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信濃毎日新聞・牛山健一デスクが語る 外国人が被害に遭った事件・事故取材と新刊『五色のメビウス』

記事:明石書店

2人の外国人農作業員が落雷で亡くなった畑の近くへ足を運ぶ知人のタイ人女性=2021年1月、長野県小諸市
2人の外国人農作業員が落雷で亡くなった畑の近くへ足を運ぶ知人のタイ人女性=2021年1月、長野県小諸市

新型コロナ下の「ひずみ」の矛先

 実を申しますと、2020年秋の取材班結成時は「外国人労働者問題」をテーマとしていませんでした。新型コロナ下で「脱東京」の動きが見られる中、期待感も込め、大都市から信州・長野県への移住をテーマに据えていました。「移住者」といっても、念頭に置いていたのは日本人が中心だったわけです。

 ただ、予備取材を行う中で移住したくてもできない、コロナ禍で苦しんでいる人たち、「命の分岐点」に立たされている人たちの厳しい現実に直面しました。8月下旬に起きた痛ましい事故のことも、心に引っ掛かっていました。2人の外国人が農作業中に落雷で命を失った事故です。

 移住先として人気がある八ケ岳山麓や浅間山麓には、正反対の現実があるようだ――取材を進め、議論を重ねると、移住を巡る課題も大切だけれども、それ以上に新聞記者としての姿勢が問われているような思いが募っていきました。そして、こう感じるようになりました。「新型コロナであぶり出された日本社会のひずみは、中でも外国人住民・労働者に深刻な影響をもたらしているのではないか」

 本書『五色のメビウス――「外国人」と ともにはたらき ともにいきる』は、信濃毎日新聞が21年1~6月に掲載した80回を超える長期連載の現場ルポを中心に、22年1月までに明らかになったデータやその後の状況も踏まえ、加筆してまとめたものです。

外国人なしでは成り立たない地方

 人口減少が進む地方では、もはや外国人なくしては経済や産業が立ち行かない。地方で作られた「食品」や「製品」に支えられている大都市も無関係ではない。それなのに、今も自分たちの都合で彼ら彼女らを「使い捨て」にしている。それが日本社会の実態です。

 本書の第1章では、全国的にも知られている浅間山の山麓、小諸市のある野菜畑で起きた落雷事故を取り上げました。

 働いていた外国人作業員8人のうち、タイ人女性=当時(29)=とスリランカ人男性=当時(34)=が亡くなりました。落雷があったのは午後5時半ごろ。小諸市は当時、1時間に58ミリを記録するほどの豪雨と、平年8月の1カ月分に相当する約8900回の落雷に見舞われていました。そんな中、8人はなぜ、働き続けたのか。亡くなった2人を含む多くが、在留期限を超過(オーバーステイ)して滞在する非正規滞在の外国人だったことも分かりました。ただ、非正規滞在だったとしても、労働者には違いありません。この事故はその後、異例の展開を遂げます。

 第2章、第3章では、技能実習制度の「闇」に迫りました。

 2021年9月、八ケ岳山麓の民家で、ともに20代男性ベトナム人の元技能実習生と元留学生が傷つけ合う事件が起きました。この2人は、大阪市内の会社が無許可で派遣した「失踪外国人」でした。同じベトナム出身でも、顔見知りではない。新型コロナの出入国制限で帰国もできない。同じ民家で寝泊まりする生活に相当なフラストレーションがたまっていたのでしょう。その後、この大阪の会社は、長野県東部の農家に約230人を違法に派遣していたことが分かりました。若者たちはなぜ、もとの実習先を逃げ出したのか。

 本来は国際貢献の制度のはずが、外国人労働者受け入れ制度となっている「技能実習」。近年、特にベトナムからの技能実習生が急増する一方で、失踪者が相次いでいます。そこには、送り出す側と日本側の利権が絡んだ「人材ビジネスの闇の構造」があります。「現代の奴隷」とも言われる制度上の問題もあります。今なお、雇い主による暴力、パワハラ、セクハラ問題が起きています。

 2019年に導入された新たな特定技能制度にも「闇の構造」が引き継がれ、多くの課題が未解決のまま山積しています。

悲劇を繰り返さないために

 本書の特色は「時間軸」も意識していることです。技能実習生のみならず、受け入れから30年が過ぎた日系人労働者、35年ほど前から「農村花嫁」として来日し、日本人と結婚したアジア出身の女性たち。いわば、技能実習生の「先輩格」に当たる人たちの「いま」も捉えています。定住者や永住者として日本で長く暮らしている外国人も、不安定な生活を送っている方が少なくありません。不況になれば、真っ先に解雇される。2008年のリーマンショック、そして今回のコロナショックでも繰り返されました。

 外国人留学生についても、アルバイト労働者としての側面のほか、いわゆるホワイトカラーの就労在留資格「技術・人文知識・国際業務」の取得を目指し、懸命に勉強する姿も紹介しています。外国人留学生急減の背景に迫り、細る学びの場の現実も伝えています。

 連載期間中の2021年3月、非正規滞在の外国人が収容される入管施設で悲劇が起きました。名古屋出入国在留管理局の施設に収容中だったスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん=当時(33)=が死亡した事件です。元留学生の彼女は、元交際相手から暴力を受けていた――と訴えていました。彼女はむしろ保護されるべき立場なのに、なぜ収容された半年余りで20キロ近く体重が減り、体調不良の訴えは誇張だと疑われ、からかうような言葉も浴びながら、ついには死に至ったのか。外国人問題の根底に横たわる入管制度も追及しました。

 取材班の記者たちは新型コロナ下で制約がある中でも、それぞれに目一杯手を広げて取材し、本全体として広範な論点をカバーしています。

『五色のメビウス――「外国人」と ともにはたらき ともにいきる』(明石書店)
『五色のメビウス――「外国人」と ともにはたらき ともにいきる』(明石書店)

分断とは対極の「メビウス社会」へ

 「五色のメビウス」の「五色(いつついろ)」には「多種多様」との意味があります。「五色」と言えば、オリンピックの五輪マークを思い浮かべる人も多いと思います。取材班は「五色」に「五大陸」、つまり「世界」との意味も込めました。表が裏になり、裏が表になるメビウスの輪。その形が「無限大」の記号「∞」に似ていることから、「無限の可能性」のたとえにも使われています。

 メビウスの輪のように、もはや切り離せない日本人と外国人の表裏の関係。外国人を思いやり、手を差し伸べることは、巡り巡って自分たちのためにもなる――。社会を覆う「分断」をつなぎ直す視点と道筋を示したい。本書の終盤では、日本政府、地域社会・自治体、企業・事業主への計20項目の提言もまとめています。

 本書とともに、多様な国・地域をルーツとする人々とつながり「ともにはたらき ともにいきる」社会を探っていただけたら幸いです。

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