不倫で「自分の人生」を取り戻したい人 『「不倫」という病』
記事:大和書房
記事:大和書房
切実な理由から不倫する人もいます。多いのは、自分の人生を取り戻したいという思いから不倫する女性です。
ある40代の女性は短大卒業後にアパレル関連の会社に就職し、販売員として派遣された百貨店で知り合った男性と結婚しました。夫は百貨店の正社員で、当時は駅前の一等地にある店舗に勤務し、服装もきちんとしていて礼儀正しかったので、両親もとても喜んだといいます。
夫の希望もあって、寿退社し、翌年息子が生まれました。百貨店の業績が良かった頃は夫は高収入でしたが、営業のためと称して毎晩飲んで帰り、いつも午前様。それでも、何か食べるものを用意して待っていないと、怒鳴られましたし、ワイシャツをきれいに洗濯して糊付けし、シワが1本もないように丁寧にアイロンをかけておかないと、嫌みを言われました。クリーニングに出すなんてもってのほか。「おまえは家にいるんだから、洗濯くらいちゃんとやれ」と怒られたということです。
夫の様子が変わったのは、百貨店の業績が悪化し、勤務していた店舗が閉鎖され、別の店舗に異動になった頃からです。収入が減ったため、飲み歩くことはなくなりましたが、家で缶酎ハイを浴びるように飲んでは、「おまえにおれの苦労がわかるか」「おまえはいいよな、家で遊んでればいいんだから」などと妻にからむようになりました。
また、些細なきっかけで激高することが増えたそうです。帰宅時に風呂が沸いていないとか、味噌汁がぬるいとかでキレて、「バカ」「ダメな奴」などと暴言を吐くようになったのです。
やがて夫はリストラされました。再就職の活動を始めたものの、いずれも失敗。夫が再就職を希望する百貨店業界は軒並み業績が悪化していて求人がないのだから、当然でしょう。しかも、夫は50歳を過ぎており、プライドが高くて要求水準をなかなか下げられないこともわざわいしたようです。
求職活動に失敗するたびに、夫は泥酔して、妻に手をあげるようになりました。貯金と退職金を取り崩す生活で、経済的な事情から1人息子は大学進学を諦め、学費が安く寮のある専門学校に入って家を出ました。妻は家計のため、そして夫のDVから逃れるために、近所のスーパーでレジ打ちのパートを始めました。それについても、夫は「おれが無職で収入がないことへの当てつけか」と嫌みを言ったそうです。
その後も、再就職先が見つからない夫は、昼間から泥酔する生活を続け、家事は一切手伝いませんでした。妻の帰りが遅かったり、夕食がなかなかできなかったりすると、夫は激高して、手近にあるものを手当たり次第に投げつけたそうです。落ち着けるときはなく、次第に妻は落ち込んで、「私の人生は一体何だったんだろう」と考え込むようになりました。そんなとき、妻が顔に青あざを作っていたのを心配して、スーパーの店長が親身に相談に乗ってくれたのです。
この店長は年下で既婚者でしたが、夫に関する愚痴を優しく聞いてくれたので、妻は「この人とだったら人生をやり直せるかもしれない」と思うようになりました。やがて、「パート」と夫に嘘をついて家を出て、店長とホテルに行くようになったのです。
ある日、パートを終えて帰宅すると、すごい形相の夫から「おまえはどこに行っていたんだ!」と怒鳴られ、店長と一緒にホテルに入っていく妻が写った写真を投げつけられました。どうやら、妻の様子の変化に気づき、興信所に調査を依頼していたようです。そんなお金がどこにあったのかと思ったそうですが、夫に尋ねる勇気はありませんでした。
その日から夫のすさまじいDVが始まりました。そのうえ、夫は例の写真をスーパーの本部に送りつけ、店長は退職に追い込まれました。妻も退職し、夫のDVから逃れるためにボストンバッグ1つだけ持って家を出て、シェルターに避難したのです。
その後、夫が元店長に慰謝料を請求するなど一悶着あったようですが、何とか離婚が成立しました。この女性は安いアパートで1人暮らしを始め、別のスーパーでパートとして働きながら、かつかつの生活を送っています。
経済的に厳しく、孤独な生活のせいか、気分が落ち込んでうつ状態になることが少なくありません。とくに前夫から受けたDVや浴びせられた暴言を思い出すたびに涙がこぼれて泣き出したくなるということで、私の外来を受診したのです。
この女性にとって何よりもつらいのは、「この人とだったら人生をやり直せるかもしれない」と思った不倫相手の元店長からも、「あんたのせいで、おれの人生はめちゃくちゃになった。家庭も壊れた」と暴言を浴びせられたことだそうです。唯一のよすがだっただけに、よけい耐えられないのでしょう。
彼女に限らず、これまでの生活に不満を抱いていて、自分の人生を取り戻したいという切実な思いから不倫に走った女性が、相手の男性は単なる火遊びとしか思っていなかったと気づいて、愕然とすることは少なくありません。