セラピストを目指す人のための「超」入門書 『心理面接の教科書――フロイト、ユングから学ぶ知恵と技』
記事:創元社
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この本は心理療法の実践について紹介したものです。主な読者対象は精神科医を志していて、専門的な訓練を受けている医学系の大学院生です。〔中略〕経験の浅い医師なら、新たに紹介されてきた患者を前にして、「いったいどうすればいいんだろう」と途方に暮れてしまうことも少なくないでしょう。この本では、そうした問いに答えていこうと思います。
私の定義する心理療法とは、心理療法家が患者と対話し、専門的でパーソナルな関係を築くことによって、患者の苦しみを和らげる技術(アート)のことです。これから説明する心理療法の種類は個人的で分析的なものなので、患者と心理療法家という二人の人間しか登場しません。もし集団療法、家族療法、夫婦療法、心理劇、ゲシュタルト療法について、あるいはほかにも無数に存在する心理的介入について知りたければ、別の文献を当たってみてください。
心理療法の実践では、枝葉末節に思えることの多くが実は重要だったりします。たとえば、どのような部屋で患者と会えばいいのか、室内の備品はどのように配置しておけばいいのか、といったことを治療者は前もって考えておかなくてはなりません。個人開業であれば、どのような部屋を使い、どのように室内の備品を準備、配置しておくかは治療者の裁量に任されています。一方、病院臨床であれば、面接室の場所、室内の備品や内装などを決める権限が、若手医師に与えられていれば幸運なほうです。こうした事情の違いもありますが、この章では心理療法を実践する部屋はどのようにあるべきか、私の考えを説明していこうと思います。
病院や診療所に勤める心理療法家の方々に私が力説したいのは、心理療法を行うのに基本的な設備を整えるよう上司に要求することであり、かりに要求に応じてもらえないようなら不満を表すことです。〔中略〕理想を言えば、心理療法を実施する部屋には次のような備品が必要です。まず、患者がリラックスできる、心地よい椅子がなくてはなりません。多くの患者は初めのうち、緊張のせいで、リラックスして椅子に座れないからです。しかし治療が進むにつれ、患者はしだいにリラックスして椅子に座れるようになるでしょう。外来の診察室でよく見かける、硬く角ばった患者用の椅子は、腰を下ろしてじっくり話すのに向いていません。いつも心地よさそうな椅子に座っている医師を見て、患者は自分が不利な立場に立たされたような気分になるかもしれません。
第二に、患者が横になるための寝椅子(カウチ)がなくてはなりません。寝椅子と言っても、内科医が身体検査のために使うものではなく、もっと体を楽にできるものです。かつて私が個人開業を行っていたときは、快適なソファーベッドを使っていました。ソファーベッドにカバーをかけておけばベッドには見えなかったので、ベッドを嫌がる患者にはカバーをかけて使うことにして、逆にベッドを嫌がらない患者にはそのミスマッチ感覚が喜ばれました(ちなみに、ソファーベッドの脚にカバーと同じ素材をつけておくと、部屋を掃除する際に動かしやすくなります)。
患者が面接室に姿を見せたとき、あるいは治療者が待合室まで患者を迎えに行ったとき、まずは治療者の側から挨拶し、自己紹介するのが礼儀です。「ロビンソンさんですか。はじめまして。担当のXです」と。このようなやりとりによって、治療者は患者の名前を実際に確認でき、患者も自分がたんなる番号ではなく、一人の人間として扱われていることを知ります。多くの場合、とりわけ患者が居心地悪そうだったり疑わしそうな素振りをしている場合は、「Z医師(患者の前担当医の名前)から、あなたの問題を一緒に考えていけるかどうか判断するため、しばらくの間、定期的に会うよう頼まれているのです」と説明を付け加えるとよいでしょう。
こうした言葉をかけるのは、第一に、患者はなぜ自分が別の医師を紹介されたのかその理由を知りませんから、治療者がその理由を知っていることを表明するためです。第二に、心理療法とは一般の医学的診察のような医師から指導や助言を受けるという面接ではなく、むしろ患者と医師の一種の共同作業であることを、開始直後から患者に伝えるためです。
初回面接の時間の長さは、それ以降の面接の時間の長さと同じく、五十分から一時間の間にすべきです。この時間の長さは恣意的だと思われるかもしれませんが、実はそうではありません。五十分よりも短ければ、話題を深めるのに十分な時間がないため、治療者、患者ともに不満を抱きやすくなりますし、逆に一時間よりも長ければ、治療者、患者ともに満足するでしょうが、きっと疲れ果ててしまうでしょう。心理療法を適切に行うには集中力と気分転換が必要です。休憩を入れずに集中力が続くのは、せいぜい四五分から五十分までなのはよく知られています。この伝統的にあがめられてきた五十分という時間によって、心理療法家は一時間ごとに面接の予約を入れることができますし、また、次の面接が始まるまでの十分間で自分の考えをまとめ、留守番電話のメッセージに応対し、休憩を取ることもできます。こうしたことは一日のうちに何人もの患者と面接するような治療者にとって必要不可欠なことかもしれません。