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住まう人の安らぎと健康は、建築と同じように重要 建築家ヴォーリズの『吾家の設備』

『吾家の設備』より
『吾家の設備』より

日本の住宅革命

 「文化生活」(一九二三〈大正十二〉年六月号)の中にヴォーリズが「日本住宅の革命」という一文を寄せている。そこでヴォーリズの語っている内容を見ると、住宅設計や住宅の設備についてではなく、日本の従来の「家」に関する考え方そのものに改革が必要であると主張している。来日して十八年ほど日本での生活を体験し、それまでの二十数年間の母国での生活体験から、将来の日本の住宅への提言をする前に、根本的な意識の改革をすべきだと語る。

 その改革の第一に挙げているのが「家族制度」の変革で、日本人の「家」に対する感覚は、制度や身分、格式に支配されているとして、意識改革の必要性を訴えている。たとえば、格式ある「家」に「女中」や「下男」と呼ばれる補助者がいる時代は終わり、主婦が家の一切を取り仕切らねばならない時代が到来してきたことで、主婦の「家」に対する関与が重要になると述べている。さらに、着物から洋服へという時代の変化の中で、家に求められる仕様の変化は見逃せないとも指摘している。また従来の「家」は、子供の育成に配慮がなく、家族の健康への配慮の点でも、設計や設備の導入以前の問題として意識革命が必要だというのである。さまざまな欧米の新しく便利なものに目を奪われ、外観上の新しさに熱心になるあまり、本来考えるべきことを置き去りにしている。だからこそ、意識改革なしに本当の生活改革だと思い違いをしてはならないと、ヴォーリズは重ね重ね述べている。その認識に立った上で具体的に住宅の面での改造をすべきだという。

 こうした住宅に関して精神的な改革を論じる一文には独自の説得力があり、長い時間をかけ、私たちにとっては当たり前となった事柄が、九十年以上も前に指摘されていたことに、改めて驚かされる。

『吾家の設備』より
『吾家の設備』より

住む人の健康を考えた具体的な改善

 ヴォーリズ建築を見て最初に気づかされるのは、家に窓が多く配置されていることである。

 ヴォーリズは、部屋の中に十分な太陽光線を入れることは、人間の健康のために重要なことだと繰り返し主張していた。しかし、当時の日本の住宅では、まだガラス窓が一般的ではなく、今日のような既製品はもちろんなかった。そこで、ガラス窓を一般の住宅に取り付けるには、設計段階から詳細に扱いを指示しなければならなかった。ヴォーリズの図面の中には「原寸図」が多くある。それらを見ると、施行する大工さんに西洋式の窓のつくり方を懇切丁寧に指導したことが読み取れる。

 また、西洋式の生活スタイルでは、たとえば畳部屋で押し入れから布団を出して敷くという日常から、個室のベッドルームへ、布団からベッドへという大きな変化が伴う。ベッドはすでに洋館にはあったが、一般住宅に普及しはじめるのは大正時代に入ってからのようである。一九一四(大正三)年に商社マンとしてイギリスに赴任していた宇佐見竹治が、ベッドの心地よさを体験し、日本に広めたいと、一九二六(大正十五)年に日本初のベッド製造会社を興した。『吾家の設備』でベッドが紹介されて三年後のことである。

 しかし、ヴォーリズがベッドを紹介するのは、単なる新しさや合理性だけではなく、第一に「健康」を重視するためである。床面の湿気、カビ、黴菌(ばいきん)を、無防備になる睡眠時の呼吸器から遠ざけるべきだと指摘する。特に床面から立ち上る黴菌を含む埃(ほこり)から身を守るためのベッドという説得の仕方は、大変珍しいばかりではなく、家庭の主婦がその意味を一番に理解したことであろう。

『吾家の設備』より
『吾家の設備』より

暖かな家にする工夫

 熱エネルギーをどのように利用するかという問題も、日本の住宅にとっては大きな改善課題であった。暖房、調理は特定の場所に限られていたが、暖炉の登場で部屋全体の温度調整も住宅にとっては大きなテーマとなった。〈中略〉熱源といえばボイラーも同じで、特に階上にある風呂場には石油式の小型ボイラーが紹介されているし、ヴォーリズの建築では比較的大きな学校や病院などだけではなく、時には住宅でも地下にボイラー室を設け、全館に熱湯を循環させて暖房するシステムが導入されていた。一般住宅に今で言う「セントラル・ヒーティング」のシステムが導入されるようになったのも、西洋建築が普及するに伴ってはじめて考えられたことである。地下室にボイラーを設置し、家中どこにいても暖かいということは、従来の日本の住宅では考えも及ばなかったことだろう。ヴォーリズが手がけた学校施設などでは、教室だけでなく廊下やトイレ、洗面所に至るまでが暖房の対象として配慮された。ある女学校では、生徒が登校時に持参した弁当の保管庫まで用意されていたことを、卒業生が懐かしく回想している。〈中略〉

 設備面だけではなく、ヴォーリズが提案する台所は、まさに主婦が嬉々として立ちまわる料理の実験室のような楽しい空間を目指している。台所での主婦の導線まで観察し、食器棚、配膳、キッチンからダイニングへの導線まで十分に考察して組み合わせている。

 『吾家の設計』では主に住宅の平面計画やデザインなどの立案や事例が紹介されていたのに対して、『吾家の設備』は用途別、機能別にその部屋の役割と位置づけを示し、詳細に解説を加えている。使う立場の住人にとって合理的で便利であるかどうかを、住む人の目線で語ろうとするヴォーリズの姿勢が読み取れる。また、実用性や合理性だけでなく、美術的な要素を重要なキーワードにして心地よい空間にしようと工夫している点が、いかにもヴォーリズらしい。

 音楽や芸術面、人の健康について、十分な配慮をし、目が行き届く視座を持っていることは、建築家にとっては重要なことである。

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