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「知能の遺伝率は80%」――この事実は何を意味するのか? ふたご研究シリーズ第1巻『認知能力と学習』

記事:創元社

ふたご研究の全貌を主要なテーマごとに紹介
ふたご研究の全貌を主要なテーマごとに紹介

「遺伝率」とは?

 「知能の遺伝率が80%だったら、これまで受験勉強のためにやってきた自分の努力なんて、ほとんど意味がないんだとがっかりしました」。大学1、2年生を対象とした心理学の入門講義で、遺伝と環境の関係について話したあとによく見られるコメントである。ここに含まれる勘違いを解き明かし、本シリーズの続く巻への準備も整えることが本巻の目的である。いったい何が勘違いなのか考えつつ、本巻の構成を説明してみたい。

 第1に「遺伝率」という概念が正しく理解されていない。知能の遺伝率が80%であることは、ある人の知能の80%が遺伝で決定されていて、残りの20%が努力によって決まるということを意味するものではない。知能に見られる人と人との違い(個人差)のうち80%が人と人との遺伝の違いによること、専門用語を用いれば表現型分散の80%が遺伝分散によって説明されるということを示しているのが遺伝率である。知能の高い人と、そうでもない人がいたとして、すなわち分散があったとして、この違いはなぜ生じたのだろうか。栄養状態や優れた教師、熱心な家庭といった環境の違いによって生じたのか。それとも本人の遺伝的背景によって生じたのか。それぞれの影響力の割合を考えよう、という発想から出てきたのが「遺伝率」という数値である。

 シンプルな話のようにも思えるが、翻って自らが初学者であったころを思えば、この発想が腑に落ちるまでには一定の時間と認知的努力が必要であったことは否定できない。そこでシリーズの最初となる本巻では、まず、行動遺伝学の双生児法の根本となる、一卵性双生児と二卵性双生児という2種類の双生児の違いを第2章で説明する。そして、遺伝率とは何なのか、ふたご、すなわち双生児の方々の協力を得ることで、なぜ、そしてどのように、遺伝率の計算が可能になるのかを説明する。それが第3章である。

「知能」とは?

 第2の勘違いは、「知能=受験の成績」と捉えているように思えること、つまり「知能」の捉え方がやや素朴に過ぎることである。確かに多くの大学受験は、言語処理能力、論理的思考力、記憶力などさまざまな認知能力をフルに使って臨むものであり、その意味では総合認知能力テストと言える面がある。しかし、総合認知能力テストであるという言い方は逆に、認知能力にさまざまな種類がある可能性を認めていることも意味する。果たして受験勉強で問題となるのは、日常用語で言う「頭の良さ」のような単一の能力なのか、それともさまざまな能力の総合点なのか、もしくは両者のミックスなのか。これは知能の構造に関わる問題である。

 種明かしをしてしまえば、知能には「頭の良さ」のような、さまざまな認知能力に共通する領域一般的な部分も、個々の課題ごとに異なる領域特殊な面も存在する。このことを整理したうえで、領域一般的な認知能力、すなわち「一般知能」への遺伝と環境の影響を検討するのが第4章である。

 続く第5章では、さまざまな情報処理が行われる最前線、計算をしたり、文の意味を判断したりする現場であるワーキングメモリにおける個人差を扱う。ワーキングメモリと言語的認知能力、空間性認知能力を同時に測定することにより、それらの共通性と独自性を明らかにし、それが先述の一般知能とどのような関係にあるのかを検討する。

 第6章では、メンタル・ローテーションという空間能力に寄与する遺伝と環境の影響の男女差について検討する。性差と言うと、男と女の平均的レベルの違いばかりが着目されるが、ここでは分散の違い、その分散を作る遺伝要因と環境要因の違い、それぞれの影響力の違いについて明らかにする。

 第7章では、双生児である子どもたちの成長を追うことで、幼児期から認知能力がどのように育っていくのか、特に実行機能という側面に焦点を当てつつ論じていく。「遺伝の影響が大きいなら努力は無駄」という考えにある勘違いを正す章と言えるだろう。

そして第8章は、英語教育という題材を用いることで、「努力」や「環境」にもその人ごとに向き不向きのある形があることを論じる。ここまで読み進めた読者には、「ふたご研究シリーズ」が明らかにするのは、「遺伝か環境か」という極端な二分法でないことは当然のこととして、「遺伝の割合が大きいか小さいか、何パーセントか」という1次元の軸のどこに点を打つかという話ですらないことを知るだろう。本第1巻そして第2巻、第3巻を通じて、遺伝と環境の絡み合いの中から個性が成長していく様を読者に描いてもらえることを期待している。

20年以上にわたる研究プロジェクト

 最後に重要な点を挙げておかねばならない。本巻は『認知能力と学習』と銘打っているが、このテーマを扱った膨大な双生児研究を網羅することを目指したものではない。他所でも触れられているように、本シリーズは日本において20年以上にわたって行われてきた行動遺伝学研究プロジェクト(現在の慶應義塾ふたご行動発達研究センター:KoTReC)の成果を中心に紹介する形を取ったものである。それが日本の読者に「ふたご研究」をより身近に感じてもらえる道ではないかと考えたからである。

 そこで、この研究プロジェクトの創設から現在までの経緯を振り返りつつ、シリーズ全体の俯瞰図を描くことを目指して第1章を用意した。研究の現場というものは、研究結果そのものよりも、時に面白いものである。「ふたご研究」に挑もうとする研究者の奮闘する様も、同時に楽しんでいただけたら幸いである。

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