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いま、アンダークラス化する若者たちに必要な支援は何か

記事:明石書店

若者の生活保障

 “失われた20年”で、いくら働いても暮らしが成り立たない人々が増加する社会となった。学校時代を経て実社会に出る若者たちのなかには、“暮らしが成り立つ”という観念さえもてない例も目立つようになった。新型コロナ禍はその趨勢を決定的にしてしまうのではないだろうか。若者と、これから若者期に入る人々のなかには、それまでの時代に確立した「結婚、持ち家、子どもの教育」がセットになった標準生活(中流生活)を営むことができない人々が増加していくだろう。

 若者のこのような状態に歯止めをかけるためには、若者の生活保障という理念を打ち立てることが必要だ。生活保障とは、経済・非経済の両面で人としてあるべき質量を兼ね備えた生活水準を担保する生活の保障をいう。生活保障の担い手は第一義的には国家にあるが、国家による公的保障だけでは充足されない。公的保障を中軸に据えながらも、官民の若者支援によって構成されるインフラの整備が必要だ。実際のところ、若者の生活は、本人、親・親族、企業など仕事の世界、国家によって担われているからだ。

 

若者支援施策の展開と限界

 少し時間を遡ってみよう。1990年代半ば以降、フリーターやニートなどの増加を介して、青年期から成人期への移行途上の若者に対する世間の関心は広がり、2000年以降になると、若者の職業的自立や「人間力」強化などが政府によって推進され、ジョブカフェ、自立塾、地域若者サポートステーション、ひきこもり支援センターなどの事業が展開した。これらの制度にのらない民間支援活動も各地で始まった。それらは、職業的自立を柱にしながらも、様々な課題を抱えた若者への支援政策として推進され、民間の多様な相談サービスや居場所づくりの取り組みもみられるようになった。

 さらに、2015年以降、子どもの貧困対策、生活困窮者支援が開始され、それまでは認識されてこなかった若者の貧困へも関心が向いてきている。とはいえ、世間の関心は変わりやすい。“就職難の時代”と呼ばれるような時期が過ぎ去ると、若者問題は社会課題から消されてしまいがちである。しかも、不安定な仕事と経済状況にある若者の多くは親と同居しているため、貧困も深刻な親子葛藤も家族のなかに隠れてしまう。重篤な困難を抱える若者でも、自ら支援機関に助けを求めることは少ない。そのため、実態を把握することは難しく、若者の一部しか支援の対象になっていないという現実は解消されていない。その結果、もっとも救済の困難な若者層が取り残されてしまうのである。

 社会的救済が必要な若者は、子ども時代から救済が必要だった例が少なくない。これらの若者の過去から現在までの生育歴を知ると、生育過程において抱えてきた諸々の問題が放置され続け、社会の底辺に落とし込まれた例が多いことに気づく。家族による庇護や教育保障から落ちこぼれた子どもたちが、適切な支援を得られることなく実社会で「アンダークラス」として生きていかなければならない現実を問う必要がある。

 

若者政策と若者の課題

生活保障が最優先で強化されなければならない若者層を列挙してみよう。これらは重複していることもある。

 

  • 低賃金、不安定雇用、危険または退屈すぎ、先の見通しが立たない仕事に従事し、いつになっても独立生計が望めない若者層(非正規労働者、ワーキングプア)
  • これまでの社会保障制度がカバーできない新しい生活困難層としての若者層(ワーキングプア、ひきこもり、就労困難者)
  • 親の扶養や介護のために自立できない若者層(ヤングケアラー)
  • 社会的養護を巣立つ若者、一時保護から家庭に返され貧困・虐待・経済的搾取に晒される少年少女、家出少年少女、ネットカフェ難民、車上生活者、路上ホームレスなど誰を頼ることもできず生活基盤を築くことができない若者層
  • 貧困率がもっとも高い母子家庭の母と子

 

 若者政策は、教育、職業訓練、労働、住宅、医療、余暇活動、社会統合、平等政策など広範な分野を包含する政策であり、それらが若者のために実質的に機能することによって、若者はライフチャンスを獲得し、長期的な展望をもって人生を歩むことができる。

 生活保障とは、雇用と社会保障をむすびつける言葉である。若者の生活が成り立つためには、一人ひとりが働き続けることができ、やむを得ぬ事情で働けなくなったときには所得が保障され、あるいは再び仕事に復帰できるような支援を受けられることが必要である。若者の生活保障は、教育を受ける権利、職業訓練を受ける権利、仕事に就く権利、家族を形成する権利を含んでいる。社会に出る準備としての適切な教育を受けることができ、その後適切な就労の場を得ることができ、結婚・家族形成ができるだけの所得、住宅、子どもの養育等が保障されなければならない。たとえ障害や親の介護のために就労による所得では不十分な場合は、不足を補う所得補償が必要である。

 

 次に、若者の生活保障を確立するために解決しなければならない課題を列挙してみよう。

 

  • 現行の若者向けの社会保障は手薄で、就労による生計確保以外の方法はほとんどない。また、就労所得の不足を補う手段がほとんどない。
  • 若者支援サービスの大半が経済給付をともなっていないため、お金のない人は支援サービス(たとえば就労支援)を受ける余裕がない。つまり、親の扶養を前提に成り立ち、所得保障なしの若者支援サービスになっている。
  • 若者就労支援サービスには、「自立」という出口が担保されていない。生計が成り立つようになる見通しが立たない就労支援になっている。
  • 若者支援サービスは、必要としている若者に十分手が届いていない(低いカバレッジ)。とくにアンダークラスは放置されている。
  • 制度として必要なものは、社会保険と生活保護の間を埋める所得補償、住宅(費)保障、子どもの養育・教育費保障、経済給付つきの職業教育・訓練保障、雇用機会の保障、雇用に代わる就労の場(中間的就労、社会的企業など)である。これらの総合力によってアンダークラス化は防止できる。
  • 多くの若者支援サービスは民間団体頼みで公的責任が不明確である。民間団体は、安い委託費や助成金や寄付で活動していて、行政委託の場合は公的締めつけが大きい。しかも民間委託は市場化の波に晒されている。

 

若者政策の目指すもの

 工業化の時代には、青年期から成人期への移行が、親の保護・扶養をバックに学校から「会社」へとスムーズに橋渡しされ、経済成長が追い風となって若者の生活は保障された。しかし、今では家族も会社もともに不安定化している。それを補うべき国家の役割は依然として小さく、全世代型社会保障への転換がいわれながらも、若者期は社会保障制度における陥没地帯となっている。

 今、若者政策が必要な理由は、社会の支え手である若者世代を「支える」ことが、若者自身のためであると同時に社会を維持するための必須条件でもあるからである。現役世代が数の上で減少しているだけでなく経済的に弱体化し、社会的に孤立している人々が増える一方で、高齢者をはじめとして「支えられる側」はますます増加している。これでは地域社会は持続しがたい。

 宮本太郎は、このようなバランスのとれない現状を打破するためには、「支える側」である現役世代を広く支え直し、彼ら彼女らがその力を発揮できる条件づくりが必要だとする。若者の生活保障は、まさしく「支える側」を支え直す柱といってよい。同時に、高齢者や障がい者など「支えられる側」が積極的に社会とつながることを支援すること、つまり社会参加を重視することが、セットとなっている。若者に関していえば、無業やひきこもりの状態にある若者が社会に参加していくことを重視する取り組みが強化されなければならない。宮本太郎は、「支える側」を支え直し、「支えられる側」の社会への参加を広げていくための取り組みに多くの人々が参加することを共生保障といい、ここに新しい時代の生活保障の形があるとしている。

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