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思想の系譜に沿った人文書棚で、「言葉のない対話」を生み出す:ブックファースト新宿店・広野陽子さん

記事:じんぶん堂企画室

ブックファースト新宿店・人文書売場を担当する広野陽子さん
ブックファースト新宿店・人文書売場を担当する広野陽子さん

駅近の大型書店として「間口は広く、中身は深く」

 新宿西口の高層ビル街。繭のようなユニークな造形のコクーンタワーに見覚えがある人もいるかもしれない。そのビルの地下1・2階にあるのが、ブックファースト新宿店だ。

 ブックファーストは、「はじめに選んでいただける店」を理念とした、全34店舗のチェーン書店。新宿店は2008年、専門学校の東京モード学園などが入ったコクーンタワー竣工の機会にオープンした。前年に閉店した渋谷店から「旗艦店」としての役割を引き継ぐ形となった。

 お客さんはやはり西口で働くビジネスパーソンが多い。続いてよく目にするのは、コクーンタワーに通学する専門学校生や、新宿駅を利用する大学生などだという。平日は通勤や通学の時に来店するというパターンが多いようだ。

 ブックファーストは1996年に兵庫県のとある駅の書店から開始したのだが、今でも駅立地の小型店舗から新宿店のような大型店舗と規模は様々。旗艦店舗の大型店舗ということもあって、新宿店は「間口は広く、中身は深く」を意識している。特に気軽に入りやすい雰囲気づくりにこだわる。あたたかで落ち着いた色合いの照明で、居心地が良い。広野さんは「お洒落に作り込みすぎず、親しみを持てる雰囲気があって、本を買おうという気持ちになられるのでは」と分析する。

思想史の潮流を意識した、主張しすぎない棚づくり

 3万冊強の書籍を揃える人文書売場においても、あまり馴染みのない人が来ることを想定している。

 広野さん「人文書をこれまで読まれたことがない方でも、興味を持って手にとっていただけることを意識しています。かしこまらずに立ち寄っていただける。それが人文書においても、大事なことだと思います。その上で、研究をされているような方も日常的にご利用いただきたい。入門書、基本レベルの本から学術的な本、専門書レベルまで揃えて、提案したいと思っています」

 古今東西の哲学や思想、心理学など学問のジャンルの本が手堅く網羅されている印象を受ける。しかし大きい規模ではあるが、すべての刊行書を置けるわけではない。そのセレクトにはひときわこだわっている。

 広野さん「何を揃えて、何を揃えないか。棚の差し商品(通常の背表紙を見せる並び)においても、厳しく考えていきます。品揃えには、いろいろな条件がある中での選書となります。その条件を勘案しつつ、どこまで揃え、棚を作っていくか。それが面白いです」

 棚づくりのこだわりを尋ねると、思想の系譜や潮流に沿って並べることだという。そのためハードカバーの間にも、主著や基本書となる文庫や新書も入れるようにしている。

 たとえば、〈西洋現代思想〉の棚では、20世紀の構造主義、ポスト構造主義を経て、昨今のポスト・ヒューマニティーズ、人新世といったキーワードに結びつける。

 〈日本現代思想〉の棚では、戦中・戦後から活動した政治学者・丸山眞男が起点。いろいろな戦後の思想家が人物ごとに分けられていて、なかでも80年代ニューアカデミズムを代表する蓮實重彦、柄谷行人、浅田彰の主著がぎっしりと並んでいるのが目に入る。その影響下に登場した東浩紀は主著のほか「ゲンロン」も各号が揃っていて、その下には2000年代以降の現代の論客が続く。

 現代日本の思想書のコーナーで表紙を向けて面で置かれていたのは、東浩紀『存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて』、國分功一郎『中動態の世界』といったロングセラーから、河野真太郎『新しい声を聞くぼくたち』、山本貴光『マルジナリアでつかまえて2』などの話題の新刊まで。そうしたひとつひとつのセレクトを見ていると、静かながら熱い思いがにじみ出ているように感じる。

 広野さん「現代思想の系譜を当店なりに分類して棚をつくっています。違う意見もあるかもしれませんが、あまり説明し過ぎないのもひとつの表現かと思っていて。他にはない置き方に『お?』と思ってくださる方がおられると嬉しいです」

 そうした棚の本の流れをしっかりとわかって購入してもらえた時が、書店員の仕事をする上で喜びを感じる瞬間なのだという。

 広野さん「文脈でまとめて網羅的に買ってくださることがあります。『この本とこの本。あっ、わかって下さった!』みたいなことがあるのです。最終的にはその瞬間に尽きるかと思いますね。お客さまとの言葉のない対話が大事だと思っています」

提案の棚では、売上ランキング、PR誌「みすず」読書アンケート特集フェア、後述の木澤佐登志さんの選書フェアが実施
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今読んでおきたい人文書、リアル書店の存在意義

 広野さんにおすすめの人文書をセレクトしてもらった。時代を問わず、おすすめの一冊について聞くと、『魔法使いの弟子』(ジョルジュ・バタイユ、酒井健・翻訳、景文館書店)を取り出してくれる。

 『眼球譚』や『エロティシズム』などの著作で知られる、フランスの思想家・バタイユが1938年に発表した恋愛論。執筆時に激しい恋愛の最中にあった彼が、恋人、運命、偶然といった概念を交差させながら論じていく。

 広野さん「ただ単に恋愛について書いているわけではないのですね。人間として分断されずに統合した状態で、存在して生きることの難しさとは。バタイユのエッセンスがこの一冊で感じられます。

 景文館書店という出版社から刊行されました。値段は520円(税別)で、平均的な文庫より安いですね。この値段と装丁が素晴らしいですよね。哲学書を読まれたことがない方でも、手に取りやすいと思います」

 続いて、今こそ読みたい人文書には、今年1月に刊行された『失われた未来を求めて』 (木澤佐登志、大和書房)をあげる。木澤佐登志さんは、ネット時代の現代思想やアンダーグラウンド文化を独自のダークな視点から考察する注目の若手論客。この本は、行き詰まった資本主義の外部を模索するべく、マルクス、LSD、反知性主義、アシッド・コミュニズムなどを横断的に論じている。

 広野さん「木澤さんは文章に艶があって、読ませるんですね。人文書の魅力はそこだと思っていて。読んでいて気持ちがいいこと、読む喜びを喚起してくださること。それがすごく魅力的です。

 文学や思想の知識をしっかりとお持ちで、それをベースにしながら最新のウェブやテクノロジーの議論を、横断的に操ることができる方ですね。そうした文章を届けようとする意志も、お強いと思います。自己満足や知識のひけらかしではなく、もっと切実なものがあります。

 今は資本主義が行き詰まっている。加速主義と言われたり、資本主義は究極まできたなど、いろいろな捉え方があると思います。この先はどうしようもないし、生きるのは辛い…。そういう状況の中で、生きていくためには? これからの時代を考える上で、示唆に富んでいる本です。」

 実は人文書売場では、ご本人による選書フェア「木澤佐登志 書架記」を昨年12月から今年の3月まで開催した。木澤さんに約650もの冊数の選書を依頼するという異例の企画だ。ツイッターでの反響は「かなり凄まじかった」そうで、思想や批評に関心のある若い層を中心に話題を呼んだ。

現在も「木澤佐登志 書架記 以後」企画を実施中
現在も「木澤佐登志 書架記 以後」企画を実施中

 広野さん「去年の秋に棚のレイアウト変更をして、提案の棚を作ることが決まりました。そこで最初に提案するならばどなただろうと考えた時に、木澤さんだと思いました。それ以前に 『闇の自己啓発』という本を共著で出された時にも、木澤さんにご依頼したのですが、選書のセンスとコメントが素晴らしかったです」

 思想・哲学、芸術、文学からコミックや音楽など、あらゆるジャンルの本が並ぶ。木澤さんが紹介するニック・ランドに、フーコー、ドゥルーズ、バルトといったフランス現代思想関連、ピンチョンやケルアックなどのアメリカ文学、漫画『チェンソーマン』まで。博識でミステリアスな存在の木澤さんの本棚を覗いているような楽しさがある。

 広野さん「600冊を超える選書ができるのがすごいですよね。文学系も結構多いです。戦前の日本文学なども読んでいらっしゃる。そして最新のウェブの知識もある。どこかのジャンル一辺倒じゃないです。それを木澤さんのフィルターを通して今回、提案することができました」

 購入者には選書リストをまとめた冊子をプレゼントにした。選書は後からも更新され、約750冊にまで増えていった。ツイッターでは定期的な発信を続けた。「そうした相乗効果でかなり大きな反響と成果を得られた」と振り返る。

 広野さん「リアル書店の存在意義は、そういうところだと思います。検索では出会えない、自分が知らないものに遭遇して、新しい体験を得ることができることです」

 「やはり場としての魅力を、出版社や著者の方にご協力いただきながら、いろいろな方法で作り上げること。それが存在意義のひとつかなと思っています。街から書店が減っていく今の状況の中で、いかに新宿店までお越しいただけるか。どこまでご来店動機を作れるかだと思っています」

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