資本主義をコントロールし、中間層を支援するダイナミズム 「福祉国家」とは何か?
記事:白水社
記事:白水社
福祉国家とは、正確に言って、いったい何のことなのか。この分野の専門家は、それぞれかなり異なった3つの福祉国家についての捉え方のうちのひとつを用いるのが一般的であるが、どの捉え方も独自の線引きを行い、福祉国家の機能について独自の解説を加える。
【著者動画:Professor David Garland on the history of the welfare state and why it matters】
第1の捉え方は、福祉国家を、貧困層のための福祉と性格付ける。3つのうちでもっとも狭い捉え方で、福祉国家の反対派に好まれる。この捉え方が着目するのは、福祉国家システムのなかでもっとも問題含みで、もっとも受けが悪い側面、すなわち、資力調査付きの無拠出型の救済金である。アメリカのプログラムでは、貧困家庭一時扶助(TANF)、フードスタンプ、一般扶助(General Assistance)などがこれに該当し、イギリスに存在するプログラムとしては、所得支援や求職者手当(JSA)などがある。この捉え方こそ、アメリカの政治言説のなかで「福祉」や「福祉システム」が批判にさらされるとき毎回のように引き合いに出されるものであり、同じ傾向はイギリスでも強まっている。
第2のアプローチは、社会保険、社会権、ソーシャル・サービスに焦点を当てる。社会政策についての比較研究のほとんどで用いられる分析的アプローチで、政府の社会歳出のほとんどを占める制度が対象となる。アメリカなら社会保障(Social Security)やメディケア、イギリスなら国民保険(National Insurance)や国民保健サービス(NHS)である。このアプローチの対象には公教育も含まれる。公教育は福祉国家に先立つ社会支給形態だが、福祉国家の文脈では根本的な社会権になってきた(イギリスでは、現在、政府支出の約20パーセントが年金、18パーセントがヘルスケア、12パーセントが教育、20パーセントがその他の福祉形態に費やされている)。福祉国家の中核をなすこれらの要素は、有権者から長きにわたって好評を集めており、ティーパーティーのような政府の介入に公然と反対する政治運動からさえ支持されている。
第3の捉え方は、経済のマネジメントに加えて、経済のガバナンスがそれぞれの福祉国家で果たす役割を強調する。対象とする範囲は一番広く、一般の議論では一番なじみの薄いものだが、政治経済学者や社会学者が用いる捉え方であり、わたしが展開する分析にとって中心的なものになる。ほかの2つより広い範囲を対象とするこの捉え方は、規制、財政、金融、労働市場についての政府の政策に加えて、市場の形成、成長の促進、雇用の提供、企業や家族の福祉の確保にさいしてそれらの政策が果たす役割を強調する。この側面は、社会政策についての教科書の盲点になっていることが多く、経済学者に委ねられてしまいがちだが、福祉国家政府の特徴としては、根本的かつ継続的なものである。
これら3つの捉え方は、「福祉国家とは何か」の性格描写として、相容れないとみなされるのが普通である。しかし、わたしたちがすべきことは、3つのなかからどれかひとつを選ぶことではない。これらを福祉国家統治の同心円と考え、その1つひとつが、福祉国家統治の全体に構造的に統合される一要素をかたちづくっていると見るべきである。複合体の中核には、失業、傷病、高齢、障害などの理由による収入減にたいする保険制度──哲学者ミシェル・フーコーが「 安全 メカニズム」と呼んだもの──がある。これらの保険スキームの運営は国レベルで行われ、国民人口全体に影響を与え、GDPのかなりの部分に相当し、それ自体、経済ガバナンスの一様態である。次に、これらのスキームは、その支払能力にかんして、政府の政策に依存している。税金を引き上げ、雇用を維持し、成長を促進すると同時に、消費を円滑にし、労働市場の柔軟性を向上させ、経済的安定を提供し、景気循環対策のための支出を可能にするのは、政府の政策である。次に、社会保険スキームは、無保険の個人を対象とした非拠出型の「セーフティネット」によって補完されている。これら3つのセクターはそれぞれ、ほかの2つを構造的支柱としなければ、いまあるかたちでは存在できない。それぞれのセクターが、ほかのセクターの存在の条件である。
資本主義経済が、競争的生産と市場交換によって私的利益を生み出すダイナミックな機構だとすれば、福祉国家とは、それが出来上がった後に付け足されたギア、ブレーキ、分配装置のセットであり、その設計精神にあるのは、資本主義という超巨大トラックを、社会的にまだ許容できそうなコースから外れないように操縦していくことである。福祉国家の中核に位置する一連の社会的保護は、資本主義の経済プロセスのうえにかぶさるように重ね置かれており、市場経済の修正と道徳化を行う設計になっている。これらの社会的保護はさまざまな形態を取るし、給与税が財源になることもあれば、一般消費税の場合もあるし、政府の借金も選択肢に入る。これらの社会的保護が、労働者とその家族にとっての保険となり、怪我、病気、失業、高齢がはらむリスクにたいする防壁となる。これらの社会的保護が、個々人に、教育、住宅、ヘルスケア、ソーシャル・サービスにたいする社会権を提供する。これらの社会的保護が、未対応のニーズが出てきたときに、自由裁量の社会扶助のセーフティネットを起動させる。
【デイヴィッド・ガーランド『福祉国家 救貧法の時代からポスト工業社会へ』(白水社)所収「第1章 福祉国家とは何か」より】