日本の学校での新しい取り組みを提案する 『ヒップホップ・ラップの授業づくり』
記事:明石書店
記事:明石書店
ヒップホップということばから何をイメージするだろう。ブレイクダンス、壁に書かれたグラフィティ・アート、それともラッパーが身にまとうようなファッションなのか。あるいは、ちょっと怖そうといった不良やギャングなどといったイメージかもしれない。そういうイメージから、ヒップホップが自分とは全く関係ないところに存在している文化だと思っている人もいるに違いない。
そして、そのイメージから、多くの人は、勤勉さを重んじる学校文化とかけ離れているように感じているであろう。特に教師たちはそう思って、授業にヒップホップを取り入れるなんて考えたことがないかもしれない。
しかし、それは間違いである。ヒップホップを構成する要素のひとつであるラップは、喜び、悲しみ、怒り、愛、別れ、そして連帯など様々なことをことばで表現する。生活の中にある抱えきれない思いをことばで表し、より良い未来を皆で探求していこうというのがヒップホップである。つまり、ヒップホップをパフォーマンスするということは、とても真剣な取り組みなのである。同時にそれは、わたしを表現するためのとても知的な活動といえる。
ヒップホップは、ニューヨーク市サウスブロンクスで行われていたパーティのための文化として誕生した。初期のヒップホップは、ダンスに縁のないような人でも身体が自然と動く踊れる音楽である。ところがヒップホップは、ダンスをするための娯楽の要素だけではなかった。そこには、社会に向けたメッセージを盛り込んで、世の中に自分の考えや経験、社会正義を主張していく性格が含まれていたのである。
こうしてみるとヒップホップは、学校で学ぶのにふさわしい文化である。ラップのことばから、いろいろな人たちのメッセージを知ることができる。そしてヒップホップを通して子どもたちの学力は、より多く引き出されるであろう。ラップのことばを読んで考えたり、実際に子どもたちがラップを考えることによって多様な学力が身につくのである。
その学力とは、様々な人の社会正義について知ることができること、ことばを豊かにすること、創造力、思考力、批判的思考、表現力などである。それらはテストではかれるような学力ではないかもしれない。しかし、こうした学力を習得すれば、子どもたちに豊かな未来がきっと訪れる。ヒップホップで育まれる学力は意味ある学力なのである。そんな学力を身につけた子どもたちが活躍する未来はきっと明るい。
ヒップホップは、ブレイクダンス、グラフィティ・アート、DJ、MC またはラップで構成される。その中でも、たくさんのことばを積み重ねてパフォーマンスするラップは、学校で学ぶ価値がある。なぜなら、ラップは、子どもたちの今と未来を展望し、社会正義を語ることのできる一つの重要な表現方法だからである。しかし、どうやってラップの授業をすればよいのだろうか。その教育的意義はわかっているが、その方法がわからない。
そこで、ラッパーの晋平太(しんぺいた:本書の協力者であり、ラップバトル番組「フリースタイルダンジョン」で 史上初の完全制覇を果たしている。内閣府、自治体、企業、学校等でラップ講座も行っている)が、「人気者の教師」を目指す学生が集まる埼玉大学教育学部の磯田ゼミにやってきた。
ラップを教えてくれる晋平太はラップバトルで勝ち続けたかなりの実力者である。ラップバトルは、ラッパーがその場でことばを作ってラップにして、相手と競い合う緊張感のある戦いである。とにかく晋平太のラップはすごい。そして説得力がある。そして晋平太のラップの中には、わたしたちが何を大切にすべきなのかを考えさせてくれることばがたくさんつまっている。
磯田ゼミの学生を相手に、晋平太がラップの作り方についての講義を行った。授業で、学生たちは、晋平太からラップの作り方の基礎を教わった。それにとどまらず、晋平太と学生たちは、子どもたちにラップを教えるのはどのような意味があるのか、どうしたら良い授業ができるのかを話し合った。
その後、晋平太は、埼玉大学附属小学校5年生にラップの授業を行った。子どもたちは、晋平太からラップを学び、あっという間にラップを作ることができるようになった。晋平太の授業が終わった後、教室をのぞいてみた。すると、子どもたちは自分たちが作ったラップを教室で早速、披露し合っていた。教室は、ものすごく盛り上がっていたのである。とにかくラップは楽しい。
本書は、晋平太が語るラップについて、そして晋平太が埼玉大学磯田ゼミの授業と埼玉大学附属小学校5年生の「おおとりの時間」(総合的な学習の時間)で行ったラップの授業を基に授業を構想した内容が中心となっている。加えて、アメリカで明らかにされている教育理論に基づいて学校でヒップホップを教えることの意義について説明した。
本書の特徴は、国語、音楽、社会、道徳、総合的な学習の時間、学級活動と多様な授業で使える内容となっていることである。ことばの表現であれば国語、リズムにのってことばを表現するのであれば音楽で実践することができる。アフリカ系の人々の歴史や現代の人種問題についてなら社会、社会正義について考えるなら総合的な学習の時間や道徳で実践する。クラスでお互いを知りあうためのイベントとして用いるなら学級活動でもよい。そして本書で提案している授業は、小学校5年生から、中学生、高校生だけではなく、大学生、社会人でも行うことができる。
本書の内容は三部で構成されている。第1部「入門編 晋平太が答えるラップについての疑問」は、埼玉大学磯田ゼミの学生がラップを授業するための基礎の基礎となるような素朴な疑問を晋平太に尋ねた内容をまとめたものである。学生から出された質問に対して、晋平太に答えてもらうインタビューの会を設けた。第1部はその記録である。
第2部「実践編 ラップの授業にチャレンジ」は、6つのレッスンの提案である。晋平太が埼玉大学で行った授業の内容を中心に構想したレッスンプランである。それぞれのレッスンには関連する情報を掲載した。
第3部は、「理論編 教育学からみた社会正義とヒップホップ」である。ヒップホップの教育的な意義をみとめてきたのはアメリカの教師や教育学者である。そこで、ここでは、アメリカの理論に基づいて、ヒップホップ、中でもラップを授業に取り入れることには子どもたちにとってどのような意味があるのかについて解説した。