海賊・探検家・商人 海を開拓してきた者たち 紀伊國屋書店員さんおすすめの本
記事:じんぶん堂企画室
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一冊目は『海賊共和国史 1696-1721年』(パンローリング)。このタイトルと、装丁のドクロマーク、この分厚さ(512ページ)。出会ってしまったら手に取らずにいられない。本書はそのタイトル通り、カリブの海賊たちが全盛期を誇った時代を、残された記録を渉猟して細かに記したものだ。
海賊といっても、敵対する列強各国(グレートブリテン、フランス、スペイン)が互いに略奪を繰り返し、奴隷貿易も公に行われていた当時にしてみれば、正規の海軍とやっていることはほとんど変わらない。実際に海軍での待遇が劣悪すぎて海賊に転向した者も多く、植民地総督が海賊に買収されたことさえもある。総督の年収の3倍の金額を提示した彼ら海賊は、武力、資金力ともに各国海軍を凌ぐまさに「共和国」を築いていたのだ。
本書で取り上げられる海賊は主に3人。うち1人、通称「黒ひげ」ことエドワード・サッチは、われわれが知る「危機一髪」な風体とは打って変わり、そのひげは長く伸ばして三つ編みにした先にリボンを結び、かぶった帽子の先から(銃に点火するための)火縄をぶら下げて煙を上げている、何とも恐ろしい風体だ。
しかしその見た目とは裏腹に、捕虜を1人たりとも傷つけたり殺したりしていないという、その義賊的スタンスがかっこいい。捕虜は全て交渉の材料であり、時に仲間に組み入れる。サウスカロライナ植民地の首都チャールストンで商船を拿捕し、港を封鎖した際に要求した身代金は、乗組員を治療するための(たぶん梅毒の)薬一箱のみ。しかも伝令に出した手下の海賊が、港の酒場で酔いつぶれて返答の期限に遅刻。危うく交渉も決裂しかける。愛すべきバカともいうべき彼ら海賊の活躍は、やっぱり夏の青空の下で風を感じながら読むのが最適だ。
次に紹介するのは『西暦一〇〇〇年 グローバリゼーションの誕生』(文藝春秋)。コロンブス以前からヨーロッパ人は海を渡ってアメリカ大陸に到達していた、という説は、今は広く知られていて、歴史の教科書の中でもコロンブスは「大西洋を渡った先をインドと勘違いした人」くらいの扱いになっているが、本書によれば西暦1000年頃に北欧のバイキング(ノース人)がグリーンランドを経由してカナダ北東部に到達したことをもって、人類の交易路は世界を一周するに至った。
南北アメリカ大陸間でもネイティブ・アメリカンによる交易がすでに行われている。黒ひげたち海賊一味が跋扈する数百年前から、カリブ海は人類の交易路だったわけだ。ユーラシア大陸(およびアフリカ大陸の一部)はアラブ人、中国人、インド人によって交易路が確立され、日本の光源氏もイスラム世界や東南アジア産の香料を調合していた。インド洋に至っては、マレー半島から6,500キロメートルも離れたマダガスカル島へと移住が行われている。コロンブスの航海に匹敵する距離の海を、その500年前のマレー人は渡っていたのだ。
ある場所で起きたことが、遠く離れた別の地域に影響を与えるという現象が地球規模に及んだ(=グローバリゼーション)のがこの西暦1000年の時代だった。それは輪作など農業技術の向上によって生産量が増え、余剰生産物の交易が増えたことに起因するが、海図も羅針盤も持たずに広大な海に漕ぎ出した人類の偉業に思いを馳せる一冊だ。
最後の一冊は、舞台をぐっと身近に近づけて、近代の日本の海を扱った『アホウドリを追った日本人』(岩波新書)。日本の国境の東端は「南鳥島」で、南端は「沖ノ鳥島」。やたら国境付近の洋上に「鳥」のつく島のある日本の、南洋進出が進んだのは明治時代。なぜ「鳥」がつくのかというと鳥がそこにいたからで、鳥を求めて日本人は島から島へ、太平洋を渡っていた。
彼らの目的はアホウドリ。当時は動物愛護の思想が全くないのを差し引いてもちょっと酷すぎるこの名前の由来は、その鳥が人間を恐れず逃げることを全くしない上に、体が大きいがゆえに飛び立つのもぎこちないことからだが、動物愛護の思想が全くないのを差し引いてもちょっと酷すぎるくらいに、日本人はアホウドリを乱獲し、その羽毛を輸出して金に換えていたのである。
彼らの事業はアホウドリをひたすら棍棒で撲殺して捕獲すること。営巣地の島には見渡す限りのアホウドリ。男性労働者は1人あたり1日に数百羽を棍棒で撲殺し、女性はその羽毛を取る。この事業の成功者・玉置半右衛門の年収は推定で4万から5万円。現在の貨幣価値にして年収10億円という莫大な利益を、アホウドリ乱獲が生み出していたのである。
存在も知られていない絶海の孤島に漕ぎ出して巨万の富を得る。現代ならITベンチャー事業の成功者といったところだろうか。明治24年の新聞紙上には「南洋に豊土あり」の言葉が掲載され、南洋探検ブームが訪れる。この探検ブームの過程で、現在の日本の最東端、南鳥島は発見される。当時「マーカス島」という名で存在を知られてはいたものの各国が価値を見出さず、領有を主張することもなかったこの無人島も、探検家・水谷新六にとってはまさに宝島。この島の存在を認知していなかった日本政府に「島嶼発見届」と「借地願い」を提出したことを発端にこの島は日本の領土に編入される。
こうして開拓者によって「発見届」が提出されることで当時の日本の南洋領土は獲得されていくわけだが、中には人に先取りされるまいと出願を焦って虚偽の「発見届」を提出する輩もあり、危うく日本の領土がさらに南に拡張するのを外務省が文字通り水際で食い止めたり、または政府がうっかり受理してしまったことにより実在しない島が戦後まで「領有」されたりしていたケースもあったらしい。
この国の成り立ちには一攫千金を夢見た明治人のゴールドラッシュならぬバードラッシュが少なからず関わっていたわけだが、それにしても、いやそれだからこそ、この鳥の名前はどうにかならないものだろうか。
新しい土地や資源や販路を求めて海を開拓してきた探検家、商人、海賊たち。渡航や外出がままならない今、遠い海につながっているのは本屋なのかもしれない。