断交後50年の友好国「台湾」の現在・過去を知り、未来を読み解く『台湾を知るための72章 第2版』
記事:明石書店
記事:明石書店
本書は、2016年に刊行した『台湾を知るための60章』の改訂版だ。2011年の東日本大震災の際、台湾からの多額の篤い支援により、日本での台湾への関心は高まった。一方、「親日台湾」という都合のよい一面的な報道や理解へ困惑し、日本の歴史教科書における台湾に関する記述の少なさ、日本の台湾研究者が共著出版した概説書が1998年を最後に、以後20年近くも出版されていなかったことにも衝撃を受けた。台湾に関する概説書の必要性を痛感し、同い年の若松大祐さんとの共編で刊行したのが旧版『台湾を知るための60章』だ。
昨今、台湾の新型コロナ対策が日本でも注目を集め、日本における報道も、時に台湾の政治や社会のあり方に及ぶこともあり、台湾への関心が少しは深化したように見える。一方、ネット上にセンセーショナルな台湾情報があふれる中、台湾の正確な知識をアクセスしやすい形で届けることがより求められる。
台湾社会の変化のスピードはあまりに速く、2016年の蔡英文総統就任、2017年の移行期正義促進条例可決、2019年の同性婚合法化、昨今の文創の流行、少子高齢化の加速、台中関係の緊張など、旧版では説明しきれないことも増えてきた。
そこで、今回はすべての章を、2022年バージョンに更新したほか、新たに「新型コロナ対策」「法律」「移行期における正義」「金融・財政・税金」「市民参画型の産業発展」「環境とエネルギー」「労働・就労」「出入国管理」「観光」「温泉」「閩南人(福佬人)」「建築」「建築保存と民主主義」「少子高齢化と社会保障」「文創」「戦後処理と賠償問題」の章やコラムも創設した。
それでは以下、本書の一部を抜粋して、内容を紹介したい。
第33章「言語――共通語・母語・字体・表音式表記」(菅野敦志)より抜粋
「台湾の言語状況はかなり複雑である。日本の場合は「日本人=日本語」という図式が成り立つため、同様に「台湾人=台湾語」と想像しがちである。しかし、台湾の場合には単純な「台湾人=台湾語」の図式は成り立たない。」(188頁)
第51章「飲食文化――台湾美食の影に歴史あり」(大岡響子)より抜粋
「小籠包にマンゴーかき氷、牛肉麺に滷肉飯、そしてタピオカミルクティー。近年、日本でもさまざまな台湾美食を見かけるようになってしばらく経つ。しかし、台湾の飲食文化を一口に説明するのはなかなか難しい。なぜならば、その背景には台湾が経験してきた複雑な歴史が織り込まれているからだ。」(283頁)
第17章「工業――世界一のハイテク請負アイランド」(北波道子)より抜粋
「台湾のTSMC(台積電)は、世界一の半導体ファウンドリー企業であったが、近年さらに売り上げを拡大し、2020年の第4四半期では、世界市場のシェア55.6%を占め、2位のサムソン(世界シェア:16.4%)を大きく引き離している。ファウンドリーというのは電子機器の心臓部にあたるICチップを製造請負する事業者で、TSMCの顧客にはアップルなどファブレスのブランド企業以外に、HiSilicon(中国:ただし2021年は実績なし)、クアルコムやインテル(米国)など、世界の半導体製造業が名を連ね、請負生産も含めて世界の半導体の半分以上を手掛けるTSMCのスケールの大きさを示している。」(104-105頁)
第24章「労働・就労――自分に合った仕事を求めて転職」(根岸忠)より抜粋
「台湾人の友達に「観光するのはいいけど、日本では働きたくない」といわれたことがある。日本はサービスが行き届いているから客ならいいが、自分が労働者としてそれをやるのは嫌だ、大変だというのである。…(中略)…日本人にこんなことをいうのだから、台湾人はさぞかし素晴らしい環境で働いているのだろうと思うかもしれない。いずれ台湾で働こうと思っている読者もいるだろう。ここでは働き方やそれにかかわる制度を見てみよう。」(138頁)
第36章「ジェンダー――「アジアの優等生」の過去・現在・未来」(洪郁如)より抜粋
「2020年、台湾の国会議員の女性比率は41.6%で、日本の10.1%の4倍に達した。…(中略)…このようなジェンダー平等の「優等生」である台湾は、最初からパラダイスだったと思われるかもしれないが、実のところそうでもない。…(中略)…ジェンダー平等の加速は民主化運動と密接な関係がある。戒厳令下の政治的弾圧のもとで、自由、平等、人権などの普遍的な価値を求める民主化運動が広がるなか、ジェンダー問題に対する各界の関心が高まり、1980年代にはフェミニズム運動の大きな流れとして集結した。」(206-207頁)
第37章「性的少数派――同性婚合法化への道のり・終わらない闘い」(劉靈均)より抜粋
「2003年10月、台湾で初めて性的少数派への理解を訴えるパレードが台北市内で行われた。参加者は2000人と伝えられている。台北市が主催する性的少数派を理解するイベントの一環として同市の補助金を受けて行われたが、翌年に市議の反発により補助金を打ち切られたため、それからは民間のNGO主催することとなり、テーマの設定も自由となった。参加者はコロナ禍までは毎年増える一方で、2019年の台北の「台湾同志遊行」参加者は20万人で、アジア最大のプライト・パレードとなり、様々な市民団体が参加して、それぞれの主張を公開し、性的少数派との連帯をアピールした。参加者は台湾人だけではなく、外国人も毎年増えており、特に近隣の日本からの参加者が年々増えている。」(212-213頁)
コラム5「建築と民主主義」(渡邉義孝)より抜粋
「「ボロボロだった木造宿舎がカフェにリニューアル」「市民の声を受けて行政が文化財に登録、解体がストップ」……古い建物の保存・再生のニュースが海を越えて次々と届く。台湾はなぜ、歴史的建造物を大切に守ることができるのか。」(198頁)
第 7章「日本統治時代の捉え方」(黒羽夏彦)より抜粋
「日本語教育を受けた台湾人(日本語世代)が日本語で刊行した回顧録・自伝等の中には日本統治を肯定する発言も多々見られる。それを以て「親日」台湾の証拠とみなす向きもあるが、いくつか注意しなければならないことがある。第一に、日本への好意が示されると同時に、日本人から差別を受けた悔しさもしばしば語られており、決して全面的に日本統治を肯定しているわけではない。第二に、語り手の世代や出身階層も考慮する必要がある。日本語を習得するには学校へ行かねばならないが、植民地支配下で台湾人の教育機会には限りがあった。…(中略)…第三に、日本語世代の立場は戦後も引き続き周縁化されていた。それまで一生懸命に学んだ「国語」(日本語)は1945年を境に一転して敵性言語とされてしまい、新しい「国語」(中国語)に適応できなければ沈黙を強いられた。彼らは日本統治時代と国民党政権時代という二つの時代を体験しており、国民党時代の失政や恐怖政治に対する嫌悪感から日本時代への評価が相対的に高くなるという心理的機制が働いていると考えられる。」(52-53頁)
続きは、本書をお読みください!!
「台湾」は地域の名前、「中華民国」は国の名前だ。台湾について概説する際の一番の難しさは、なんといってもこの複雑に絡み合った「台」と「華」をどう書くかだ。例えば、李登輝が「中華民国在台湾」、蔡英文が「中華民国台湾」と称していることからも、その難しさがうかがい知れる。
本書の編者の若松大祐さんは中華民国の歴史研究者、私は台湾の文学研究者だ。中華民国の視点から歴史を書きたい若松さんと、台湾の視点から歴史を書いてほしい私の意見がぶつかり合い、深夜まで何度も議論(喧嘩?)を繰り広げた。なぜ国の名前と地域の名前が異なるのか? そして私たちの喧嘩の勝敗は如何に? 答えは本書の中にある。
巻末には42名の執筆者のおすすめの美食とスポットを紹介した。次の台湾訪問に思いを巡らせながらお楽しみいただきたい。