自由と平和のために戦いつづけたレジスタンスの英雄 その思想と素顔 『アフガニスタン マスードが命を懸けた国』
記事:白水社
記事:白水社
2021年7月、アフガニスタンに滞在していた私は、アフガニスタンが大きく動いていく転換点の中にいた。その翌月、8月15日にはタリバンが首都カブールに入り、その後の混乱と政情不安がいまも続いている。その序曲はトランプ大統領がタリバンと米軍撤退合意をした時、いや、もっと前から始まっていたのかもしれない。
いま私が目にしているアフガニスタンの現実は、20年前に起きた悲劇と同じような気がする。歴史は繰り返すのだろうか……。いや、そうではないだろう。歴史から教訓を汲み取れなかった者が同じ過ちを犯すのだ。
その轍を踏まないためも、マスードの思想と言葉を今こそ噛み締めてほしいという願いで本書[『アフガニスタン マスードが命を懸けた国』]を刊行する。
「このままだとテロリズムが世界に広がる」と訴えたマスード。その声は世界に届かなかった。だが、彼は自分が信じるもの、自由と祖国への愛のために戦い続けた。それは世界への憎悪をエネルギーに力を伸ばしたイスラム過激派との孤独な戦いでもあった。
狂信的ともいえるイスラム過激派。が、彼らは「現代」から生まれた「時代の徒花」ともいえる存在で、同時に私たちの合わせ鏡でもある。大国のエゴイスティックな世界戦略と国益第一主義、そして世界から消えることのない人種差別と偏見、平等を謳いながら広がっていく貧富の格差……これらが過激派を育て上げた。彼らは憎悪と暴力で世界を変えようとしているが、それは「世界の人々と協調し、仲良く生きたい、そして自国民を幸せにする国づくりを目指したい」と考えたマスードの思想とは対極にあるものだった。
アッラーを讃えながら、「信仰」を深く捉えることのないイスラム過激派。一方、マスードは自分に宿る神と対話することで人間社会の「悪」を乗り越えようとした。マスードは自らの努力で、自身の魂の在りどころを見つけた。だからこそ、彼は決して揺らぐことがなかった。
物質的な豊かさや表面的な自由ではなく、心の自由、魂の平等を求める思想は軍拡、利害の衝突、環境破壊と地球温暖化とさまざまな問題を抱えている現代社会を変え、動かす力を持っている。今の世界が希望の見えない闇の中にあるとするなら、マスードが実践した生き方は「闇を切り開く光」だと思う。
彼が多くの人に信頼されたこと。タリバン、世界の過激派、パキスタンの特殊部隊が激しい攻勢をかけても、マスードを守り、ともに進もうとした人々がいたこと。それが、彼が人々の希望だったことの証だ。
マスードは斃れたが、彼の思いを心に刻み、その思想を受け継ぐ人たちがいる。彼の魂はいまも潰えていない。
世界がつくり出した矛盾。その毒を引き取って逝くことになったマスードだが、彼が浮かべる笑顔は爽やかで透明感に満ちていた。その笑顔は、人種や国境を越えて多くの人を惹きつけた。彼の生き方に魅了された人たちがさまざまな記録を残している。本書もそうした一冊になってほしいと心から願っている。
マスードを知ることはアフガニスタンを知ることであり、現代社会の在りように触れること。そして自分自身を見つめ直すことにつながるはずだから。
【長倉洋海『アフガニスタン マスードが命を懸けた国』より】