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東南アジアに伝わる仏教説話――『蜜の味をもたらすもの』

記事:春秋社

蜜の味は涅槃を意味する。
蜜の味は涅槃を意味する。

 仏教はインドで誕生し、北と南という二つのルートを辿って広まっていった。北のルートは中国を経て、日本に流れ着いているため、身近であると言える。一方、南のルートはスリランカや、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジアに仏教を伝えた。

 本記事で紹介する『蜜の味をもたらすもの』(ラサヴァーヒニー)はその東南アジアの国々に広まった仏教説話集である。

 舞台は1500年~2000年前のインド・スリランカである。植物は豊かで、トラやオウムやヘビといった動物たちも登場し、物語において大きな役割を果たす。

 説話集から、興味深いお話をいくつか紹介していこう。

虎の事

 一つ目は、「虎の事」だ。森に父親のトラと息子のトラ、そして息子の友達のオウムが住んでいた。そこに1人の人が通りかかる。オウムは彼にトラがいるから森に入ってはいけないと忠告する。彼はそれを無視しようとするので、オウムはトラに私の友達だと言えば見逃してくれるかもしれないとアドバイスする。それに取り合わず、彼はそのオウムを殺して食べてしまった(!)。

 そして森に入った男は息子のトラに出会う。彼はトラに君の友人であるオウムのところから来たのだと言うと、息子のトラは喜んで、父親のところに連れてきて彼をもてなした。父親のトラは男と話しているうちに彼がオウムを殺したことに気づき、息子にそのことを伝える。息子のトラはオウムを探しに出ていき、むしられた羽根を発見する。そして、そのあいだに男は父親のトラを殺して、息子のトラを待ち伏せていた。

 息子のトラを見た彼はおののいて、命乞いをした。息子のトラは仏の教えに従って怒りを静めて、彼を許し、死後天国に再生したという。

 このお話が伝えたいのは「悪い人とは関わらず、良い人と関わりなさい」、「憐れみの心を持ちなさい」ということである。それにしても、この男が悪すぎるのと息子のトラが良すぎるので、記憶に残るお話であった。

足をのせる小椅子の事

 二つ目は、「足をのせる小椅子の事」だ。ある煩悩の無くなった出家者がブッダの使った足のせ小椅子を持って、行く先々で供養していた。ある信者がその出家者に家と生活用品を提供して住んでもらった。出家者は砂の塔を作り、そこに足のせ小椅子を置いて供養していた。信者の隣の家にシヴァ神の信仰者がいて、出家者はブッダの徳を説きにいった。シヴァ神の信仰者はシヴァ神の徳を主張した。口論は止まず、結局、王様のところにいくことになった。王様は「奇蹟を起こして徳を示せばどっちに徳があるか分かる」と言った。シヴァ神の信仰者はたくさん供養を行ったが、奇蹟は起こらなかった。出家者がたくさん供養を行い、拝むと砂の塔を二つに割って、足のせ小椅子が空へと浮かび上がり、六色の光を放って輝いたという。

 このお話はブッダが足をのせた小椅子ですら力があるのだから、もっとブッダはすごいということを伝えたいのである。仏舎利としてブッダの遺骨が尊ばれているのは知っていたが、キリスト教の聖遺物のように、足をのせた小椅子でさえ尊ばれているのは知らなかったので、興味深かった。

息子の事

 三つ目は、「息子の事」である。ある貧乏な夫婦が出家者に布施をしたいと考えた。彼らは貧乏だから布施をするものがない。そこで妻が言った。息子を殺そうと。なぜ息子を殺すと布施するものが出来るのか? 息子の死体を布施するのか? いや、違う。息子を亡くすと周りの人たちが香典を持ってきてくれる。それを布施するのだ。夫は妻に息子を殺すように言うが、妻は殺すことができない。そして夫もそれを試みるが、できない。殺生という悪業に触れてしまうことはできないのだ(今更!)。

 夫婦は妙案を考えた。家のうらに蟻塚があり、そこにヘビが住んでいる。そこの辺りでボール遊びをさせれば、ボールが蟻塚に入る。それを取ろうと息子が手を入れると、その手をヘビが噛んで、息子は死ぬという寸法である。

 子どもをなけなしの豪華な衣装で飾り、夫婦は蟻塚の辺りでボール遊びをさせた。そして、息子は計画通り、ボールを蟻塚に入れてしまい、手を突っ込んだ。しかし、計画通りにはならなかった。なんとヘビは夫婦の信仰の力に感化され、なんでも欲しいものが手に入る宝珠を息子の手に落としたのだ! 夫婦は息子を見守っており、いそいで息子を蟻塚から離し、宝珠を手に入れ、それを安置した。そして宝珠によって、家の前に出家者のための座を設けて、大きな布施を行った。夫婦は信仰の力によって宝珠を得たため、自分たちのためにそれを使うことはなく、一生布施して死後に神の世界に再生したという。

 このお話が伝えたいのは「息子という最愛のものを犠牲にしても布施をしようとすることの偉大さ」である。サイコパス診断とされるネットミームで、夫の葬式に来ていた夫の同僚に一目惚れした妻が息子を殺した理由を、息子の葬式でまたその同僚に会えるからと答えるとサイコパスというものがあるが、この夫婦の布施をするための発想はそれを彷彿させるもので、興味深かった。

 いかがだっただろうか。大きく時代・地域を隔てた昔話を読んでみると、現在の価値観とは大違いの不思議なお話に出会うことができる。本書はこれ以外にもそうしたお話が満載なので、気になった方にはぜひ読んでもらいたい。
(文・春秋社編集部)

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