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本屋大賞の仕掛け人が「宝の山」から勧める、20年経ってもすごい本:丸善丸の内本店 高頭佐和子さん

記事:じんぶん堂企画室

高頭佐和子さん=吉野太一郎撮影
高頭佐和子さん=吉野太一郎撮影

本屋大賞が生まれるまで

 日本屈指のオフィス街・丸の内。1階の入口付近にはビジネス書の新刊やベストセラーが並ぶが、2階に上ると文芸書やコミック、実用書、雑誌などが広がる。

 このフロアの売場長である高頭佐和子さんは、書店の売り場だけでなく、本屋大賞の創設以来の実行委員や雑誌の書評などを通じて、多くの人に本の魅力を伝えている。

 2021年で18回目となった本屋大賞。発表日は、全国各地の書店が、店頭で受賞作を大展開する写真をSNSに投稿する一大イベントになっている。高頭さんは、「会うはずのなかった同業者と交流を持てることが一番うれしい。新型コロナでここ2年は集まれなかったのですが、(授賞式には)全国から書店員がやってきます」と微笑む。

 「全国書店員が選んだ いちばん! 売りたい本」を掲げ、書店員だけの投票で決まる賞。2004年にスタートしたきっかけは、文芸書担当の書店員や出版社が集まる飲み会だった。出版不況が書店にも影響を及ぼしはじめていた頃。面白い本や文学賞について語り合いながら、高頭さんは「こんなに面白い本がいっぱいあるのに、なんでお客様は買ってくれないんだろう」と感じていたという。

 「その頃、大ヒットした『世界の中心で愛を叫ぶ』は書店発といわれていました。まだそこまで人気作家ではなかった片山恭一さんの本があれだけ売れたこともあって、こういうことをもっと違うかたちでできないかなと。最初は『本の雑誌』で1ページもらって何かできないかという小規模な話だったんですが、本屋大賞は1回目から大きく注目していただけました」

丸善丸の内本店の2階には話題の文芸書が大きく展開。右端には2021年の本屋大賞受賞作、町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)のポスターも。
丸善丸の内本店の2階には話題の文芸書が大きく展開。右端には2021年の本屋大賞受賞作、町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)のポスターも。

本屋大賞は「お祭りみたいなもの

 本屋大賞は、単に内容の面白さだけで決まるものではない。高頭さんは「本屋大賞は、お祭りみたいなもの」と表現する。

 「これだけ面白いものがあるから、本屋が協力しあって『面白い』という機会が1年に1回くらいあってもいい。お客様の感想や、営業の方の熱意とか、装丁の魅力とかも含めて、商品としてもっとお客さんに伝えたいなと。八百屋さんが、いい野菜を仕入れたからいっぱい売りたいと思うのと一緒なんです」

  近年は、受賞作だけでなくノミネート作品も売れるようになり、ノンフィクション本大賞などジャンルも広がった。

 「あくまでも、本屋に足を運んでいただくための企画です。いろんな方面から『本屋に行ってみようかな』と思ってもらいたいから。普段、本屋に来ない人のきっかけになったら、という感じでやっています」

「物語に支配されてきた」少女時代

丸善丸の内本店の女性エッセイコーナー。
丸善丸の内本店の女性エッセイコーナー。

 小さい頃から本が身近にあった高頭さん。幼稚園の年長クラスのときに手に取った『若草物語』(講談社)が、「初めて自分だけで読んだ絵本じゃない本」だったと話す。

 「今までの絵本とは全然違うと思ったんです。『この中に入れば、自分が別の女の子になれる』と明確に意識しましたね。それからは子ども向けの小説を中心に読みました。少女小説も好きだったし、青い鳥文庫(講談社)やコバルト文庫(集英社)も好きで、ミヒャエル・エンデとか、いわゆる“本が好きな女子”が読むものをいろいろ読んでいましたね」

 幼少期は、気が弱くて言いたいことが言えなかったが、本を読むことで「嫌なときに『嫌だ』と言っていい」ことを学んだという。

 小学校の高学年からは、家の本棚にあった新潮文庫の古典に親しみ、中学生の頃には村上龍さんや山田詠美さんらを知った。古典を学ぶと明治・大正期の小説や短歌、とくに石川啄木に魅せられた。大学時代は宮部みゆきさんら人気作家や芥川賞の受賞作も読むようになり、小川洋子さんが好きになった。

 「普通に本が好きな人が読むものを読んできた、という感じですね。基本的には物語に支配されてきています」と振り返る。いまも変わらず、鞄には小説が2、3冊入っている。昔と違うのは、文庫が単行本になったことだ。

書店員として歩んだ就職氷河期、出版不況

丸善丸の内本店の人文書コーナー。
丸善丸の内本店の人文書コーナー。

 高頭さんの学生時代は、就職氷河期の初期と重なる。先に苦労して就職した友人たちは、朝から晩まで忙しく働いていた。自分は本に関わる仕事がしたいと思い、大学を卒業後、青山ブックセンターに入社。最初に配属された六本木店で、高頭さんは「自分の知らない世界を、お客様の買う本を通して勉強できた」と語る。

 「六本木店はすごくお客様が大人で。私がつくる棚をお客様がどう思っていたのかはともかく、お客様が考えていることを自分の中に入れて、それを本の知識と一緒に出す。それが書店の仕事なんだとわかりました」

 約1年後、異動した新宿店で文芸書を担当。当時は、江國香織さんや山本文緒さん、唯川恵さんの小説や恋愛エッセイ、リリー・フランキーさんの本がよく売れたという。「若い女性が多い店でした。会社で上司にムカついて、仕事はうまくいかず、将来は不安。どうやって生きていったらいいんだろう......と。お客様と一緒に考えるつもりで本棚をつくっていました。本当にいい経験になりました」

 その後、本部で全店の文芸書の仕入れやイベント担当などを経て、ときわ書房に転職。京王線沿線にあった聖蹟桜ヶ丘店で働きはじめる。

 「奇跡のように面白いスタッフが集まって、郊外の小さい本屋のために、出版社さんもいろいろやってくれました。でも、楽しいことというのは終わってしまうんですよ......」

 高頭さんは、「私が過去に勤めたことがあるお店で、残っているお店はほぼないんです」とつぶやく。当時は「もう書店員をやめようと思っていた」と明かす。

 「でも、閉店する日に、キャバクラ嬢たちの引退かと思うくらい、たくさんのお客さんがお花やお菓子を持って来てくださったんです。お客さんと話しているうちに、『ここで終わらせていいのかな』と思ったんです」

大型書店ならではの文芸書の棚づくり

 こうして知人の紹介で丸善に入社。高頭さんは「今までやってきたものとは全然違った」と口にした。

 「大型書店の文芸書売り場は、古典や全集の棚が充実しているんです。いままで置いたことのない出版社の本もあって『本ってこんなにあるのか』と驚きました。これだけの規模だと、何かわからないことがあっても誰かが知っている。これについてはプロフェッショナルだ、という人が集まっていて、大型書店のすごいところだと思います」

海外文学から時代小説まで、さまざまな文芸書が所狭しと並んでいる。
海外文学から時代小説まで、さまざまな文芸書が所狭しと並んでいる。

 郊外店や独立系書店とは違って、あらゆる新刊が配本される。すべてを並べるということは、その分手間もかかり、書店のカラーを出すのは簡単なことではない。

 「ある程度、新刊が満遍なく入ってくる。きちんと揃っていることも、メリハリのある展開をすることも重要なんですよ。バランスをとってやっていかなければいけないので、難しいところもあります」

 棚づくりの支えになるのは、お店に足を運ぶお客さんのイメージだ。丸善丸の内本店では、ビジネス書コーナーは丸の内で働く40~50代の会社員が多いが、高頭さんが担当する女性エッセイの棚は30~40代の働く女性がメインで、若い世代も増えているという。

 「非常に努力されている、向上心のあるお客様の多い店舗です。自分の仕事の周りのことも知りたい方が多いので、『こういうものも興味があるんじゃないですか?』と提案につながるものが、文芸書だとすごく売れ筋に出るんです。丸の内らしい企業小説だけなくて繊細な純文学も売れます。ひとりのお客様の中にいろんな要素があるし、いろんな方向から拾っていきたいですね」

高頭さんが担当する女性エッセイの棚。「『やっぱり丸善に来ると欲しい本がある』といってもらえるようにしたい。普通のことなんだけど、それが本屋にとっては一番大事なんだと思います」
高頭さんが担当する女性エッセイの棚。「『やっぱり丸善に来ると欲しい本がある』といってもらえるようにしたい。普通のことなんだけど、それが本屋にとっては一番大事なんだと思います」

あえて恋愛本フェアで展開する、人文書の往復書簡

 本とともに人生を歩んできた高頭さんが「いま読みたい人文書」として挙げたのは、社会学者でフェミニストの上野千鶴子さんと、新聞記者やAV女優を経験した作家・鈴木涼美さんによる『往復書簡 限界から始まる』(幻冬舎)だ。往復書簡らしく、それぞれが単著では書かないことを表現しているところが魅力だという。

 「男性にも女性にも読んでほしい本です。上野さんと鈴木さんの言葉が鋭い。上野さんは通常モードですけど、鈴木さんに深く突っ込んでいますし、他の本には書かないご自身の恋愛のことも書かれていて、めちゃくちゃ刺さる部分があるんです」

 本でストレートに綴られる「痛いものは痛い、とおっしゃい」「精神も肉体も、壊れものだ」「壊れものは壊れものらしく扱わなければなりません」といった言葉に、高頭さんは気づかない部分をいきなり突かれるような衝撃を受けたそうだ。

 「働いていると『私は強いし大丈夫』『そんなことには負けません』と言いたくなりませんか? 自分はメンタルが強いと思っていたんですけど、本には『乱暴に扱えば、心もカラダも壊れます』『どんな無茶をしても自分も相手も壊れない。と思っていたころは、どれほど傲慢だったことでしょう』と。いまは私も素直に言える部分もあるけれど、20代や30代のときには、絶対に言えなかった」

 高頭さんは、この本を人文書のコーナーだけではなく、女性エッセイの棚でも展開した。「人文書の棚から手に取らない人はいる。恋愛フェアの本を読む人が、この本に興味を持たないことはない。わりと反響があってうれしかったですね」と語った。

20年経っても色褪せない小説の復刊

 そして、高頭さんの人生を変えた一冊は、作家・中山可穂さんの『白い薔薇の淵まで』(河出文庫)。雨の降る深夜の書店で、平凡なOLが新人女性作家・山野辺塁と出会い、恋に落ちる。2人の女は激しく求めあい、傷つけあいながらも、どうしても離れられず修羅場を繰り返していく――。2001年に発表され、山本周五郎賞を受賞した恋愛小説だ。

 高頭さんは、今年9月に復刊されたこの本を盛り上げるために恋愛小説フェアを展開した。新たな読者の発掘に喜びながら「ほぼ絶版になっている中山さんの初期作品を、もう一度店頭に並べたい」という悲願を語った。

 「中山さんの『感情教育』という本がすごく好きなんです。デビュー以来、ずっと読み続けている作家さんなんですけれど、私は『感情教育』を読んで、『この相手ではなければダメだ』という関係の意味がわかった。そういう思い出の一冊です」

 時を超えて、いまも色褪せない本との出会いをつくり、現代の読者に届ける――。本屋ならではの醍醐味だろう。

 「最初に出てから20年経っているわけですよね。読み直すと、あらためてすごいんです。(絶版になったとしても)この本の面白さが損ねられたことは1回もない。そういうものがいっぱいあるから、やっぱり本屋はどこよりも宝物の山だと思うんです。20年以上働いていても、その気持ちが変わったことはない。つまらないと思ったことは1回もないです」

 最後に、高頭さんはコロナ禍で本屋への足が遠のいている人に、メッセージを寄せた。

 「お待ちしていますので、また大丈夫になったら皆さんいらしてください。来るだけなら無料ですから。本屋に行くと、知らないことがいっぱいありますよね。私もたまに普段見ない棚に行ってみると毎回発見があるんです。美術書や理工書のコーナーも楽しいです」

 私たちに偶然の出会いをもたらしてくれる書店の棚は、物語を愛し、才能ある書き手を応援する、書店員の手によってつくられていた。

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