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AIのドミナント・デザインとイノベーション

記事:春秋社

武藤佳恭・谷口敬太著『AIとオープンソースで真贋を見る目を養う――素人の発想力・玄人の技術力』(春秋社)
武藤佳恭・谷口敬太著『AIとオープンソースで真贋を見る目を養う――素人の発想力・玄人の技術力』(春秋社)

(第1回はこちら)

AIの多様性

 今、書店に並ぶエンジニア向けのAI入門書の大半は、ニューラルネットワークやそれを多層化したディープラーニングについてのものなので、AIといえば多くの人はディープラーニングだと思うか、あるいは技術に関心がない人はAIという1つの技術があると思うかもしれない。しかしAI技術は1つではない。武藤氏は「人工知能は大きく分けて、演繹法と帰納法がある。」と説明し、演繹法と帰納法を組み合わせた方法についても紹介をしている。演繹法はルール(一般論)から論理を積み重ねて具体的な結論を導く、ルールが正しければ結果は100%正しい。帰納法(*1)は、観測された事実・事例から一般的な結論を推論する、結果が100%正しいものとは限らない。

 製品やサービスにどのような技術が使われて、どのような原理で動作しているかを私たちは普段気にかけない。日本では1997年にトヨタのハイブリッド車プリウスが登場するまで、自動車といえば、ガソリンや軽油を使う内燃エンジンで動くものだった。しかし自動車産業の歴史をふりかえると、18世紀に蒸気自動車が世にでてから20世紀初頭にガソリン・エンジン車が登場するまでの間、蒸気機関や電気モータを駆動に使う様々な自動車が存在していた。1908年にフォード社が大量生産による安価で丈夫なT型フォードを発売してガソリン内燃機関自動車が標準的な設計になった。このように製品・産業の進化過程で技術の多様性が失われ、標準的で支配的な設計に収束したものはドミナント・デザインと呼ばれる。(*2)

AIの挫折とディープラーニングの登場

 人工知能に関しては、1980年代、古典的な発見探索手法、自動推論エンジン、演繹手法が研究の主流だった。日本では、1982年から始まった10年間の国家プロジェクト、第五世代コンピュータで国内のコンピュータ産業の国際的競争力を高めることを目指して人工知能の研究開発が進められた。誇張して言えば、次世代コンピュータのドミナント・デザインを夢見ていたかもしれないが、実用的な応用システムを市場に出すことができず夢は潰えた。

 武藤氏は、この時期、日本を離れてアメリカで研究と教育者のキャリアをスタートした。1989年にScience誌に帰納的手法の1つであるニューラルネットワークの技術を使った応用論文(*3)を発表している。「ニューラルネットワークに出会った当初、そのモデルをなかなか理解することができなかった。・・・しかし古典的アルゴリズムから自動推論、ニューラルネットワークと多くのものに取り組み続けたことで、しだいにAI研究の全体像がつかめるようになった。」と語っている。

 今、主流のディープラーニングはニューラルネットを多層化した帰納的手法で、観測された事実を1つ1つ積み上げていくためデータや計算量が膨大になる。性能をあげるためには、資金力がものをいう時代になっている。資金力のある企業が、市場規模が大きいプラットフォームビジネスにディープラーニングを使っているため、ディープラーニングがプラットフォームビジネス市場でのドミナント・デザインになっているといえる。

イノベーションを起こせるAIとは

 このような状況を武藤氏は「ニューラルネットが登場した時期よりも、全体的に知恵や創意工夫が施されていないように見受けられる」と指摘する。この指摘は、製品・産業の進化論にあてはめてみると、黎明期には多様な技術が登場したが、ディープラーニングというドミナント・デザインの登場により、技術の多様性が失われ、イノベーションが起きなくなり、低価格化や大量生産などで市場占有率をあげる競争が起きている、ということになる。プラットフォームビジネスの場合、低価格化と大量生産を「フリー」と「いつでもどこでも」と言い換えるとよりぴったりする。

 ただ、ここでAIは自動車のような最終製品ではないことに注意すべきである。炭素繊維のような素材だと考えたほうがよいかもしれない。炭素繊維は、航空機、自動車、釣り竿など様々な製品で使われる。その使用率が50%超える製品市場もある。武藤氏はディープラーニング以外のAIについて「それらは用途や効用の面でも異なるし組み合わせによってさらなる力を発揮する可能性も潜んでいる。まだまだ発展の余地がある」と言っている。力を発揮する市場をみつけられれば、ディープラーニング以外のAIが、その市場でのドミナント・デザインになる可能性がある。

 今、一度は市場から姿を消した電気自動車が、ガソリン・エンジン車に代わってドミナント・デザインになろうとしている。ドミナント・デザインは時代環境の変化に応じて変化する。今主流の技術の使い方だけを知っていても、その技術を支える理論と非主流の技術を理解しないと、次の製品・サービスをつくりだすことはできない。実用重視の古代エジプトの幾何学は国家の衰退とともに消えていったが、ユークリッドの幾何学や、アリストテレスの論理学(演繹法や帰納法が論じられている)のように理論を追及した古代ギリシャ人の業績は2000年以上たった今も技術の基礎になっている。

(*1)高校で学ぶ数学的帰納法とは違う。
(*2)Abernathy, W.J. (1978), The Productivity Dilemma -Roadblock to Innovation in
the Automobile Industry-, The Johns Hopkins Univ. Press
(*3)Takefuji,K C Lee. (1989),A near-optimum parallel planarization algorithm,
Science Sep 15;245

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