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10周年を迎えた「誰かの部屋」のような本屋、沖縄の姉妹店とともに:学芸大学:SUNNY BOY BOOKS

記事:じんぶん堂企画室

10周年を迎えたSUNNY BOY BOOKSのスタッフのみなさん。中央が店主の高橋和也さん 提供:SUNNY BOY BOOKS 
10周年を迎えたSUNNY BOY BOOKSのスタッフのみなさん。中央が店主の高橋和也さん 提供:SUNNY BOY BOOKS 

学芸大学、約5畳の空間に広がる新刊と古本とZINE

 学芸大学の活気あふれる商店街を抜け、静かな住宅街の通りに入ると、白壁に気持ちよく描かれた「SUNNY BOY BOOKS」の文字。

 約5畳のお店に入ると、絵本が出迎えてくれ、一歩奥に進むと、海外文学や写真集、生活のエッセイなどが並ぶ。

 入り口を入って右側の壁では、沖縄出身のイラストレーター・山里美紀子さんの展示会「harvest」が開催されており(6/22まで)、山里さんがラベルを手がけた沖縄のお店のドリップコーヒーも販売されていた。

 筆者が訪れた日には、開店からほどなくして、世代を問わずセンスのよい女性たちが、次々と姿を見せた。ある人は静かに本を選び、ある人は著者の本について店長と言葉を交わす。それぞれの豊かな時間が、SUNNY BOY BOOKSで生まれていた。

 6月2日、同店はオープン10周年を迎えた。

 店主の高橋和也さんは「あと何年続くのかなって思い続けていたら、10年経った感じです。自分はいま東京にいなくて、めちゃくちゃ離れた沖縄にいて、しかも別のお店もやっていて、10周年を迎えるなんて想像もしていなかったですね。10周年、おめでとうございますという感じです」と、どこか他人事のように微笑む。

店主の高橋和也さん。沖縄の「本と商い ある日、」にて 写真:Kazutaka Koga
店主の高橋和也さん。沖縄の「本と商い ある日、」にて 写真:Kazutaka Koga

 高橋さんは2019年、家族で沖縄に移住。2022年7月からは、うるま市の離島・浜比嘉島の古民家で姉妹店「本と商い ある日、」を営む。

写真:Kazutaka Koga
写真:Kazutaka Koga

 沖縄に居を移したことで、SUNNY BOY BOOKSの営業は店長の大川愛さん、展示会の企画は鷹取愛さん(山ト波)にまかせている。いまも高橋さんが選書や企画を手がけているが、ゆるやかに自分の色を薄めてきた。当初は“自分のお店”だったのが、今はいい意味でSUNNY BOY BOOKSを客観的に捉えられていると話す。

全国に広がったポスター展「想像から始める」

 SUNNY BOY BOOKSは、あえて選書のテーマを掲げているわけではないという。

「サニーの選書は、テーマを設けていないんです。それがサニーらしい感じだなと思って。柔軟に対応するというのと、東京だとみなさんがいいように解釈してくださるので。たくさん情報があってキャッチするのがすごく上手なので、こっちから何かを提案するとあえていわなくても、来てみてくれたら解釈してくれるだろうと」

 現在、お店の入り口から見て左正面には、社会学や人類学のほか、ジェンダーやフェミニズム、LGBTQなどの本が充実している。

「僕が東京にいた最後の頃も、フェミニズム系の本がすごく動いていました。距離の近いお客さんと『この本良かったよ』と紹介しあったりして、そういう新刊が増えて、書き手とつながって……。その頃、自分の中でテーマを考えたときに『ともにある』でした。そのテーマを沖縄でやる姉妹店『本と商い ある日、』に引き継ごうと思ったんです」

 高橋さんが「ともにある」に掲げるうえで、ターニングポイントになったのは2019年秋に開催したポスター・エキシビション「想像からはじめる――Solidarity-連帯-연대――」 だ。

 当初は、高橋さんの友人である韓国のイラストレーターの作品を展示する予定だったが、政治問題により日韓関係が急速に悪化し、友人と相談して開催を見送ることになった。

 その頃、SUNNY BOY BOOKSを訪れた編集者の岡あゆみさんに、高橋さんが「悔しさをぶつけたい」「友だちに連帯を伝えたい」と相談したことで、デザイナーの山田和寛さんやイラストレーターでデザイナーの惣田紗希さんを紹介してもらい、カナイフユキさんらイラストレーターが大集結するポスター展の開催につながったのだ。

「想像からはじめる――Solidarity-連帯-연대――」のポスターは、いまも店のガラス窓に飾られている
「想像からはじめる――Solidarity-連帯-연대――」のポスターは、いまも店のガラス窓に飾られている

 SNSで大きな反響を呼び、SUNNY BOY BOOKS単独の企画の枠を超えて、京都・マヤルカ古書店と同時開催となり、後に下北沢B&Bのほか、茨城、群馬、静岡、大阪、福岡の書店にも広がった。1枚しかない原画と異なり、ポスターは多くの人が購入して、自分の部屋などパーソナルな空間の目を引くところに飾ってくれたという。

「サニーを始めて7、8年目。このまま続けていいのか、よくわかんなかった時期だったんですけど、こうやってお店としてつながれるんだと気づかせてくれました」

「本屋さん同士、お客さんの反応、一緒にやってくれた岡さん、惣田さんや山田さん、参加してくれた作家さんと一つの同じ思いを共有できて、すごく連帯を覚えた。こういう気持ちになれたのは大きくて、店としてこれを落ち着いてやっていく。こうして『ともにある』が一つのテーマになりました」

「ともにある」をテーマに掲げる「本と商い  ある日、」ができるまでを綴った一冊
「ともにある」をテーマに掲げる「本と商い ある日、」ができるまでを綴った一冊

「本と関わりたい」大学3年生で始めた本屋でのアルバイト

「小さい頃から本を読んできたわけではない」と語る高橋さん。大学生になった頃から、アルバイトはせずに授業に通い、合間に大学の図書館に入り浸るように。最初は太宰治や夏目漱石などの文豪の作品を読み始めたという。

 次第に「漠然と本に関わりたいかも」と感じ、周りが就職活動を始めた大学3年の頃、地元の千葉・松戸の書店、リブロでアルバイトを始める。

 返本作業のかたわら、月1回のペースで書店員のおすすめを紹介する企画を任され、みんなにPOPを書いてもらうなど仕掛けに関わったことで、本を通じてコミュニケーションが生まれる醍醐味や、知識を身につけていく面白さを実感したという。

 後に青山ブックセンターで4年間働き、文庫や新書、文芸、洋書、音楽、映画などの棚を担当。その頃から屋号「SUNNY BOY BOOKS」で活動をはじめ、作家やクリエイターのアトリエがある柏のマンションの一室で本の販売を開始した。アルバイトを掛け持ちして、地元のハンバーガー店では個人経営の面白さを教えてもらったという。

 そして、2013年に東急東横線の学芸大学にSUNNY BOY BOOKSを開業した。

 最初は「古本9割」でスタートしたが、次第に本を作っている人とのつながりが生まれ、3、4年経った頃には新刊が充実するように。展示会を始めると、作家が書店での展示に合わせてZINEを作ってくれることが増えていった。

「じゃあ、棚に並べようかな」。展示とともに“友人の本”が増えていった。本と展示会があることで、SUNNY BOY BOOKSらしい棚ができあがっていくのだ。お店を訪れた人が、棚を見てよく「誰かの部屋」と表現するのもよくわかる。

展示会がきっかけで生まれたZINEたち
展示会がきっかけで生まれたZINEたち

作家の創作を支えた女性たち、名前を消されたヒロインの声

 そんな高橋さんに、人生を変えた一冊を尋ねると『HEROINES』(C.I.P.Books)を挙げた。アメリカの小説家・エッセイストのケイト・ザンブレノによる、モダニズム作家の「妻や愛人たち」を綴った一冊だ。偉大な男性文学者のミューズや協力者になることで、自らの言葉、名前を消されてしまった女性たちにフォーカスを当てている。

写真:SUNNY BOY BOOKS / 高橋和也
写真:SUNNY BOY BOOKS / 高橋和也

「著者の自伝な要素もあるんですけど、図書館で働く夫についてアメリカの図書館を回っていたときに、いつも『○○の奥さん』といわれて。私は作家なのに、自分は一体何者なのかと」

「小説家F・スコット・フィッツジェラルドの作品は、本当は妻ゼルダが書いたこともあったみたいなんですよ。作家の女性たちは、本当は声があったはずなのに奪われている。著者は自分の境遇と重ねながら、それでも前を向く。その事実も含めて創作にしている。自分たちが物語のヒロインであると、高々に声を上げていく作品です」

 高橋さんは、翻訳を手がけた西山敦子さんにこの本を教えてもらったという。

「フェミニズムについては、西山さんを通して教えてもらったと思います。この本が刊行されたのが2018年。その少し後からフェミニズム系の本がすごく増えてきた印象があって、この本は先駆けのひとつだったんじゃないかなと思いますね」

戦前・戦中・戦後、沖縄に暮らす人たち生活史

 そして今読みたい人文書は、日本復帰50年となる2022年に刊行された沖縄タイムス社編、監修:石原昌家、岸政彦の『沖縄の生活史』(みすず書房)を挙げた。沖縄に暮らし、本屋を営む高橋さんならではの一冊だ。

 沖縄タイムス紙上での募集に応えた「聞き手」が、それぞれ「語り手」を選び、その人生を聞き取って生活史にした一冊。およそ半年以上に渡って連載された85編に、新聞には掲載しなかった15編を合わせた計100編の生活史がまとめられている。

写真:SUNNY BOY BOOKS / 高橋和也
写真:SUNNY BOY BOOKS / 高橋和也

「やっぱり沖縄に暮らして、沖縄の人たちの生活を捉えたいというか理解したい。内容としては、戦前・戦中・戦後の市井の人たちの実体験が語られていて、すごく生々しいというか、まさに生の人の話を聞いている感じなんです。研究者が書いているような話ではないので、つい“近所の人”の話みたいで、距離感が近いというか、ある意味ないというか」

「『ある日、』があるのは浜比嘉島、住所でいうと、うるま市勝連という地域なんですけど、大きな橋を渡った先にすぐ陸上自衛隊の基地があって、ミサイル部隊を配備する計画があります。自分の生活圏の人がどう感じていたのか、何が起きたのかは気になるようになりました」

本屋という「場所」から生まれてくるものがある

帰り際、お店のドアを開けると、以前展示をした翻訳家・文筆家のきくちゆみこさんの作品の一部が貼られていた
帰り際、お店のドアを開けると、以前展示をした翻訳家・文筆家のきくちゆみこさんの作品の一部が貼られていた

 コロナ禍には、オンライン販売を通じて多くの人に応援してもらったという。店長の大川さんが働きやすいように、2年かけて営業時間を短くして週休2日にするなどの実践をしてきた。

 10周年の今年は、人々の生活も元に戻りつつある。

「どのスタイルで続けていくのか、正解を探しています。街の本屋とは今はまた違うような気もします。みんなが気持ちよくやりながら、続けられるだけの利益も出さなきゃいけない。今年は初めて1年間通して、『SUNNY BOY BOOKS』と『本と商い ある日、』を両輪でやる年になるので、どれくらいちゃんと利益を出せるのかが大きいと思っています」

「場所としてSUNNY BOY BOOKSを残してきたのは、ボランティアみたいな感じもあって。僕の収入があるから残したわけではない。それでも残したのは、やっぱり場所をなくしたくないから。完全にその気持ちが9割。あそこで生まれてきたもの、そこで生まれてきたものを、僕はいろいろ受け取ってきたから」

 SUNNY BOY BOOKSのこれから――。私たちもまた、本屋に足を運び、展示を楽しみ、言葉を交わすことで、そこから生まれるものを受け取ることができるのだ。

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