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「山中賞」高知の書店員が愛と手紙とPOPで広げるイチ推しの本:TSUTAYA中万々店・山中由貴さん

記事:じんぶん堂企画室

TSUTAYA中万々店・山中由貴さん=高橋正徳撮影
TSUTAYA中万々店・山中由貴さん=高橋正徳撮影

オリジナルの“文学賞”「山中賞」とは

 「この本をおすすめせずに万がいち死んでしまったら/私たぶん化けて出ると思う。」

 新刊やフェアを彩る、TSUTAYA中万々店のPOPやパネル。キャッチーなコピーの片隅には「山中由貴」の名前が添えられている。書店員の顔が見える手作り感あふれる棚づくりだ。

 山中さんは、芥川賞・直木賞の発表前日に、オリジナルの“文学賞”「山中賞」を発表する書店員だ。2019年に始まった同賞だが、「最初は、嫌々始めたんです」と明かす。本人が出席していない会議の場で、山中さんの名前を冠した販促イベントの実施が決まったからだ。

 「(三省堂書店の書店員だった)新井見枝香さんが『新井賞』を始めていて、上司たちが『山中賞をやったらいいじゃん』と。もちろんやってみたい気持ちはあったんですけれど、真似をするみたいで嫌だったんです。本当にやらないといけないなら、自分だけのプラスアルファみたいなものをつけようと」

TSUTAYA中万々店で山中賞受賞作を手にとった人は、山中さんの手紙が読める。
TSUTAYA中万々店で山中賞受賞作を手にとった人は、山中さんの手紙が読める。

 こうして山中さんは、直筆の手紙を添えることにした。「山中賞の帯を巻いただけでは売れないだろうと思って、私がこの本をどうして売りたいのか、どうして読んでほしいのかを手紙に書いて、本に挟むことにしたんです。手に取ったときに手紙を読んでもらって買うか買わないかを決める。それが私のオリジナリティになるんじゃないかと思ったんです」

 さらに独自性を出すために、受賞作を動画で発表することを決めた。

 記念すべき第1回の受賞作は、横山秀夫さんの『ノースライト』(新潮社)。出版社を通じて、横山さんに手作りのトロフィーを渡してもらうと、本人から「Twitterの動画を何回も見て、うれしい気持ちになりました」「笑わせていただきました」とお礼の手紙が届いた。発表後、『ノースライト』は中万々店では100冊を超える売上を記録。思っていた以上の反響を実感し、ようやく山中さんは「やってよかった」と思えたという。

 第2回は、韓国のベストセラー小説、ソン・ウォンピョンさんの『アーモンド』(祥伝社)だった。のちに本屋大賞の翻訳部門1位も受賞した作品だが、担当編集は「山中さんが賞をくださり、他の書店員さんが知って、ファンが広がっていった」と語っている

 「出版社の社長がお店に来てくださったり、韓国の作家の方に伝えてもらったり、いい思い出がいっぱいあります。Twitterで呼びかけて、山中賞の帯を希望する書店員さんがいたら祥伝社さんが送ってくれることになったんですけれど、実際に山中賞の帯で売ってくれたところが200店舗くらいあったと聞いています」

漫画家に憧れた少女が、書店員になるまで

 山中さんはもともと読書家だったわけではない。小学生の頃は、漫画家になりたくて、学校の休み時間も絵を描いていたそうだ。

 「少女漫画がすごく好きで、3人姉妹で『りぼん』と『なかよし』と『ちゃお』を毎月買って回し読みしていました。私が『りぼん』を読んでいたときは黄金時代でもあり、『天使なんかじゃない』や『ハンサムな彼女』、『姫ちゃんのリボン』とかが好きでした。妹も買っていたので、大きくなってからもCLAMPさんの『魔法騎士レイアース』を読んだり、すごく影響を受けて、真似をして絵を描いていましたね」

 ミステリーに出会ったのは、中学2年生の頃。友だちが貸してくれた江戸川乱歩短編集(ちくま文庫)にはまり、図書館の全集を少しずつ読み漁ったという。高校時代はドラマ「金田一少年の事件簿」をきっかけに原作の漫画を読み、大学でミステリーを紹介する講義を受けたことで、“新本格派ミステリー”と称される作家たちの作品に触れるようになった。

 「大学生くらいのときに、毎日読書をする習慣がやっと身についた感じです。綾辻行人さんや島田荘司さんら“新本格派ミステリー”と呼ばれる作家が大好きになりました。大学時代は、村上春樹さんやよしもとばななさんなどを読み、卒論はよしもとばななさんのことを書きました」

 大学在学中に子どもを生み、卒業後は育児中心の生活をしていた山中さん。子どもを保育園に預けるためにアルバイトをしようとして、「人生で1回は本屋さんで働いてみたい」とTSUTAYA中万々店に応募したのが書店員人生の始まりだ。

 「子どもが寝たら時間ができるので、その間に本を読んでいました。あとは本屋さんでPOPを見つけて読むのが好きだったんです。絵を描くのが好きなので、勝手ながら『自分だったらもっとうまく描けるんじゃないか』と。それで面接に行ったのが、いまのお店なんです」

 当時、オープンして1年目の同店は約2万冊の在庫を持つ四国最大級の書店。山中さんの採用とほぼ同時に文芸書担当が退社し、すぐに後任を任された。「まさかこんなに長く続くとは、という感じです」

140文字から広げる手描き「POP」

 山中さんによると、中万々店の客層はファミリー層やシニアを中心に「本が好きな人、読みなれている人」が多いという。分厚い海外文芸作品を推しても反響がある。だからこそ棚づくりは「本が好きな人の期待を裏切らないようにしたい」と話す。

 そんな店頭を彩るPOPを、山中さんはTwitterの読了ツイートを推敲して仕上げていく。

 「Twitterは最大140文字なので短い感想になってしまうんですけれど、そこから『こういう言葉をもっと使いたいな』『もっと丁寧に感想を書きたかったな』と思うところをメモして、広げていくことが多いです」

 「推したい本のときは推敲して悩むんですけれど、他の作品は感覚でサッと書くほうが多いかもしれない。その方が売れることもあります。長い文章って熱さは伝わるんですけれど、読んでくれる人を限定してしまうというか。いまでもさじ加減が難しいところです」

 長年、文芸書コーナーを盛り上げてきた山中さんは、本好きな客に話しかけられることも多いという。

 「『山中賞の本よかったよ』といってもらえることもありますし、お客さまから『この本を読んでみて』と勧められることも結構あります。わざわざお店で本を買ってくれて『この本、あげるから読んで』といわれたことも。『本夜会』というビブリオバトルの企画で、お客さまが紹介してくれた本を出してみたら、すごく売れたこともありました」

「いまリアル書店まで足を運んでくれる人自体が貴重ですよね。だからこそ本屋に来たときに面白いと思ってもらえるようにしたい。楽しかったなと思って帰ってもらいたいんです」と山中さん。
「いまリアル書店まで足を運んでくれる人自体が貴重ですよね。だからこそ本屋に来たときに面白いと思ってもらえるようにしたい。楽しかったなと思って帰ってもらいたいんです」と山中さん。

『やさしい猫』が伝えるニュース以上のもの

 そんな山中さんが、「いま読むべき一冊」に挙げたのは、1月18日に発表した第6回山中賞の受賞作、中島京子さんの『やさしい猫』(中央公論新社)だった。

 当初は猫の小説だと思っていたそうだが、書店員仲間の本間悠さん(現「うなぎBOOKS」店主)が独自の文学賞「ほんま大賞」に選んだことで、日本の入管制度に関わる物語だと知り、「これは読まないといけない」と感じたという。

 シングルマザーの保育士ミユキさんと、8歳年下の自動車整備士クマさんとその家族の物語。ある日、当たり前の幸せが奪われたのは、彼がスリランカ出身の外国人だったからーー。大きな事件に見舞われた小さな家族を、温かく見守るように描く長編小説だ。

 「ウィシュマさん(名古屋出入国在留管理局に収容中に死亡したスリランカ人女性)のニュースに注目していましたが、入管の制度や、どういう境遇で外国人が入管に収容されることになるのか、収容されたらどうなるのか、詳しく知っていたわけではなかった。この本を読んで、仮放免のことや裁判の勝率の低さも知って愕然としました」

 「人はどうしても知らないことには優しくなれない。例えば、外国人にしても自分の周りにいないと他人事になってしまうところがある。この本は、『もう少し自分で調べてみよう』『支援団体のために何かできないだろうか』と、自分を変えるきっかけになるかもしれない一冊。中島さんも、そういうことを念頭に置いて書いているからこそ、主人公が高校生で、文章がわかりやすいんだと思います」

山中さんの読書ノートのコーナーから生まれた月刊「なかましんぶん」は、書きはじめてもう7年になる。
山中さんの読書ノートのコーナーから生まれた月刊「なかましんぶん」は、書きはじめてもう7年になる。

 山中さんは、「小説で読むことによって、報道よりも深く知ることができた」と語った。

 「架空の家族の話ですけど、結婚した相手が入管に行って戻ってこない場面があって、どうしたらいいのかわからずに、戸惑う姿が描かれています。ニュースでは触れられないところに焦点を当てている。そこに感情移入をして読めるからこそ伝わるものがあると思います」

 「『やさしい猫』はハッピーエンドなんですけど、現実では夢物語というかありえない話。でも中島さんは、小説でリアルを描くんじゃなくて『本来であれば、叶えないといけない』といいたかったのではないかと。小説だからこそ見せてくれた希望を伝えてもらった感じがします」

SNS嫌いが一変、人生を変えた一冊

 そして、山中さんの人生を変えた一冊は、藤谷治さんの『燃えよ、あんず』(小学館)だ。単行本の帯には、『人生でも1、2を争うくらいの小説に出合ってしまった。ああこの本を、みんなに読んでほしい、心の底から』という山中さんのコメントが掲載されている。

 「私がTwitterを始めたきっかけになった本です。すごくハッピーなお話で、読み終わったときに、みんながウキウキ、ワクワクした気分になる。涙ぐんだり、ユーモラスなところに笑ったりして、感情を揺さぶられながら、最後に持っていかれるような作品で感動したんです」

 「どうしてもこの本の良さを伝えたくて、お店に来ている人だけじゃなくて、この本を知らない人にも喋りかけたくてたまらない、という気持ちになったんです。それでTwitterでつぶやいてみようかなと思えた。それまではSNSがすごく怖かったんです」

 Twitterでの発信によって書店員同士のつながりも生まれていった。山中さんは「Twitterで見てくれる人がいなかったら、山中賞はここまでにはなっていなかった。人生が変わったきっかけの本です」と微笑んだ。

読まない人にも「刺さる本はあるはず」

 SNSや動画など、日常には本以外の魅力的なコンテンツがあふれている。書店に足を運び、紙の本を選ぶ機会が減っている人も多いだろう。それでも山中さんは、「本を読まない人にも刺さる本が、何かしらあるはず」と口にした。

 「ただ、それと出会うまでが難しくて。もしも刺さる作品に出会ったら、もうひとつ見つける意欲が沸いてくる。けれど最初に手に取った作品が難しくて読み切れなかったら、『やっぱり読書は向いてない』となってしまう。最初は薄い本から始めるのもいいですね。TikTokで活躍されている(小説紹介クリエイターの)けんごさんはすごいなと思います」

 最近、TSUTAYA中万々店では、山中さんと同僚らがYouTubeで本の紹介を始めた。

中山可穂さんの『白い薔薇の淵まで』(河出文庫)を紹介したYouTubeの動画を、店頭でも流している。
中山可穂さんの『白い薔薇の淵まで』(河出文庫)を紹介したYouTubeの動画を、店頭でも流している。

 「YouTube自体を見ている人は少ないんですけれど、店頭で動画を流すと、本がすごく売れるんです。YouTubeをそのまま店で使っているので、一石二鳥というか。横を通るのは恥ずかしいので、遠回りしたりするんですけれど(笑)」

 手描きPOP、Twitter、山中賞、月刊「なかましんぶん」、YouTubeーー。山中さんのアイデアと情熱は、ツールや書店の枠を超えて自在に広がっていく。自らが本当にいいと思った本を、客や読者に丁寧に伝えるために。

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