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「生きづらさ」に寄り添える本を届ける 地域にひらかれた本屋:plateau books

記事:じんぶん堂企画室

plateau booksの贄川雪(にえかわゆき)さん
plateau booksの贄川雪(にえかわゆき)さん

平坦な時間にじっくりと本と向き合う

 歴史や文化にゆかりある東京都文京区の中心部・白山。東洋大学や小石川植物園が近い、落ち着いた雰囲気の住宅街のエリアだ。

 都営三田線・白山駅から徒歩3分ほど。大通りから小道に入ってすぐ、ブルーのタイルに覆われた築50年のビルの2階にひっそりと佇んでいる。

 商業建築の設計施工を行う「東京建築PLUS」が「地域にひらかれた場所でありたい」という思いから2019年3月にオープン。金〜日曜日と祝日に営業している。

 1970年代から精肉店だった空間を自らリノベーションした。打放しのコンクリートに、古道具の家具が自然に置かれていて、ミニマルでクールであると同時に、あたたかな雰囲気がある。

 店名の「plateau」は「平坦」という意味から。「平坦=フラット」で変化のない時間に、本をゆっくり読めるような空間を目指した。ドリップコーヒーやお菓子などを提供するカフェを併設し、中央の大きなテーブルではじっくりと本と向き合うことができる。

 アート、料理、ライフスタイル、人文、絵本などさまざまなジャンルの本が約2000冊揃う。小さな本屋さんならではのセレクトで、本との唯一無二の出合いを届けたいという。近隣からのお客さん向けに、手に取りやすい実用書も置くようにしている。

 店に入った瞬間にすぐ気がつくのが、本の表紙を見せる面陳が多いこと。店頭から奥まで、一冊一冊が大切に置かれている。「本の顔を見せると、手に取りたくなることが多いみたいで」と贄川さん。「不思議なのは、置いたままではなく、触れた本って売れるんですよ。しばらく動かなかった本も、ちょっと動かした途端にお買い上げいただけることが結構ありますね」

 やはり建築関連の本は多く揃っている。建築家のル・コルビュジエやレム・コールハースに関連した本、TOTO建築叢書やSD選書などシリーズものも充実している。建築学科出身の贄川さんが院生時代に研究したという、建築家クリストファー・アレグザンダーの著作も。

 そうした中で贄川さんが注力しているのは、フェミニズム・ジェンダーをテーマとした本、そして当事者研究の本だという。

フェミニズム・ジェンダー・当事者研究の本を置いた棚。家族や介護、病などの観点から「生きづらさ」をテーマとした本が並ぶ。
フェミニズム・ジェンダー・当事者研究の本を置いた棚。家族や介護、病などの観点から「生きづらさ」をテーマとした本が並ぶ。

 上野千鶴子やレベッカ・ソルニットなどの代表的論客のエッセイから、ヴァージニア・ウルフの小説、フェミニズム雑誌「エトセトラ」、KuToo運動で知られる石川優実の著作まで。学術書も児童向けの絵本も、すぐそばに隣り合うように置かれている。

「赤ちゃんやお子さんを連れてくるお客さまもいるし、ひとりでいらして本を探し、じっくり読んで帰られるお客さまも多いです。こうした生きづらさをテーマとした本は、もしかすると家では読みづらい場合もあるかもしれません。やっぱり、人は困っているときに本を読んだり何か言葉を探したりしますよね。そんなとき、お店に来てくださった人たちに、ちょっと寄り添えるような本を届けられたらと思っています」

 当事者関連の本としては、病気を抱えている時に読んだ本を紹介する『病と障害と、傍らにあった本。』(里山社)と、人間がそのままの姿で生きる価値を論じた『人間の条件―そんなものない (よりみちパン! セ)』(新曜社)の2冊をお勧めしてくれた。

 贄川さんはフリーランスの編集者・ライターでもある。大学院まで建築を学んだのちに、文系就職で人文書の出版社に入社し、思想誌や書籍の編集者に。その後転職し、実用書の編集者を経験し、独立をした。

 書店員経験は初めてだったという。plateau booksに携わったきっかけは、学生時代の研究室の先輩が「東京建築PLUS」で働いていて、「本屋をオープンするから手伝ってほしい」と声をかけられたこと。当時はまだ会社員で副業ができなかったが、1年後の独立をきっかけに選書と店番を担当することになった。

「普段、編集やライターをやっていますが、どうしてもフリーランスだと家で仕事をすることが増えます。でも、お店だと実際に本を手に取る人の顔が見える。編集とライターをやりながら本の売れる現場にもいるという、その三角形がすごくいい循環だと思っています」

 お店では、贄川さんが携わった書籍『スパイスで魔法をかける and CURRYの野菜が主役 季節のカレー』(世界文化社)関連のトークショーを開催したこともある。同書に登場する新代田のカレー屋さん「and CURRY」と、そこに野菜を卸している高知の自然農家さん「中里自然農園」が登壇。カレーを味わいながらのイベントで、大盛況だったという。そして今も店頭では、同書から生まれた贄川さん編集のZINE「野菜とカレー」を無料配布している。

 書店員のお仕事の楽しさについてうかがうと「特に人と話せること」だという。

「ここは余白が多いんですよね。どちらかというと、1冊1冊を把握しやすいというか。だから大体お客さんが本を買うときに話をするんです。『なぜこの本を買われたんですか』とか。店員らしく振る舞う以上に、人と人として自由に本を介して話せるとさらにうれしいなと思っています」

「ある常連さんが、沖縄の基地問題を研究した『辺野古入門』(熊本博之、ちくま新書)を買って行かれて、次の週に『難しかった』と感想をおっしゃった。それで次に、私がすごく好きな岸政彦さんの『はじめての沖縄』(新曜社)をお勧めすると、また買って読んでくださって。ちょうど沖縄県知事選挙もあった頃で、『私は沖縄は旅行に行くイメージでしか捉えていなかったけれど、戦争や基地をはじめとする沖縄の問題のことをちゃんと知り直したくなった』とおっしゃっていました。人文書の持つ力を感じられたし、うれしかったですね」

自分なりに読み替えていく自由

 贄川さんに自分を変えた本を尋ねると、比較文学研究者で詩人の管啓次郎さんの著作を紹介してくれた。『コヨーテ読書―翻訳・放浪・批評』(青土社)と『本は読めないものだから心配するな』(左右社・筑摩書房)だ。

「人文書の出版社に入ったのは、管さんの『コヨーテ読書』を読んだ影響も大きかったんです。理工学部の建築学科で建築理論の研究をやっていた自分にとって、この本のなかで語られる、多様で複雑で豊かな言語や文化の世界は未知の領域でした。クレオールや越境していく言葉と精神の感覚を知りました」

『本は読めないものだから心配するな』は旧版、新装版、文庫の3冊を持っている。

「単純にこのタイトルに救われた人は、私以外にもたくさんいると思うんですよね。全部を真面目に読もうとして、積読している自分、1冊をちゃんと読みきれない自分を嫌悪してしまうこともある。でもそれでもいいんだと救われました」

「学生時代は建築を見に行くという名目で、よく旅に行っていました。管さんの本を読み、旅で身体的に感じた感覚と読書体験とが、こんな風に重なるんだと眼から鱗が落ちました。どれも繋がっているんだけど、一歩違うところに行ったら、また違う景色が見える。本当に旅のような本ですよね」

 あとがきに紹介された、一人の編集者とその思想も印象的だったという。

最後に、本書をひとりの友人の霊にささげることを許してください。津田新吾(1959ー2009)。「本の島」を構想し、その実現にむけてレンズ磨きのような努力を重ねた、心意気にあふれた編集者だった。

「1冊をコンプリートするだけが読書じゃない。本を開いて何か引っかかったら、次の本へ。本と本とがつながっていく世界を渡りゆくことも、読書だと思います」

 次に今、お勧めしたい人文書として紹介をしてもらったのは、マルクス・エンゲルスの『ドイツイデオロギー』(翻訳:廣松渉、小林昌人、岩波文庫)。

「今、資本主義社会と共産主義思想をどう考えるかということは、あらためて重要だと思うんですが、それとはまた別に好きな言葉があるんですよ。共産主義社会のユートピアの話をしているところです」

共産主義社会においては社会が生産の全般を規制しており、まさしくそのゆえに可能になることなのだが、私は今日はこれを、明日はあれをし、朝には〈靴屋〉狩をし、〈そして昼[には]〉午後は〈庭師〉漁をし、夕方には〈俳優である〉家畜を追い、そして食後には批判をするーー猟師、漁夫、〈あるいは〉牧人あるいは批判家になることなく、私の好きなようにそうすることができるようになるのである。

 マルクスとエンゲルスが、ヘーゲル左派運動の総括として記した同書だが、今の時代に本当の意味での労働とは何かを考えるために読むことができるのでは、という。

「たとえば、私は会社員だけ、主婦だけでしかないという人はやっぱりいないわけで。ある人は、夜に社会や政治の話をすることで批評家になる。休みの日に農業や狩猟採集をすることでエコロジー(自然)の一部になる。学童保育や地域活動に関わることで、教師ではなくても教育者になる。職業というひとつの専門の狭い枠組みにとらわれず、自分が社会でできること=本当の労働を捉え直すフレーズでもあると思いました」

「もちろん職人さんなど、ひとつのことに従事されている方の素晴らしさも十分知っているんだけど、一方で私のように専門性がない人もいる。編集やライターをやったり、本屋になったり、課外活動でZINEを作っていたり。さまざまなことをやってみることで、自分が何人(なんびと)にもなれる。それで誰かの役に立てれば、これだってきっと本当の労働のはずだ、と後押しされているように思えるんです」

  建築事務所の本屋さんにしてブックカフェであり、イベント会場やギャラリーの展示スペースに様変わりすることもある。plateau booksという本屋さん自体が、いま自分があてがわれている仕事や役割を超えて、新たな「何人か」に生まれ変わることができる場所なのかもしれない。

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