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ポール・ナース『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?) 生命とは何か』  驚きと畏敬の念、詩情豊かに ノーベル賞受賞の研究者が生命の謎に迫る

 ノーベル賞を受賞した碩学(せきがく)が生命の謎に切り込んだという情報からは、難解な著作を想像する人も多いだろう。ところが一読して頭に思い浮かんだ「類書」は全く筋の違う2作品だった。

 一つはバージニア・リー・バートンの絵本『せいめいのれきし』。もう一つはレイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』だ。

 前者は文字通り「生命の歴史」の絵本で、後者は生命に相対した時に理屈ではなく心に、感情に、訴えかけてくるものをみずみずしく語る。ともに世界的ロングセラーだ。

 なぜこんな連想をしたか。一つは本書の記述が、適切な「粗視」に成功しているからだ。生命の本質を五つの章、「細胞」「遺伝子」「自然淘汰(とうた)による進化」「化学としての生命」「情報としての生命」に凝縮して説明する様は、生命進化を数十頁(ページ)で語り切る絵本を思わせる(著者の長年の研究対象である「細胞周期の制御因子の解明」の挿話が各章に適切な最小限のディテールを与える)。

 一方で、終始、繰り返し語られる、生命に対する驚嘆の念。幼い頃に見たヤマキチョウの羽ばたき。授業で観察したタマネギの根の細胞。ウガンダの森でゴリラと対峙(たいじ)した時の畏敬(いけい)と共感。著者の筆は「センス・オブ・ワンダー」(驚きの感覚)を詩情豊かに綴(つづ)る。

 では著者が考える「生命」とはなにか。それは直接読んで頂くとして、そこから導かれる生命観はこんなふうだ。

 「われわれは、みな、生存競争を生き抜いた偉大な同志だ。細胞分裂という途切れのない鎖を遡(さかのぼ)り、最古の果てへと繋(つな)がる、計り知れないほど広大な、たった一つの家系の子孫たちなのだ」

 ヒトの特別さはその意味に思いを馳(は)せうるほぼ唯一の生命体である点であり、だからこそ他の生命への責任を負う。先に言及した2冊のように、時代をこえて読みつがれる可能性を秘めた好著と感じた。=朝日新聞2021年5月15日掲載

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 竹内薫訳、ダイヤモンド社・1870円=2刷5万5千部。3月刊。著者は遺伝学者、細胞生物学者。英国のフランシス・クリック研究所所長。01年にノーベル医学生理学賞受賞。