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なぜ中国はこれほどまでに台湾・香港に「執着」するのか? 台湾・香港から学ぶ中国との向き合い方

記事:平凡社

平凡社新書『新中国論』の著者、ジャーナリストの野嶋剛氏(写真:平凡社編集部)
平凡社新書『新中国論』の著者、ジャーナリストの野嶋剛氏(写真:平凡社編集部)
平凡社新書『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(野嶋剛著・平凡社)
平凡社新書『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(野嶋剛著・平凡社)

 人々の「心」が中国から離れていった

——このたび、中国、香港、台湾をテーマにした新書をまとめられました。長年、これらの地で取材され、著書も多く出されてきましたが、そもそもなぜ取材しようと思われたのか、どういったことがきっかけでこれらの地域に興味を持たれたのでしょうか。

 学生時代、中華圏の面白さにのめり込んで留学や旅行で中国、台湾、香港で生活体験を持ったことが原点です。大学卒業後、朝日新聞社に入り、入社してしばらくは国内の支局にいましたが、政治部で外務省を担当した後に海外特派員となり、2007年から2010年には台湾に駐在しました。政治、経済、社会から映画や本、グルメなどまで幅広く取材し、朝日新聞では珍しい“雑食系”記者といわれていました。

 その頃から台湾で見聞きしたことをより多くの人に伝えたいとの気持ちが湧き上がり、書籍の執筆をするようになりました。40歳以降は年に1冊ペースで本を出してました。2016年に朝日新聞社を退職し、ジャーナリストとしてより自由な立場から報道ができるようになり、大学でも台湾問題を教えています。こうしてみますと、30年以上にわたって中国、台湾、香港と何らかのかたちでつながっているということになりますね。

——「台湾・香港」と「中国」の間にこれほどまで深い溝ができるということは予想されていましたか。

 正直申しますと、ここまで関係が悪くなるとは思っていませんでした。私が台湾にいた当時は、国民党政権で、中国と友好的な関係を構築しようとしていました。かつて「両岸三地」と呼ばれ、政治的なものは別にして、映画や文学、芸術など文化による連帯意識がありました。例えば、台湾では馬英九政権時、中国からの推奨で「両岸文化交流」が行われ、台湾の俳優や歌手などが中国に向かいました。また、香港は「東洋のハリウッド」と呼ばれていて、ジャッキー・チェンなど世界的なスターが誕生しました。しかし、残念ながら今やその面影はありません。中国側から民主派寄りだとみなされると香港での活動はできず、台湾や他国に行かないと仕事ができないという状況です。

 一方で、市民の間では新しい動きもみられます。台湾への深い愛着を感じされる映画が台湾で大ヒットしたことで、台湾の人たちは台湾を「ホームグランド」と感じ、自らを「台湾人である」とする人が相当数にのぼるということを反映する現象も起きています。そうした台湾において中国離れが決定的になったのは、「2016年」だと私は考えています。

2008年、第4代台湾総統の李登輝氏にインタビュー(写真:熊谷俊之)
2008年、第4代台湾総統の李登輝氏にインタビュー(写真:熊谷俊之)

2013年、第6代台湾総統の馬英九氏に取材(写真:熊谷俊之)
2013年、第6代台湾総統の馬英九氏に取材(写真:熊谷俊之)

——2016年といいますと、台湾で蔡英文政権が誕生した年、ですね。

 そうですね。それまで習近平は鄧小平から胡錦濤までの「平和的統一」を重視した路線を引き継ごうとしていましたが、蔡英文氏の登場によって攻撃的な態度を示し始めました。2016年5月20日に行われた総統の就任式典で、蔡英文総統は中国との対話を重視する温和なトーンのコメントを発していたのですが、その日の夜になって中国側は厳しい談話を出してきたのです。それまで中国の台湾政策を担当するブレーンが退場し、強硬論を唱えるブレーンに入れ替わっていたということが背景にあります。この2016年を境にして、中国の台湾政策は「習近平スタイル」にシフトしてしまったとみています。習近平スタイルになり、軍事演習や軍機の接近などもあって、台湾の人たちの心はどんどん中国から離れていっています。

——台湾をなんとか中国に戻したいという中国側と、もう関与しないでほしいという台湾、両者は一向に相容れない状態です。中国は台湾ともう少しうまく付き合えないのでしょうか。

 「完全統一」を目指す中国が態度を強めれば強めるほど、台湾の人たちの心は中国から離れていっています。例えば、台湾の人たちに「あなたは何人ですか」とアンケートをとると、自らを、「中国人であり、台湾人でもある」という人は高齢者に多く見られ、その下の世代になると、「台湾人」と答える人が圧倒的です。また生まれたときにはすでに台湾は民主化していて、自由で開放的な台湾で育ってきた「天然独」と呼ばれる若い世代も出てきていますので、そもそも最初から自分が「中国人」という意識を持つこと自体がなくなっていくでしょうね。こういったアイデンティティの変化は中国にとって厄介です。軍備を増強すればさらなる増強で対応できますが、人の心を変えるというのは容易ではありません。

「第二の天安門」化する香港

——一方、香港の人たちはいかがでしょうか。1997年に英国から中国に返還されてから、一時期に良好な関係を築いていたとの印象もありました。

 返還後、しばらくの間は「一国二制度」のもとで平穏な状態が続いて、いったんは世界の目は香港から離れていきました。ところが、2014年には雨傘運動、2019年には逃亡犯条例改正反対デモが起きて、人々は香港で起きていることが異常事態であるということにやっと気づいたと言えるでしょう。2020年に国安法が導入されてから2021年にかけてはリンゴ日報や立場新聞などの民主派寄りの新聞が廃刊に追い込まれました。

 国安法導入時、私は香港情勢については楽観的な見方をしていました。過去、激動の近現代史を歩んできた香港には強力な「レジリエンス(回復力)」があると信じていたからです。しかし、そんな期待もむなしく、香港はいま中国にのみ込まれつつあります。

 民主派と呼ばれる活動家、ジャーナリスト、研究者など自由や民主化を声に出して訴えていた人たちは次々と逮捕されたり職場を追われたりして、今や中国共産党の意向に反しない意見ばかりです。そういった状況を悲観し、世界各地に出てしまう民主派の人々が増えています。一般人でも外国に出たいという人も目立ち始めてきました。国安法による弾圧は“第二の天安門事件”といってもよいくらいの事態です。台湾の人たちはそうした香港の人たちの様子を見て同情を抱いていますし、一層、中国への警戒感を募らせています。

——5月8日には、香港政府のトップである行政長官を決める選挙が予定されています。

 中国政府に反発する民主派からは立候補できないということで、今年(2022年)の香港行政長官選挙は1人しか候補者がいないという異例の事態になっています。警察出身の李家超(ジョン・リー)氏が選出される見通しです。彼は民主派の弾圧を指揮していた強硬派で、中国共産党に評価されて立候補しました。対抗馬は中国の意向に忖度して一人も出ません。香港が李氏の政権のもと今後どうなっていくのか、引き続き注視する必要があります。

——ここまで話を聞いておりますと、習近平でなければ台湾・香港とうまくやっていけたということですか。

 そう述べても過言ではないと思います。台湾・香港問題は、2013年の習近平の国家主席就任以降、あらゆる物事が悪い方向へとどんどん流れてしまっています。習近平は今年秋には三選を目指していることもあり、台湾・香港にとっては当面厳しい状況が続くでしょう。キツイ表現になってしまいますが、今の中国は「パラノイア」に陥っています。台湾・香港への固執に自縄自縛になっています。力に任せれば台湾・香港を飼いならすことができると思っているようですが、中国の高圧的な態度が続けば続くほど、「台湾・香港」と「中国」の溝は深まるのです。

——中国国内から「おかしいのでは」との声が出てきてもよさそうですが。

 中国共産党による70年におよぶ教育を通じて、われわれ中国は台湾・香港をなんとしてでも取り戻さなければならないという愛国思想が人びとにも刷り込まれているのです。加えて、かつては中国にも民主的、開放的でなければならない、台湾・香港ともお互いの違いを認めながら共存したいと考えていた自由派の人々も多くいたのですが、中国共産党の長年の統制や弾圧で彼らの存在はほぼ虫の息の状態になっています。

 今回の本にはそうした一連の愚行への私なりの「怒り」も入っています。学生時代から親しみを抱いてきた中国がこんな状態では、私自身のこれまでの人生を否定されたような大変複雑な気持ちになります。私だけでなく、中国、台湾、香港の専門家のほとんどは中国に興味があるから中国語を学び、勉強してきたわけで、心の底に一定の愛情を持っています。だからこそ今の中国を残念に思っている人も多いでしょう。「中国はどこかで道を違えている、気づいて欲しい」というメッセージを本書に込めました。

台湾・香港問題を「自分事」として捉えるために

——日本は台湾、香港と地理的にも近いですし、歴史的にみてもさまざまな点で接点があります。本来ならばもっと台湾・香港のことを考えなくてはいけません。しかし、どこか他人事として考えてしまう傾向にあります。

 以前ならそれで済んでいたこともあったでしょう。しかし、今や中国は世界規模の超大国になり、政治や経済などの面での影響をグローバルに与える存在になりました。新型コロナウイルスを例にとってみても、中国で経済活動がストップしてしまうと、それが全世界に波及し、物資や製品がまったく入ってこないという事態になってしまいます。中国がこれほどまでに力を付けていなければ、台湾・香港問題もそこまでグローバル化することはなかったでしょう。

 日本には沖縄県などに米軍基地があることからも、もし台湾海峡や東シナ海などで有事が起きれば日本も米中という超大国同士の戦争に巻き込まれるおそれはさらに大きくなります。これらのことからみても、改めてなぜ中国がなぜ台湾・香港に強硬な態度を示すのか、その理由を考え、理解する必要性が生じてくるわけです。そうすることで日本はどう中国に立ち向かえばよいのか、世界はどう中国とつきあえばよいのか、そのための指針がおのずと見えてくると思っています。

——『新中国論』は、その中国を「台湾・香港」からみよう、という点に新しさがあります。

 従来の中国分析は「台湾から見た中国」「香港からみた中国」「日本から見た中国」というように分断されていました。それでは真の中国の姿はなかなか見えてきません。台湾と香港、日本、それぞれが置かれている状況が異なりますから、部分的な中国像しかわからないのです。

 東アジアの中国の周辺にある台湾・香港の視点を加えて横断的に中国を理解すべきだと考えるようになったきっかけは、2014年の台湾・ヒマワリ運動、香港・雨傘運動です。彼らは中国と遠ざかり、台湾と香港の間で精神的な意味で距離が近づきました。彼らは中国というテーマにどう向き合うか、同じ悩みを抱えているのです。それは日本と同じで、日本よりもっと切実な形で。自分で言うのもなんですが、これら2つの地を長らく取材していた私だからこそできたことだと感じています。

2019年、香港のデモを取材する野嶋氏(写真:本人提供)
2019年、香港のデモを取材する野嶋氏(写真:本人提供)

ウクライナ危機後を見据えて

——2022年2月24日、ロシアがウクライナを攻撃するという緊急事態が発生しました。

 ちょうど今回の本の初校ゲラを読んでいる最中に起きた出来事でした。ロシアとウクライナはだいぶ前から緊張関係にありましたが、まさか本当にロシアが軍事侵攻するとはと正直、驚きました。そんなウクライナの様子を台湾・香港の人たちは非常に複雑な想いを抱えながら見ていました。そこで急遽ウクライナ危機に関する文章も加えることにしました。

 ロシアから離れ、欧米側に入ろうとするウクライナを武力で引き留めようとするロシアの姿は、独自路線を歩もうとする台湾を中国が武力をちらつかせて脅している構図と似ています。

 また、「今日のウクライナは明日の台湾」という言葉がメディアなどで盛んに論じられました。それは、大国の横暴に怯える台湾・香港の人々の心理が、ウクライナの苦境に通じるものがあったからでした。今回のウクライナ危機をきっかけに、「大国と小国」という視点から台湾・香港への関心がもっと高まることを願っています。無関心が一番危険ですから。

——台湾の情勢は悪くなる見込みでしょうか。

 台湾が中国に取りこまれてしまうのではという見方をされる専門家もいますが、私は、その危険性が少し和らいだと思っています。ロシアには経済制裁が発動され、国際社会からロシアの締め出しが強まっています。プーチンが当初予想していた短期決戦はできずにドロ沼状態化しており、苦戦するロシアの様子をみて、習近平は「我が国はああいう惨めな姿をさらしたくないな」と思い、台湾攻撃のシナリオをより厳しく慎重なものに見直してくる可能性があります。

――台湾の中ではどのような見方をされていますか。

 台湾は同盟関係にある友好国を持っていませんから、NATOに入っていなかったウクライナと同じような脆弱性を抱えています。また、米軍は台湾有事の際に介入するかどうか明言していませんので、アフガンからの米軍撤退以来、いざという時に米軍が台湾に駆けつけてくれないという懸念の声も出ています。そこで重要視されているのが、日本の存在です。ここ数年、日本と台湾の関係は良好ですし、政権内でも安倍晋三元総理の時代から親台湾派の議員が増えていますので、今後もしばらくは今の良好な関係性は継続するでしょう。

 その際、日本に求められるのは、台湾が置かれている立場について、台湾の目線に立ってみること、そして必要以上に台湾問題で中国におもねってはならないということです。むやみに中国と敵対するなという声もありますが、それは「信頼」というベースがあってこそ。今の日本と中国との間には信頼関係がとても築ける状況ではありません。この環境下では、台湾への関与強化が日本および東アジアの秩序の安定化にも寄与すると思っています。

戦争は「心の問題」から生まれる

台湾・香港から中国との付き合い方を学ぶべきとする野嶋氏(写真:平凡社編集部)
台湾・香港から中国との付き合い方を学ぶべきとする野嶋氏(写真:平凡社編集部)

——台湾やウクライナの報道を見聞きしていますと、戦争や紛争の要因は複雑化していると感じます。

 戦争や紛争は「境界線」で起きます。ただ、その境界線は地理的な「国境」だけではありません。むしろ国境ではなく、宗教や人種、経済などそういうものが境界線となって衝突は生まれるのです。今回のウクライナ危機をみても、「ロシア vs NATO」、台湾の問題は「中国 vs 米国」、さらにアフガニスタン情勢では「イスラム教 vs キリスト教」という構図が浮かび上がります。そうなると、平面的な見方だけでは不十分で、その深部にある何かまで到達するような見方が必要です。その意味で、日本も「境界線の国」の一つです。米中のはざまで、台湾海峡問題、朝鮮半島問題などの発火点を抱え、常に紛争と隣り合わせであることを、台湾や香港などの事例から考えてもらいたいと思っています。

——本書でも台湾・香港問題は政治、経済、軍事ではなく、「心の領域」の問題だと指摘されていますね。

 政治、経済、軍事の問題だったら、それらを解決する条約や決まり事を作って守ることに努めればよいのですが、「心の領域」ですと、相手の懐に入り込むこと自体が難しいですし、人間関係と同じで相手に無理を強いるだけでは動かせません。「心」が必要で、相手が何を考え、自分は相手のために何ができるか、相手への配慮、敬意があってこそ、良好な関係を築くことができるのです。今の中国は残念ですがそれがまったくできていません。

——元を辿ると同じ国、民族なのにもかかわらず、戦争や内戦によって引き裂かれ、互いに牽制し合っているという関係をみていると悲しい気持ちになりますね。

 そうですね。私のようなジャーナリスト、そして研究者たちは、取材・研究対象としている国(地域)が輝いているということが一番大事なんです。いま、一番輝きを増していると感じているのは、やはり台湾です。台湾が世界に向けて声を上げれば上げるほど、頑張れば頑張るほど、その輝きは増しています。でも、中国や香港もかつてのように輝きを戻して欲しいと強く願っています。私だけではなく、日本人の多くは、中国は尊敬できる歴史や文化を持ち、日本に過去大きな影響を与えた国だと認めているので、それだけに日本人が今の中国にここまで好感を持てなくなっているのは惜しいことです。

——最後に、中国、台湾、香港、そして世界が混迷を深める中で、わたしたちにできることを教えていただけますか。

 ここ約2年は新型コロナウイルスの流行で海外渡航が非常に厳しくなっています。ただ、今やSNSで世界中とつながることができますし、書店に行けば良書が手に入るので、それらを存分に活用しないともったいないです。まずは歴史やサブカルチャーから興味を持つというのでもよくて、新聞やテレビ、雑誌だとあまり取り上げられないものもありますが、SNSなどでは発信されているので、チェックしてみるとよいでしょう。

 何よりも大事なのは、「自分たちの国にはない、相手の国のよいところを見つける」こと。例えば、台湾ではアジアで初めて同性婚が認められています。中国ではキャッシュレス生活がかなり進んでいます。そして香港は国際金融センターとして機能を果たしてきました。では日本ではなぜ同性婚が合法化されないのか、なぜキャッシュレスが浸透しないのか、なぜ国際金融センターになれないのか、台湾、中国、香港はなぜできたのか、その違いはどこにあるのかなどを考えるとよいでしょう。異なる意見にも耳を傾け、互いの長所を見つけて、それを自らの改善のためにどんどん活かしていく。そういうサイクルを回していくことで世界のムードも変わっていくのではないでしょうか。

[文=平凡社編集部・平井瑛子]

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