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52歳ではじめた“風通しのいい本屋” 本で届ける「問い」と「行動」:鎌倉・大船 ポルベニールブックストア

記事:じんぶん堂企画室

ポルベニールブックストア 店主の金野(こんの)典彦さん
ポルベニールブックストア 店主の金野(こんの)典彦さん

横浜と鎌倉にまたがるターミナル駅・大船にある独立系書店

 東海道線・横須賀線・湘南新宿ライン・根岸線が乗り入れるJR大船駅。湘南モノレールの始発駅でもある、横浜市と鎌倉市にまたがるターミナル駅だ。

 駅の東口から活気あふれる商店街が始まり、魚屋や肉屋、飲み屋街を通り抜けると、信号の先に青いペンギンのマークが目印のポルベニールブックストアが静かに佇む。

 店主の金野典彦さんは、新卒で広告代理店に就職。のちにバックパッカーでの海外長期旅や技術系出版社の営業などを経て、2018年11月、52歳にして本屋の店主になった。

 駅ナカや駅前にチェーン書店もあるが、大船の地を選んだ理由をこう語る。

「大船は開けていて、気安くいける感じがあるんです。交通の要所で人の往来も多く、商店街や飲み屋街がある日常生活に根差す街。横浜出身で地元の駅からもバスで1本なので、もともと知らない街じゃなかったこともありますね」

「鎌倉は歴史あるすばらしい街ですけど、すでにしっかりできたものがある分、新しい人がスッと入っていけるかというと、ちょっと難しいところもある。僕はそういうのに合うタイプじゃなくて、オープンな方が合っているから。ここも住所は鎌倉市ですけどね」

人文書からサイエンスまで、“風通しのいい”本屋の棚づくり

 ポルベニールブックストアは、“風通しのいい”本屋、を掲げている。

 4年前のお正月にTwitterに投稿した「人種、国籍、出自、信教、性別、年齢、障がいの有無等一切問わず、どなたでも歓迎いたします」という店の理念は変わっていない。

 店を入れば、入り口付近には絵本や児童書のコーナーが並ぶ。座ってゆっくり本が選べるようにイスが4脚も置かれている。

 ある日、筆者がベビーカーを引いて初訪問したときには、金野さんは行き帰りにさっと入り口のドアを開けてくれた。

開店当時から、イスは置いているという。
開店当時から、イスは置いているという。

 入って左側には、多くの人文書が表紙を見えるように陳列されているが、金野さんは「結果的に人文書が揃っているが、人文書をメインでやろうと考えていたわけではない」と話す。

 あくまで選書の基準は、「まずは自分の好奇心。その本を面白いなと思えるかどうか」。

「本の内容、出版社や編集者、著者のプロフィールや過去の本を調べたうえで決めます。自分があまり得意じゃない分野もありますが、基本どの分野でも全く同じフィルターで見ています。とはいえ、趣味でやっているわけじゃないので、うちのお客さんにこの本を必要とする人がいるんじゃないかと思える本を選んでいますね」

 左奥にあるレジの手前で目を引くのは、サイエンスのコーナーだ。

「新型コロナが広まってからは自然科学、サイエンスの分野が自然と増えてきました。新型コロナのニュースをどう捉えるのか。今だってわからないことだらけ。生き延びるためには、サイエンスに基づくデータをちゃんと理解したうえで判断することが大事だなと」

 レジの向かいの棚には、働き方や生き方のヒントになる本が充実している。

「生き方・働き方の棚全体は、自分自身の紆余曲折の人生と問いをそのまま反映していますね。順風満帆に来たわけじゃなくて、失敗も多いし、いろんなことを試行錯誤してきた結果いまここで本屋をやっている感じなので、それが色濃く出ていると思います」

「不思議と妙に動く本がポツポツと出てくるのが面白い」と金野さん。コロナ禍に入り、伊藤洋志さんの『ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方』(ちくま文庫)が急に売れるようになったという。

 スペースは決して広いわけではないが、手に取った一冊の本をきっかけに、さまざまな世界に探究の旅をすることができる。そんな知の広がりを感じさせる棚づくりだ。

 ここに並ぶのは、すべて金野さんが自ら注文した本で、“ヘイト本”は一冊もない。

「僕は本屋というよりも、風通しのいい社会を作っていくにあたって、それに資する本を提供したいんですね。本屋の店頭も、誰もが安心して本を選べる場であるべきで、当然、“ヘイト本”は置きません。ノーヘイトなんて当たり前ですけど、何かあれば言わなきゃいけない」

「当たり前のこと」と金野さんは表現したが、在日コリアンのお客さんから「こういう本屋を作ってくれてありがとう」と書かれた手紙が届いたこともあるという。

ローカルで働きたい。50代で本屋の店主になるまで

「もともと特別に本好きだったわけではない」と金野さんは話す。

 バブル真っ盛りの1980年代に、新卒で東銀座の広告代理店に入社した金野さん。タクシーも捕まらず、新橋駅発の深夜バスで地元の横浜に帰るときもあったそうだ。

 入社3年目でバブルが崩壊し、4年目に会社を辞め、バックパッカーになって世界を旅した。いろんな大陸の地域を陸路で巡って、「どこに行ってもローカル。世界はローカルの集合体なんだ」と身をもって実感。その頃から漠然と「いつかは自分もローカルで何かやりたい」と思うようになった。

 帰国後は、ひとまず東京で再就職。金野さんは「30代半ばまでは、仕事とやりたいことがうまくフィットしていなかった」と明かす。

 後に、技術系の出版社に入社し、営業として書店・取次から企業や大学、ネット販売まで、さまざまな出版流通の現場で経験を積んだ。

 50代を前にして、世界を旅したときに思い描いた「ローカルで仕事をしたい」という想いと本気で向き合うようになる。

 何をするかは決めていなかった。地方の起業セミナーにも足を運んだ。その頃、ふと自分自身に「もしも本がなかったらどうなっていたか?」という問いを立ててみた。

「本がないことは考えられなかったんです。ありえないなと。それくらい本からの影響を受けてきたんだなと気づきました。歳を重ねたから、そう思えたんですね」

「世界のいろんなところに行くと、よくわからないことにぶつかりますよね。面白いことも深いこともあります。日本に帰ってから本で調べる。本を読んでなるほどと思って、さらに本を読んで好奇心がかき立てられて、じゃあまた行こうと」

「読書とそれによる知識をもとにした行動のくり返しが、いまの自分を作ってきた。そこで本屋をやることに自信を持ったというか、迷いが無くなったというのはあります」

 ローカルで本屋をやると決めてからは、現在の店舗となる物件と1軒目で出会うなど、一気に事が進んだ。バックパッカーの旅で出会った友人の設計士に相談し、自らも居心地がいいと思える白木の空間や棚を作ってもらった。

 2018年11月末、ポルベニールブックストアは開店した。

 あれから4年、読書懇親会や著者トークイベントなどさまざまに試みてきたが、コロナ禍のため思うようにできなかったことも多く、地域に親しまれる“風通しのいい”本屋への道はまだ途上にあるという。

「難民・移民フェス」を主催した『日本に住んでる世界のひと』の作家

 そんな金野さんに、いま読みたい人文書を尋ねると、文筆家・イラストレーターの金井真紀さんの『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)を挙げた。

 日本に暮らす外国人は約296万人(2022年)。そんないろんな国から来た一人一人の話を、金井さんがのんびりじっくり聞いてまとめた“隣人たちの生活物語”。「多様性をおもしろがる」を任務に掲げ、絵と文章でユーモアを交えてつづる金井さんならではの一冊だ。

「金井さんの描く話は、ユーモアがあって基本的に面白いんですけど、コンゴ民主共和国出身のジャックさんの章だけは違って。ジャックさんのご両親や甥っ子のつらいエピソードや、難民認定されない話まで、かなり踏み込んで書いていて、この章だけ明らかにシリアスでトーンが違うんです」

 日本政府が2021年3月、ジャックさんの在留カードを無効化したことで、彼は仕事を失った。いまなおジャックさんは、難民認定はされず仮放免のままで、拘束はされないが、就労できない状態が続いている。

 

 金井さんは、本を出版するだけでなく、ジャックさんとの出会いをきっかけに2022年には2度「難民・移民フェス」を主催し、日本に住んでいる移民、難民の人たちとつながる場を作りだした。

 本屋としてフェスに出展した金野さんは、「来場者の熱意がすごかった」と振り返る。

「仮放免中の人たちの顔も、普段とは全然違ったそうです。違法だから仕事はできなくて、何かしてもらわなければ生きていけない。自尊心がしんどい状態にあると思うんですけど、その日に限っていえば、裏方として自分が関わったバッグや料理で、人を笑顔にすることができた。難民・移民の問題を“フェス”に昇華して提示した金井さんは、すごいと思います」

本屋をはじめる前に出会った『自分をいかして生きる』

 次に、金野さんが「人生を変えた一冊」として見せてくれた、働き方研究家・西村佳哲さんの『自分をいかして生きる』(ちくま文庫)には、付箋がぎっしりと貼られていた。

 文庫の表紙の文章が、訴えかける。

“ 〈仕事〉と〈人生〉と、〈働き方〉と〈生き方〉は背中合わせで、他の誰にも肩代わり出来ない一人ひとりの〈生〉に直結している。人生のいちばんの大仕事は「自分をいかして生きる」ことなんじゃないか。”

「影響を受けたというか、この店をやるうえでのベースになっている本。生き方・働き方をテーマにした本としてはかなり知られている西村さんの「働き方3部作」の2作目ですが、私的にはこれです。1作目よりもっと生きる方にフォーカスがあたっていて、人が仕事で生き生きするにはどうすればいいか。“ある”と思うところに問いを立てているんです」

「(当時は)技術系の出版社にいて、必要な読者がわかれば営業はできますが、内容をちゃんとわかっていなかった。内容がよくわからないままにセールストークをするのは、自分のいのちがグッと乗って生きている仕事かというと、違うわけですよね」

「本屋という場を生かし、本を売ることでお客さんに喜んでもらえることが自分にもプラスとなり、社会が少しでも風通しがよくなるようにしたい。そういう考えにつながっていった一冊で、店をやるだいぶ前から読んでじわじわ影響を受けていました」

 金野さんは、「いまは自分が心底いいと思っている本を、心の奥から出てくる言葉でおすすめできる。全然違う部分かなと思います」といって微笑んだ。

………

 取材後、西村さんの本を開くと、「はじめればはじまる」という言葉に出会った。

 金野さんは、52歳で本屋ポルベニールブックストアをはじめた。大船という街で、いまの自分の内なる問いに出会える、誰もが安心して足を運べる“風通しのいい”場所を作った。

 本屋をはじめた人は、本を通じて、いろんな人の「はじめる」に寄り添っていた。

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