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甘え? 周囲から理解されにくい? 今あらためて「新型うつ」を考える

記事:朝倉書店

「新型うつ」について改めて考える。
「新型うつ」について改めて考える。

「新型うつ」はマスコミ用語

 まず「新型うつ」という用語は学術的コンセンサスの得られた定義が存在しないマスコミ用語である(2)。また「新型うつ」と対比される形で引き合いに出される「従来型うつ病」も、診断基準が定められた疾病単位ではない。「従来型」とは、多様な疾患であるうつ病の一面だけを切り出した記述が、あたかもうつ病の全体像であるかのように誤解された結果の、誤ったうつ病像である。そのため「新型」や「従来型」という表現は、学術的な論考で用いるべきではない。しかしここでは、メディアが「新型うつ」として取り上げた現象を解説するという目的のもと、便宜上「新型」「従来型」という呼び方をする。

「従来型」と認知行動的特徴が異なる「新型」

 では、この「従来型」に対して「新型うつ」にはどのような違いがあったのだろうか。「新型うつ」と括られたケースに共通している認知行動的特徴としては、もともと仕事熱心ではなく、無責任で役割から逃避する傾向があり、規範に縛られることを嫌う等が挙げられる。また、抑うつ症状の表れ方にも気分反応性という特徴がある。気分反応性とは、ストレッサーから離れたり、自分の身に良いことがあったりした場合に症状が改善するというものである。さらに「新型うつ」の人は病識があり、自ら「うつ」であると周囲にアピールする(6)。また、不調の原因を会社や他者等、外的要因のせいと考える他罰的な思考や言動も見られる。よって、「うつ病とは真面目で仕事熱心な人が過労の結果陥り、毎日不調なのに仕事を休もうとしない状態なのだ」という固定観念を持っていた人々にとって、仕事熱心とはいえず、症状に浮き沈みがあり、他罰的な言動をとる人物がうつのアピールをしていることは、今まで見たことも聞いたこともない「新型」に思えたのだろう。

自身のメンタルヘルスに不安を抱き、確かめ、「うつかもしれない」とアピールする人が増加した。
自身のメンタルヘルスに不安を抱き、確かめ、「うつかもしれない」とアピールする人が増加した。

「新型うつ」はどうして広まったのか

 操作的診断基準およびうつ病啓発活動の弊害が組み合わさることで、以下のような変化が人々の間に生じたと考えられる。まず、うつ病啓発活動によって、人々の中でうつ病に対するスティグマが弱毒化し、風邪を疑うかのように「もしかしてうつ病かな?」と疑うことへの抵抗感が弱まった。また、操作的診断の普及によりその疑いを簡便に確かめる方法も生まれた。他方、啓発活動を通じてうつ病の認知度は上昇したものの、それは「従来型」を念頭においた一面的なうつ病像であり、具体的な対処法としても「励まさず、十分な休養を取らせる」という部分的なものであった。その結果、従来型以外の「うつ」を受け入れる準備が不十分なまま、自身のメンタルヘルスに不安を抱き、確かめ、「うつかもしれない」とアピールする人が増加した。

医学的治療の対象になるか否かにかかわらず、うつのアピールをする当人は何らかの不調状態にある。
医学的治療の対象になるか否かにかかわらず、うつのアピールをする当人は何らかの不調状態にある。

「従来型」でなければうつ病ではないのだろうか?―「新型うつ」の今後の展望

 心理学分野では、坂本真士の研究グループが臨床社会心理学の立場から体系的にアプローチしている。坂本らの研究グループは、対人過敏傾向と自己優先志向という、「新型うつ」と関連するパーソナリティを提唱し、それを測定する尺度を開発した(10)。以降はこの尺度を軸に、対人過敏・自己優先型抑うつの発症メカニズムの実証的検討を進めている(1)。さらに、坂本らは社会心理学的観点から「新型うつ」の社会的認知についても検討を進め、「新型」は「従来型」よりも否定的に認知されていることを社会的属性の異なる複数のサンプルに実施した研究から明らかにした(11)。今後は、加藤や坂本の提唱した定義や理論が多くの研究者の目により吟味された上で、抑うつ自体の理解が深まることが期待される。最も危惧することは「新型うつ」がかつてのうつ病のようにスティグマ化されることである。それが医学的な治療の対象になるか否かにかかわらず、うつのアピールをする当人は何らかの不調状態にあると考えられる。よって、従来型と一致しなければうつ病ではない、うつ病でないならケアする必要はないといった安直なロジックに陥らないことを祈る。

従来型と一致しなければうつ病ではない、うつ病でないならケアする必要はないといった安直なロジックに陥らないように気をつけることが重要。
従来型と一致しなければうつ病ではない、うつ病でないならケアする必要はないといった安直なロジックに陥らないように気をつけることが重要。

文献
(1)坂本真士・山川樹(2020).日本大学文理学部人文科学研究所研究紀要,99, 109-140.
(2)日本うつ病学会気分障害の治療ガイドライン作成委員会(2016).治療ガイドラインII.うつ病(DSM-5)/大うつ病性障害2016 日本うつ病学会2016 年7 月31 日作成.(2020年3月27日閲覧)
(6)村中昌紀ほか(2015).日本大学心理学研究,36, 44-51.
(10)村中昌紀ほか(2017).心理学研究,87, 622-632.
(11)樫原潤ほか(2018).心理学研究,89, 520-526.

※本書は,心理学的研究や実践から精神障害をみる「 シリーズ〈公認心理師の向き合う精神障害〉」(シリーズ監修:横田正夫)の第2巻です。医療分野ではたらく公認心理師が、心理学自身の視点で精神障害と向き合うために役立つ書籍という意図で企画された全3巻のシリーズですので、ぜひあわせてご一読ください。
 第1巻「心理学からみた統合失調症」(横田正夫 編)2020年11月刊行
 第3巻「心理学からみたアディクション」(津川律子・信田さよ子 編)2021年5月刊行予定

※関連記事:統合失調症に対して心理学で何ができるのか 公認心理師として活躍する方へ

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