上野に隠れ家のような本屋 カフェ・パン屋・ギャラリーも併設、ゆっくり楽しむ:ROUTE BOOKS
記事:じんぶん堂企画室
記事:じんぶん堂企画室
JR上野駅の入谷改札を出てから徒歩3分ほど。反対側の上野公園やアメ横の喧騒とはうって変わった静かな住宅街に「ROUTE BOOKS」はある。外も中も植物があふれていて、森の中の隠れ家のような空間だ。
リノベーションに特化する工務店・ゆくい堂が2015年に設立。建物や廃材を再利用する精神を大切にしていて、たとえば棚は隣の作業場で廃材から作られている。書店だけでなく、カフェ、パン屋、ギャラリーなども入っている。
選書を担当するのは、フリーランスの編集者でライターの石川歩さん。出版社やIT企業などの勤務を経て独立し、スポーツ、暮らしなどの分野をメインに執筆・編集をしている。会社員時代に取材でゆくい堂の代表と知り合ったことがきっかけで、声をかけられたそう。
店内の本の冊数は4000冊ほど。ジャンルは料理、旅、アート、文学、教育、絵本、スポーツ、建築など幅広い。小さなセレクト本屋での出逢いを大切にしていて、自費出版や小規模出版社の本を多く取り揃えている。たとえば、店の入り口近くには、リトルプレスやZINEを置いた棚があって、「tattva」「生活考察」「IWAKAN」といったカルチャー・ビジネス分野の新たな潮流を追う雑誌が置かれている。
「ここはほんとにいろんなお客さんが来るんです。カフェに来るお客さん、パン屋を日常づかいしてくれる方、犬の散歩の途中に来る方もいます。書店と思わずに入ってくる人が多いのが特徴です。本を全然読まない方も結構いるのも感じることで。そういう方でも、手にとろうと思ってくれる本を置くようにしています」
廃棄木材からリメイクした棚は、料理や旅などのジャンルごとに分かれていて、頻繁に入れ替えや移動をしている。たとえば入り口近くの棚のテーマは、戦争、政治。今年のウクライナ情勢、参院選などを踏まえてつくったそう。『そもそも民主主義ってなんですか』(宇野重規)、『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ、 翻訳・三浦 みどり)などが面で置かれている。
思想や哲学などの話題書が置かれた人文ジャンルの棚もあるものの、他のジャンルの棚の中にもひっそりと紛れ込む人文書を探すのも楽しい。店内を歩いていると、料理の棚には『縁食論――孤食と共食のあいだ』(藤原辰史)があって、東京の棚には『東京の生活史』 (岸政彦)を見つけることができた。
「文脈が合うならレシピの隣に人文書があってもいいんですよね。レシピの本をザーッと並べるよりは、『こんな本もあるのね』というようなものが隣に並んでもいいんじゃないかと思うんです」
人文書はどういう本を置くようにしているかを尋ねると、石川さんは「空気を読まない」本だと説明をしてくれた。
「以前、お店に来たら本棚がじゃがいも売り場に変わっていたことがあったんです。オーナーの徳之島(奄美大島)の実家で、ジャガイモをいっぱい作っていて、送ってくれたんですって。お客さんにお売りするとのことでした」
「『こんなのあり?』と思ったんですけど、面白いですよね。ROUTE BOOKSには、『それでもいいじゃん』というなんでも面白がる空気感があって、私は落ち着くんです。こんな空間だから、もっと寛容度をあげるような本を扱いたいなと思っていて。人の心を分析する本でもいいですし、社会の空気に対する違和感を考察した本でもいいんですが、空気を読まないような本を扱えたらいいなと思っています」
店内にいると、時間がゆっくりと流れていて、忙しない社会に風穴をあけてくれるような空間だと感じた。書店という場が、本を売るだけでなく、街の中のコミュニティのように機能している。
「ここで働く人はいろんな分野の職人の方で、みんなプロフェッショナルで自由なんです。植物担当の方もいて、本を湿気から守るために外で水をやってくれています。オーナーの家や兼業農家のスタッフからジャガイモやバナナが送られてきたり。それがうまく調和しているんです。コロナ禍で社会機能がストップした時も、ここがあれば生きていけそうだなとみんなで話していました」
そんな石川さんに、今、読んでほしいお勧めの本について聞くと、絵本『二番目の悪者』(林 木林/作、庄野ナホコ/絵、小さい書房)を紹介してくれた。
「絵本だからこそわかりやすく、学びがあるというのでしょうか。今は簡単に情報が手に入って、なんとなく知った気になって、それを口にしてしまいますよね。そうした状況を端的に表現しているんです」
「金のライオンと銀のライオンがいます。金のライオンは国の王様になろうとするんです。一方、銀のライオンは、街場の人を助けるようなやさしさがある。だから金のライオンは銀のライオンが投票で王様になってしまうと思って、嘘の悪口をみんなに言いふらします。その噂が大きくなっていって、銀のライオンは悪いやつになっていく。最後は金のライオンが王様になってしまって、国が滅びてしまうんです」
タイトルの「二番目の悪者」とは「見聞して噂を広めた人たち」のことを表している。
「それって結構、自分もやってしまっているんじゃないかと思うんです。聞いたことをあまり考えずに発信してしまう。SNSなどで悪意なく拡散してしまっているんじゃないか。小さい書房の代表は、報道記者を辞めて出版社を作られた方だそうです。今の社会の風刺というのか、ずばっと本質をつく話だと思って、ずっと置いています」
この本を読んで思い出すのは、アインシュタインとフロイトの往復書簡『ひとはなぜ戦争をするのか』(講談社)だという。
「フロイトがそもそも人には破壊欲動があると書いていて、結構通じることだと思います。物事を単純化して良い・悪いを決めてしまって、SNSのいいねボタンを押してしまうとか。本を読んで破壊欲動を抑えるのもいいでしょうし、人文書を読んでもっと広い視野を持つのもいいのかもしれません。破壊欲動はもともと誰もが持ってるものらしいので、誰でも手に取れる絵本を選びたいなと思いました」
次に石川さんは「私を変えた1冊」として、詩集『さよならのあとで』 (ホランドヘンリー・スコット、夏葉社)を推薦してくれた。
「ここまで本に癒された経験は初めてでした。小さい頃からいっぱい読んできて、その都度、本に夢中になって癒されてきました。でもこれはあまりにも深く癒されたんです」
「さよならとは死ということ。亡くなった方が死後に、悲しんでいるであろう生きている人に向けて語りかけていく。なかなか言葉にしづらいんですが、死んでも近くにいるということをずっと伝えてくれます。身近な人が亡くなって、そこから立ち直れない人はみんな手に取った方がいいと思います。社会で生きていると、めちゃめちゃ悲しくても平気な顔をしてないといけない。でも結構辛い人もいるんじゃないかなと思うんです。そういう時、この本があると癒される。ずっと切らさずにROUTE BOOKSに置いていて、ポツポツと売れていきます」
小さな頃から本が身近にあったという石川さん。今、改めて書店や本の価値とはどういうものだろう?
「私はライターをしているので、いろんな方にお話を聞くんですけど、九谷焼の窯元を継いだ男性にお話を聞いたことがありました。伝統工芸でも、『守らないといけないものは弱い』とおっしゃっていて」
「100年経ったら、書店や本が守らないといけないものになっていくかもしれない。でもそれではすごく弱いので、ちゃんと社会に必要とされる存在にならないといけないんじゃないか。そのために努力しないといけないと思っています。文化だから守るべきという存在になるんじゃなくて、やっぱり書店や本は社会に必要なものとして食い込み続けるべきだと思います」