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弱い者の声を拾う。弁護士・小魚さかなこ『面会交流と共同親権―当事者の声と海外の法制度』を読んで

記事:明石書店

『面会交流と共同親権―当事者の声と海外の法制度』(明石書店)
『面会交流と共同親権―当事者の声と海外の法制度』(明石書店)

「常識」では計り知れないリアル

 弁護士業務には、「沼」とよばれる事件類型がある。そういう事件は、金銭的には儲からないが、誰かがやらなければならないため、少数の弁護士に集中する傾向がある。同じような事件を担当し続けるのは、お人好しだからでもなく、人格者だからでもない。「沼」と呼ばれる事件には、やればやるほど自分の足りなさを知り、さらに研鑽を深めたいと思わせる何かがある。DV事件も、そうした「沼」のひとつである。

 離婚を争う裁判で、「妻が家を出て行く3日前にも夫婦関係があったんです」と、別居直前の夜の営みが、夫婦仲が良かったことをあらわす事実として主張されることがある。しかし、角度を変えれば、別居を決意するほど嫌悪感があるのに、性行為に応じざるをえないほどに屈服していた支配の強さを表しているとみることもできる。

 息子への身体的虐待を原因として別居した事案で、息子とは違って溺愛されていたはずの娘が、かたくなに面会交流を拒む。父親は、母親による洗脳であるとして、顔をぴったりよせあう満面の笑顔のツーショット写真や、「パパ大好きだよ」という父の日のメッセージカードを証拠提出する。しかし、その後、父から娘への性虐待が発覚した時その写真やカードは、全く違った意味をもって、虐待家庭の現実をつきつけてくる。

 家族3人で暮らしていた時は、学校を休むこともなく成績も優秀だった子どもが、母親に連れられて別居した後に不登校になり、勉強も手につかない。「やっぱり任せておけないな。俺がいないとダメなんだよ」という父親。しかし、この家庭には、父親から母親への暴言があった。「バカなの?」、「俺と同じだけ稼いでから言えよ」、「イライラさせないでくれる?」、「頭湧いてるだろ」、「グズ」、「ブス」、「デブ」…。暴言は、自分に向けられたものでなくても、それをみた人の心を壊す。継続的な人間関係から生じた傷は、後遺症として時間差で症状が現れることもあるのだ。

 表面上みえている景色は、裏返せば狂気。「常識」では計り知れないリアルがそこにある。

イラスト:大江戸斬子(ペンネーム、いくらの会)
イラスト:大江戸斬子(ペンネーム、いくらの会)

受難のDV被害者

 DV被害者は、5年ほど前から受難の時を迎えている。裁判や調停の場で、「虚偽DV」「連れ去り」「実子誘拐」などの強い言葉を投げつける別居親が爆誕している。同居親を誘拐犯として刑事告訴し、同居親の代理人となった弁護士に対して、「実子誘拐ビジネスで儲ける悪徳弁護士である」とSNSで実名を晒し、所属する弁護士会に対する懲戒請求を繰り返す。

 政治家やマスコミが、「男性の育児参加が進んでいるが、親権争いのため、女性が子どもを連れ去っている」、「単独親権制度のせいで、親権のない親は子育てに関われず、面会交流も著しく制限されている」、「離婚後も継続して父母が子の養育に関わることが、子どもの健全な成長を実現できる」、「欧米では共同親権が主流で、子の最善の利益が確保されている」ということを繰り返し発信してきたが、果たしてそれは本当なのか?

火中の栗を拾うのは誰か

 「男性の育児参加が進んでいる」というが、妻が子どもを連れて出る事案でも、男性の育児参加が進んでいるといえるのかどうか。「親権争いが激化している」と言われても、父母間で勝負になるような事件なんてどれほどあるだろうか。この国で、女性が育児において果たしている役割は男性に圧勝している。離婚後の親権が女性に認められ易いのは「連れ去り勝ち」ではない。女性がワンオペ育児で子育てを担っているのに対して、お手伝い程度でイクメンと褒められる現状が投影されているのである。

 「離婚後も継続して父母が子の養育に関わることが、子どもの健全な成長を実現できる」という理念も、メンバーによるし、親子の関係性は様々である。殺人事件の50%は親族間で起こっていることを冷静に受け止める必要がある。

 家族は安全でなければならないという理念があるが、家族は、時として、家族ゆえに危険とも言える。家族という関係は、密室で、密接で、継続的であるため、支配や加害がおこりやすい。離婚する家族であればなおさらだ。法や司法があるべき家族像を目指して押しつけることは、支配や加害により生じている危険を見えなくする。理想にあわない者の声はミュートされ、DV被害の申告は真っ先に軽視される。理想を描くのに邪魔な事実は、軽視されるのみならず、敵視へと変わる。面会交流という場面で、DV被害を口にしようものなら、「いつまでそんなことを言っているんだ」、「子どものために大人になれよ」と言われ、わがままでダメな親であると、離婚後にも責め立てられるのだ。

 弱い方の声は耳を澄ましただけは聞こえてこない。ひとりひとりの言葉を拾いにいかないと、その声はずっとうずもれたままだ。それを拾うことでハレーションが起こったとしても、それは誰かがやらなればならないことだ。

イラスト:大江戸斬子(ペンネーム、いくらの会)
イラスト:大江戸斬子(ペンネーム、いくらの会)

 まことしやかに語られる、それっぽいこと。
 果たしてそれは本当なのか?

 この本には、これらの言説をすべて覆すリアルがつまっている。机上の空論を覆すのは、現場で起こっている事実と冷静な考察、残酷な結論であったとしてもそれを直視する勇気である。

 どうか、この本を手に取ってほしい。
 すべての章は独立していて、好きなところから読めば良い構成になっている。
 しかし、そのすべてを読み終えて、重層的となった時浮かび上がる結論は、当初の感想とは全く異なる絵が描かれているだろう。

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