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本からコミュニケーションが生まれる、ブックカルチャーの新拠点に:三鷹「本と珈琲の店」UNITÉ(ユニテ)

記事:じんぶん堂企画室

UNITÉ店主の大森皓太さん
UNITÉ店主の大森皓太さん

「コミュニケーションの不在」に抗して

 JR中央線・三鷹駅南口を出てから、中央通りをまっすぐに歩いて10分ほど。ホワイトが基調にあしらわれた、品のある入り口が迎えてくれる。

 中に入ると、暖色のあたたかな照明に木を使ったインテリアや家具が同居した空間。そこに静かなピアノジャズが流れていて、都心部の喧騒とは隔絶した雰囲気にふっと落ち着く。すぐ右手には、喫茶スペースのカウンターがあって、ドリップコーヒーやビールなどを提供している。

 その奥に広がるのが書店スペース。約5000冊の本が置かれているが、ジャンルは人文系・文芸がメインで、大森さんが「売る自信がある」本を選んでいる。その際には意識レベルでの「好き」や「売りたい」という気持ちはなるべく考慮に入れず、経験に基づく無意識レベルでの「売れる」という感覚を大切にしているようで、仕入れは「僕が通った後の残り香のようなもの」だと笑みを浮かべながら表現する。

 中央の平台では、今年、直木賞を受賞した小川哲『地図と拳』など新鋭作家の候補作が目に入るが、その並べ方をよく見ると、本同士が接さないように隙間があけられている。これは「本を傷つけないため」だと大森さん。「既存の書店では、ぎゅうぎゅう詰めにするじゃないですか。そうすると本を手に取ろうという気がなくなるし、本の扱いが雑になってしまうんです」

 特に10〜30代のお客さんが多い同店では、若い書き手のエッセイがよく売れているという。たとえば、昨年は堀静香『せいいっぱいの悪口』、僕のマリ『常識のない喫茶店』などが売り上げ上位にランクイン。「上から教え諭すような本ではなくて、同じ目線から悩みながら書かれている本が求められていると思います」

 兵庫出身の大森さんは、京都にある大学の法学部に進み、大型書店の書店員のアルバイトも経験した。卒業後に就職のため上京し、出版業界で2年ほど働いていたが、その間に不満に思うことも多く、本屋としての独立を決意する。

 誰もが斜陽産業だと自虐気味に口にする出版業界だが、だからといってそこで働く人々は主体的に慣習を変えて新しい方策をとるということもしていなかった。しかしそれは出版業界に限らないことで、社会にはどこでも軽薄な言葉のやりとりがあふれ、「コミュニケーションの不在」があると感じた。

「あまりに空疎なコミュニケーションしか行われていないと思ったんです。思ってもいないのにお世辞でヨイショしたり。実質の伴わない会話で、その言葉に責任を持っていないですよね。それでどこかにしわ寄せがきて、全体的に表層的な関係になってしまうんです」

 屋号「UNITÉ」はフランス語でまとまること、繋がることといった意味。屋号は、大森さんが学生時代に京都でよく通ったブックカフェから閉店後に譲ってもらったというが、人と本・人と人を「繋ぐ」場所を目指している。

 著者を招くトークショーでも、第一線で活躍する人々が語りあう。これまでに開催したイベントはたとえば、「短歌入門!はじめまして、穂村さん」(ゲスト:穂村弘さん)、「韓国文学──その発する輝き、抱える苦悩」(ゲスト:斎藤真理子さん)、「随筆復興! 書くたのしみ、読むよろこび」(ゲスト:宮崎智之さん、吉川浩満さん)等々。また、YouTube発信のUNITÉ channel【三鷹・本と珈琲の店】では、大森さんによる店内案内や、名作から注目新刊までのおすすめ書籍の解説など、本好きにとって魅力的なコンテンツがアップされている。

 大森さんは、本はコミュニケーションの力を育む上でも重要だと話す。読むことで作者と対話することができるし、それを媒介とすることでお互いに言いたいことが言えることもあるという。

「人生を変え続けている本」の羅針盤のような言葉

 そんな大森さんに今読んでほしい人文書を推薦してもらった。『このゲームにはゴールがない ひとの心の哲学』(古田徹也、筑摩書房)。ウィトゲンシュタインとスタンリー・カヴェルの二人の哲学者の議論を導きの糸に、「ひとの心」に迫っていく。人と接し、コミュニケーションをするとはどういうことなのかを根本から考えることもできるという。

「ここに花瓶があります。しかし突き詰めれば、あるという根拠は得られない。それが故に懐疑論に走ってしまうのは当然なんだけれども、同時に現実の世界で過ごさざるを得ないところに人間の悲劇はあり、また美しさはあるんですね」

「人についても同様で、他者は完全にわかる存在でもまったくわからない存在でもなく、その合間を揺れ動く不確実な存在です。そして、そうした他者とつきあっていくのは苦痛や孤独を伴う営みです。しかしそれが、人が生きるということで、究極的にはわかりあえない他者に対して、絶えずアプローチしていく。そこに価値があるというか、人生があるんです」

「人生を生きる上でも結局、根本的には何もわからないという状態に陥ることは多々あると思います。でもこの本はそこを踏みとどまらせてくれる。その足場の築き方を教えてくれます。世界と交通、コミュニケーションしていくために読んでほしい一冊です」

 続いて「人生を変えた本」を尋ねると、二冊を紹介してくれた。『遠い朝の本たち』(須賀敦子、ちくま文庫)と『戦う操縦士』(サン=テグジュペリ、鈴木雅生訳、光文社古典新訳文庫)だ。人生を「変えた」と過去形であるよりは、「変え続けている、セットで大事な本」だという。

 『遠い朝の本たち 』は、翻訳家・エッセイストの須賀敦子が、少女から大人へとなっていく過程で愛しんだ文学作品を振り返るエッセイ集。そのなかの一編で引用されるのが『戦う操縦士』で、『星の王子さま』で知られ、飛行士でもあったサン=テグジュペリが、戦争体験を綴っている。

 大森さんは名前を譲り受けた京都のブックカフェ・UNITÉで『遠い朝の本たち 』に出会った。

「須賀さんが大学のフランス語の授業で『星の王子さま』を読んだことから、サン=テグジュペリの話になるのですが、大学でこれからの進路に悩んでいた時にある言葉が自分の進むべき道を示す羅針盤として機能したといいます」

 「大学の同級生と一緒に長野に旅行に行ったときに、そのカバンの中に『夜間飛行』と『戦う操縦士』が入っていたみたいなんですね。そしてその『戦う操縦士』だけが今も手元にあると。そのなかの一節を引用するんです」

「『人間は絆の塊りだ。人間には絆ばかりが重要なのだ』
あの夏、私は生まれてはじめて、血がつながっているからでない、友人という人種に属するひとたちの絆にかこまれて、あたらしい生き方にむかって出発したように思う」(「星と地球のあいだで」『遠い朝の本たち 』須賀敦子)

 将来に悩んでいた須賀は、家族以外とのはじめての旅行で、友人という存在から危機を乗り越える力をもらったのだという。さらにもう一節、『戦う操縦士』が引用されている箇所があり、そこも同様に大森さんにとっても「羅針盤」として機能している言葉とのこと。

「建築成った伽藍内の堂守や貸椅子係の職に就こうと考えるような人間は、すでにその瞬間から敗北者であると。それに反して、何人にあれ、その胸中に建造すべき伽藍を抱いている者は、すでに勝利者なのである。勝利は愛情の結実だ。......知能は愛情に奉仕する場合にだけ役立つのである」

 須賀はその一節を引用した後に、はたして自分は「大聖堂を立てつづけているか」と自問している。大学時代に読んだという大森さんだが、本屋として独立するその後を予見しているかのような言葉でもある。

「存在するためには、まず責任を引き受けることが重要なんですね。今のこの世の中に対して、その責任を引き受けてほしいと思います。貸椅子係のような傍観者になって、安住して座っているだけじゃダメなんです。自分たちで世界を作り上げることができるか」

「そもそも人文とは何かと考えたときに、結局は人間の文明である。ヒューマン、ヒューマニズムについてであると思うんですね。この本にはひとつの回答があると思っています」

 大森さんは、本をきっかけに濃密なコミュニケーションが生まれる「伽藍」をつくった。いや、今もつくりつづけていると言えるだろう。これからこの「UNITÉ」から、新たな文化が次々と生まれることは間違いないはずだ。

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