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マネジメントは誰の仕事だろうか?――『マネージング・フォー・ハピネス』

記事:明石書店

ヨーガン・アペロ著 寳田雅文訳『マネージング・フォー・ハピネス』(明石書店)
ヨーガン・アペロ著 寳田雅文訳『マネージング・フォー・ハピネス』(明石書店)

Management 3.0 とは

 Management 3.0とは「幸せで生産性の高い組織になるためのマネジメント」に有効な考え方と、そうなるきっかけになり得る具体的なやり方のセットだ。ヨーガン・アペロ氏によって考案されている。

 また、「3.0」が指し示すとおり、Management 1.0、Management 2.0も定義している。

 Management 1.0とは、「機械」をメタファーとしたマネジメントのスタイルだ。マネージャーはコックピットに乗ったパイロットのように計器が出す数値を見ながら各部品を操作する。「部下を指示どおりに働かせる」といった言葉の表現は、Management 1.0からくるものだろう。また、指揮命令系統や意思決定は階層構造(ヒエラルキー)を是としている。

© Jurgen Appelo, Creative Commons 3.0 BY http://www.management30.com/
© Jurgen Appelo, Creative Commons 3.0 BY http://www.management30.com/

 Management 2.0とは、人を「機械」ではなく「人間」として捉え、そこで働く人こそが会社にとって一番の資産として、チームや組織を活かすための施策をとっていっているようなマネジメントのスタイルだ。ただし、その前提にはヒエラルキーが強く存在している。「人や組織は複雑適応系であり、あらゆる部分が独自の目的を持って活動し、その活動のなかで他の部分と相互作用していく」というのがManagement 3.0の前提だが、Management 2.0ではそういった複雑適応系が持つ多様性を尊重せず「本来的には良い施策をトップダウンで強制的に実施する」といった行動をとってしまいがちだ。

 Management 3.0とは、上記の前提部分がヒエラルキーからネットワークに置き換わったものだ。中央集権型のマネジメントから分散型のマネジメントになったものと表現するとイメージしやすいかもしれない。

© Jurgen Appelo, Creative Commons 3.0 BY http://www.management30.com/
© Jurgen Appelo, Creative Commons 3.0 BY http://www.management30.com/

 なお、ナンバリングで定義されているため誤解を生みやすいが、どんな組織にとっても、Management 3.0が必ずManagement 1.0やManagement 2.0よりも適しているというわけでもないことには注意しよう。まったく同じ状況の会社はひとつとして存在しないし、状況に応じて有効な手段は変わってくる。また、そこにいる人々には受け入れられる変化のキャパシティがあり、振れ幅が大き過ぎる場合は抵抗される可能性も出てくる。どのくらいの度合いの変化を仕掛けるかについては見極めが必要だ。

『マネージング・フォー・ハピネス』の立ち位置

 ヨーガン・アペロ氏は本書の前に2冊の本を出している。いずれも本書に繋がる重要な考えが書かれている。

 1冊目の『How to Change the World』(前川哲次・川口恭伸・吉羽龍太郎翻訳『How to Change the World ――チェンジ・マネジメント3.0』、達人出版会、2012年)は「マネジメントのやり方が気に入らないなど、酷い組織に悩まされる場合、3つの選択肢がある。我慢するか、辞めるか、変えるためにチェンジマネジメントを学ぶかだ」という冒頭の一節が印象的だ。もちろん、この本は3つ目の選択肢を選んだ人のための本であり、組織変革を実現する際に参考となるモデルが書かれている。

© Jurgen Appelo, Creative Commons 3.0 BY http://www.management30.com/
© Jurgen Appelo, Creative Commons 3.0 BY http://www.management30.com/

 2冊目の『Management 3.0』(藤井拓翻訳『マネジメント3.0――適応力の高いチームを育むための6つの視点』、丸善出版、2022年)は、アジャイルソフトウェア開発をバックボーンに、人々が陥りがちな線形思考や還元主義の罠からから複雑系理論とシステム思考を土台にした複雑系思考へのシフトといった主張のなかで、イノベーションを起こせるチームを育むために重要な「人々を元気づける(Energize People)」「チームに委任する(Empowerment Teams)」「制約を揃える(Align Constraints)」「コンピテンスを育む(Develop Competence)」「構造を成長させる(Grow Structure)」「すべてを改善する(Improve Everything)」の6つの視点を軸に、Management 3.0の理論を体系立てて説明している。

© Jurgen Appelo, Creative Commons 3.0 BY http://www.management30.com/
© Jurgen Appelo, Creative Commons 3.0 BY http://www.management30.com/

 本書はこれに続く3冊目であり、組織やチームがManagement 3.0の目指す姿になっていくために必要な原理原則(プリンシパル)を、具体的な体験から気づけるようにすることに重きをおいている。ここで紹介されているのは、12のマネジメントのエクササイズだ。

 本書の原著『Managing for Happiness』は、『#Workout』というタイトルで出していた本の改訂版という位置付けだ。「Workout」という言葉が示すとおり、(改善のためには多少の痛みやつらさも止むを得ないという)身体的なトレーニングに例えているため、習慣(プラクティス)化に必要なアクションを「エクササイズ」とも表現している。

© Jurgen Appelo, Creative Commons 3.0 BY http://www.management30.com/
© Jurgen Appelo, Creative Commons 3.0 BY http://www.management30.com/

 だからといって、恐れることはない。ヨーガン・アペロ氏は膨大な参考文献から理論を構築するようなストイックさを見せながらも、遊び心を持ち合わせている。それぞれのエクササイズは私たちの好奇心や創造性を刺激するようにデザインされており、きっと痛みやつらさよりもチームワークの楽しさを感じるほうが大きいはずだ。

 もしかすると、本書で紹介されている考え方や手法に対して、期待するほどの目新しさがなく、どこかで見たことがあるようなものばかりと感じることもあるかもしれない。それはある意味合っている。前述したとおり、ヨーガン・アペロ氏は膨大な文献からあらゆる考え方や手法を参照しており、Management 3.0の大部分はそこからの引用や改良で成り立っている。

 音楽で例えるなら、DJのミキシングやサンプリングの手法に近いかもしれない。著者は、これを「モヒートメソッド(Mojito Method)」あるいは「拝借して捻りを効かす(Steal and tweak)」と表現している。

 実際、本書で出てくる「ムービングモチベーターズ」は「16の基本的欲求」と「自己決定理論」を掛け合わせたものであり、「デリゲーションポーカー」は「サーバントリーダーシップ」と「意思決定領域」と「プランニングポーカー」を掛け合わせたものだ。組織という複雑系に刺激を与えてイノベーションを引き起こすには、こういうアプローチが手軽で有効な方法となる。

マネジメントはマネージャーに任せるにはあまりにも重要すぎる

 これは本書における重要なメッセージのひとつだ。

 酷い環境にいるとき、マネジメントのやり方に不満をぶつけ、マネージャーのせいにするのは簡単かもしれない。だが、考え直してほしい。マネジメントはマネージャーだけのものだろうか?

 ヨーガン・アペロ氏の答えは「No」だ。

 マネジメントは特定の誰かの仕事ではない。仮に自分の会社ですべてのマネージャーをクビにすることを考えてみよう。マネージャーが担当していた仕事はなくなるだろうか? きっとなくなりはせず、ビジネスの目的を定め、誰を採用するか、いくら給料を払うか、どのくらいコーヒーを消費するかなどを決める必要が出てくるはずだ。マネージャーがいなくなってもマネジメントという活動はなくならない。そういう意味において、本来、マネジメントは皆の仕事なのだ。

 もし酷い環境にいる場合、やるべきことは、不満をぶつけてマネージャーのせいにするのではなく「自分で自分の上司になること(自分で自分をマネジメントすること)」だ。他人のせいにせず、他人をコントロールしようとせず、皆が自分を改善することに目を向けるようになった場合、少しずつ組織の課題は解決され始めるだろう。

「この本は名刺上の役職ではなく、組織のことを本当に考えている人のための本である」

 ヨーガン・アペロ氏は本書のなかでそう語っている。

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