1. じんぶん堂TOP
  2. 自然・科学
  3. 進化生物学から見る、生きるための知的問答の書―― 『増えるものたちの進化生物学』より

進化生物学から見る、生きるための知的問答の書―― 『増えるものたちの進化生物学』より

記事:筑摩書房

増える能力が生命を悩める存在へと変えてしまった――
増える能力が生命を悩める存在へと変えてしまった――

増えるものと増えないものの違い

 実は、進化が起こるには増える能力が前提として必要です。つまり、増えなかったら進化することはあり得ません。

 たとえば、増える能力を持たない岩石を考えてみましょう。岩石にも多様性があります。河原にある様々な石を思い浮かべてみてください。丸い石、ごつごつした石、平べったい石など形もいろいろですし、石のでき方によって種類も、チャート、砂岩、石灰石、蛇紋岩など様々です。この違いによって、石ごとに硬い、柔らかい、脆いなど性質が異なります。つまり性質に多様性があります。この性質の違いにより自然選択がおこり、何年も経ったあとの残りやすさに違いが生まれます。たとえば、砂岩などは比較的柔らかいので他の岩石よりも早く風化してなくなり、ほかのもっと硬い岩石はずっと形を保って残り続けることになるでしょう。

 ここまでの現象は、必要な時間は違いますがミジンコと同じです。しかし、ミジンコとは違って岩石は自らを増やすことはありません。したがって、どんなに生き残りやすい丈夫な性質を持っていたとしても、その性質が次世代に受け継がれることはありませんし、集団内に広がることもありません。いつかは砕けてしまって、また上流から新しい石が流れてきて、元の状態に戻るだけです。

 ここに増えるものと増えないものの違いがあります。ミジンコは増えて、どんどん性質がその環境に適したものに変化していきます。1億年前のミジンコは現在のミジンコときっと異なる性質を持っていました(少なくともDNA配列は大きく異なるはずです)。一方で増えない岩石は変化することはありません。1億年前の河原にあった石の性質は、現在の河原にある石の性質と変わることはないはずです。

 このように増えることは進化という現象をもたらします。ただ、今まで述べていませんでしたが、進化という現象のためには、増える以外にもうひとつ条件が必要です。それは「増えるときに性質が遺伝する」という条件です。

 たとえば、火は可燃物があれば燃え広がって増えることができますが、もとの火の性質は増えた火には遺伝しません。どんなによく燃えている火から広がっても、広がった先でよく燃えることにはなりません。青い炎が燃え広がっても、広がった先でも青くなるわけではありません。燃えやすさや炎の色は、元となった炎の性質とは関係なく、何を燃やしているかとか周りの環境によって決まります。このように性質が遺伝しない場合にもやはり進化が起きません。

 まとめますと、進化が起こるためには前提として「増える」という性質と「子孫に性質が遺伝する」という2つの条件が必要になります。そしてこれはただの必要条件ではなく、十分条件でもあります。つまり、どんなものでも(生物でなくても)増えて遺伝する性質があれば進化という現象が起こるということです。ふつう進化の話が出てくるときは生物を対象としているのでこんな条件を気にする必要はないのですが、生命の成り立ちを考えるときには、この進化する条件の有無がとても大事になります。

生命誕生に至る進化

 原始地球で生まれた最初の生命の元は、進化する条件をみたした物質、あるいは物質の集合体だったと想像されています。それがどんな物質からできていたかは諸説あります。少し前に述べたように、RNAだったとする説が人気ですが、アミノ酸がつながった「ペプチド」だったという説もありますし、今は生物に使われていない物質だったという説もあります。また単一の物質ではなくて複数の物質があつまったものだったかもしれません。ただし、いずれの場合もその物質(あるいは物質の集合体)は進化する性質をもっていたことはおそらく間違いありません。なぜなら、進化する性質がなければ、岩や石のようにいつまでたっても同じ物質のまま変化することはないからです。

 逆に進化することさえできれば、RNAやペプチドは増えるにつれて、どんどん増えることに有利な機能を獲得し、増える能力を向上させていくことができます。たとえば、今までは使い道のなかった物質を自分の材料へと変化させるような化学反応を起こすことができるようになるでしょう。また、外界と自分を分離する物質を作ることにより、細胞をつくって、材料を集めることができるでしょう。このようにして、もともとただの増える物質だった原始生命は、私たちが今日、目にする最も単純な生物である細菌のような生物へと進化していったと想像されています。

市橋伯一『増えるものたちの進化生物学』(ちくまプリマー新書)書影
市橋伯一『増えるものたちの進化生物学』(ちくまプリマー新書)書影

 これが現在、多くの研究者が信じている生命誕生のシナリオです。私がこれを初めて聞いたときにはにわかには信じられませんでした。それ以外に妥当な説明がないのはわかるのですが、増えて遺伝する能力を持った物質が生まれただけで本当に私たちのような生物へと進化するなんて容易には想像できません。この本を読んでいる人も同じ思いをされているかもしれません。

『増えるものたちの進化生物学』目次

はじめに
第1章 なぜ生きているのか …そもそもの始まりと進化の原理
第2章 なぜ死にたくないのか …命がとにかく大事な私たち
第3章 なぜ他人が気になるのか  …やさしくなければ生きていけない
第4章 なぜ性があるのか …子孫を残したいという「時代遅れ」の本能
第5章 何のために生まれてきたのか …人間として生きることの価値とは
おわりに

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ