので、オリンピックによって日本の技術開発がまた進んで、再び世界のメディアの注目を集めるのでは、と密かに期待していました。
フランスではおそらくそれを「通過儀礼 rite de passage」と呼びます。人生における重要な段階を記す慣習のことです。日本では、宗教的・思想的な意味合いをもたない数々の「通過儀礼」の文化がフランスより保たれているような気がします。たとえば、うちの長男は保育園での6年間を終えたところですが、締めくくりに非常に格式張った「卒園式」のセレモニーがあり、小学校への「入学式」がそれに続きました。長年生きてきましたが、学校行事でこれほど荘厳な催しに参加するのはまったく初めての経験でした。このうえなく感動的でした。親も子も特別な思い出を脳裏に刻み、学校生活のひとつひとつの段階が大切なのだと意識することができます。
フランスでは、幼稚園の年度終わりは、先生にさようなら、ありがとう、と言って、それでおしまい。小学校に入るときも、特別な催しは何もありません。9月の新学年初日の朝、全員がクラス別に中庭に集められ、おのおの自分の先生について行けば新年度が始まります。3年間の高校生活の終わりにバカロレア(大学入学資格)を取得するときも、校舎の入口に掲示された合格/不合格/追試あり、のリストを確認しにいくだけ。しかも今ではリストがネットで公開されて、見にいく必要さえないことがほとんどです。式典は一切なし。これってなんだか、価値をおとしめるような、寂しい、残念なことだと思います。