人工知能と経済の未来 [著]井上智洋
人工知能(AI)を題に持つ本が多いのは、それだけ世が存在を気にし始めたからだ。将棋ソフト「ポナンザ」が10年の進化を経て現役名人に2連勝する今日に至り、コンピュータの処理性能の向上と再帰的学習能力(ディープラーニング)の加速度的な発達は、AIが人間の能力を超える未来を感じさせ始めた。ポナンザの開発者・山本一成が5月に出した『人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか?』はそんな未来を明快に見通す一冊だったが、それに先行する本書も、「2030年雇用大崩壊」という副題をおそらくは一因に、よく読まれている。
AIには大別して、ポナンザのような目的特化型と、多様な能力を有する汎用(はんよう)型がある。先に生活に訪れるのは前者だが、2030年ごろには後者が実用化され、人間を様々な領域で凌駕(りょうが)し始める。恩恵も多い反面、産業革命時の機械のようにAIは人間の仕事を奪い、人口の1割しか働けなくなる——そんな予測を立てつつ、最低所得保障(ベーシックインカム)の提案で、未来を前向きに見据えようとするのが本書だ。やや乱暴に要約すれば“最低所得保障によって人間が消費に専念しても、AIが生産を効率化し続ければ経済は拡張し、保障の原資も得られる”というわけだ。
相対的に低い保障で人々が満足し続けるか、世界の広さと資源の有限を越えて技術と経済が拡張し続けられるかなど、見えないことは多い。だが「働いて所得を得ることが当たり前ではない」未来を前に、それをディストピアでなくユートピアと捉える著者の姿勢は、AIの訪れた先を不安に思う人々(つまり本書の読者)に、未来について考える勇気を与えるだろう。
名人のポナンザへの敗着は、穴熊を選んだ無意識の「恐怖」にあったという。AIに勝てぬ諦念(ていねん)を刻まれた将棋の未来が今はまだわからないのと同様に、圧倒的に全能な存在を前に人間がどうありうるかは定かでない。だが、「恐怖」を抑える術(すべ)を獲得することは、訪れる未来を考えるには必要な一手に違いない。
市川真人(批評家・早稲田大学准教授)
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文春新書・864円=15刷10万5千部 16年7月刊行。著者は駒沢大准教授(マクロ経済学)。「落ちることなく売れ続けています。分かりやすく、口コミで広がっているのでは」と編集部。=朝日新聞2017年11月26日掲載