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重版未定本の復刊を実現、売り切った書店員の情熱:書泉グランデ・大内学さん

記事:じんぶん堂企画室

「書泉グランデ」書店員・大内学さん
「書泉グランデ」書店員・大内学さん

『中世への旅 騎士と城 』の魅力

 本の街・神保町に店を構える「書泉グランデ」は、1948年(昭和23年)創業の老舗書店。鉄道、アイドル、格闘技をはじめとした趣味人向けの専門性の高い書籍を網羅的に取り揃えている。

 今回、重版されたのは『中世への旅 騎士と城 』(白水uブックス)(著者:ハインリヒ プレティヒャ、翻訳:平尾浩三)。中世ヨーロッパの騎士たちの日常生活などを、豊富なエピソードをまじえてわかりやすく解説している。日本では1982年に翻訳刊行され、2010年に白水uブックスで復刊された。大内さんが同書に出会ったのは、中学生時代だったという。当時、初めて読んだ感想を次のように語る。

「ゲームやライトノベルの多くが中世ヨーロッパの世界を下敷きにしていました。例えば、友達同士で会話しながら遊ぶボードゲーム・テーブルトークRPGをよくやっていて。ファミコンではドラクエ、ハイドライドもよくやっていましたし、小説であれば『ロードス島戦記』や『指輪物語』などを読んでいました。でもそうした作品のベースとなった、中世の暮らしを伝える本はほかになかったんです」

「読んでみて、本当に面白いなと思いました。騎士や王侯の生活はゲームで触れているものの、具体的には全く想像していなかったんです。例えば、王様はずっと玉座に座っているイメージがありますが、もちろんいつも座っているわけではありません。ほかにも、城の大広間で大宴会をする時には、椅子やテーブルは移動して持ってきていたこと。当時はフォークは使われていなかったこと。そうしたことが詳しく書いてあったので、ぼんやりと想像していたものが、血肉をもって目の前に現実として迫ってきました。ものすごく解像度が上がりましたね」

 大内さんはこの本を30年以上愛読している。大学では文学部のドイツ文学専攻だったが、関連する内容の卒論を書く友人にこの本を貸したこともあった。

「買い切りでも」情熱を伝えた

 大学卒業後、いくつかの書店で書店員として働いた大内さんは、書泉が経営する芳林堂書店に勤務後、書泉グランデに移った。昨年1月にまだ芳林堂書店で働いていた頃、書泉グランデで中世ヨーロッパの騎士をテーマとしたフェア「ヒストリ屋」を手がけ、白水uブックス版の出版社在庫をすべて売り切った。そのフェアをきっかけに書泉グランデに移ったが、今年も同様のフェアを開催するにあたって、出版元の白水社に200〜300冊の重版を頼んだという。

「白水社の方にご挨拶をしたのですが、『一店舗のために重版は難しい』と言われたんです。僕も書店員のキャリアは長いので、さすがにそんな小規模の重版はないとわかっていました。最低でも1000冊くらいかな、と。一度は諦めたのですが、催事(フェア)がいよいよ始まる前に、もう一度ご相談をしました。そこで『すべて買い切りでもいいです』と申し上げた。すると、白水社の方はその情熱を認めてくださったのか、重版が決まったんです」

 書店には売れ残った本を出版社に返品できる返本制度があるが、買い切るということは、書店で全部を売り切る必要があることを意味する。大内さんはそれを社長に話す前に、企画と冊数を一人で決めたのだという。

「ちょうど社長が交代した時期で言うに言えず......。でもお話をすると、背中を押してくださいました。元々、返品制度のある書店とは違う業界にいた方だったことも大きかった。1年をかけて300冊、具体的には催事中に200冊を売って、残りの100冊は1年かけてじっくり売る。そうした計画をロジカルに話せたことがよかったと思います」

『中世への旅 騎士と城 』(白水uブックス)をタワーのように積み上げて販売した(提供写真)
『中世への旅 騎士と城 』(白水uブックス)をタワーのように積み上げて販売した(提供写真)

シリーズ続編も復刊

 無事、今年の3月初旬にフェア「ヒストリ屋-騎士と幻想と欧州の歴史」が始まったが、1週間ほど経過した頃、状況が一変する。書泉グランデが「買い切り」という決断をしたことを受けて、白水社が重版をしたという経緯が、ツイッターでバズったのだ。ライトノベル作家のSOW@sow_LIBRA11)さんが、その裏側を魅力的に伝えていた。

 そこでは大内さんと白水社の担当者のやりとりにはじまり、同書の魅力が解説されていた。「これを基礎として、多くのJRPGやJファンタジーが形作られたんですな。/要は現在に続くまでの、本邦ファンタジー作品の原典。孫引きやひ孫引きまで含めれば、影響を受けていないものはゼロと言ってもいい」とSOWさんは推薦していた。

「僕はちょうど休みの日で、妻と映画『シン・仮面ライダー』を見ていたんですよ。見終わってスマホの電源を入れたら、何十件も不在着信があって。おそるおそる電話をしたら、ツイッターでバズって注文が殺到していると。『在庫はどこにある?』『平台に積んでいる分しかない』などと話しました。あれよあれよと売れまして、2日ほどですべて売り切れました」と大内さんは驚く。

 その後、予約を受け付けたが、なんと1万冊を超える数の注文が殺到した。さらにその反響を受けて、「中世への旅」シリーズ続編『中世への旅 都市と庶民』、『中世への旅 農民戦争と傭兵』も復刊することに。シリーズを合わせると、2万冊以上が売れたのだった。

(提供写真)
(提供写真)

 大内さんは書店イベントがきっかけで元々SOWさんと知り合いだったという。今回はフェア中に来店した時に、その重版の経緯を話していた。しかしツイートを頼んだわけでもなく、「ここまで注目されるとは」と驚いた。

「『中世への旅 騎士と城』は特にクリエイターさんが買ってくださることが多いように感じます。漫画や小説の同人活動をする方達が創作の資料にするようです。そしてそのファン層にも広がっていく。やはりゲームやファンタジー小説は、共通認識である世界観があります。その手引書がこの値段とクオリティーであるというのは、本当に稀有なことだと思います」

「ヒストリ屋」コーナーで甲冑を手に持つ大内さん
「ヒストリ屋」コーナーで甲冑を手に持つ大内さん

売り場に世界観をつくる

 フェア「ヒストリ屋」はいまでも1階にコーナーが設けられているが、そのバラエティーの豊かさには驚かされるところがある。当時の様子を伝える『中世騎士物語』や『ヴィジュアル版 中世ヨーロッパ城郭・築城歴史百科』といった書籍の横には、漫画『アンナ・コムネナ』や語学書『ニューエクスプレス・ラテン語』など幅広いジャンルの本が並ぶ。

 そしてグッズとして、オリジナルTシャツ、手紙を封印する封蝋、羊皮紙などが売られていたり、甲冑や剣まで展示されていたりする。さらには設置されたテレビからは西洋剣術スクールの「キャッスル・ティンタジェル」のバトルの様子が映像で流され、そのそばには関連した同人誌「騎士トレ」も置かれていた。書店という枠組みを大きく超えた、斬新でクリエイティブなコーナーとなっている。そのこだわりについて大内さんに聞いた。

「売り場で大喜利をするのが好きなんです。騎士だったら、馬の本もあったほうが良い。あとは甲冑がないといけない。それを売っているんだから、実際に着てる人もいいよねと。だからその姿で客引きをやったりとか。連想ゲームみたいなものですね」

「世界観を作るということをやっています。展覧会みたいなイメージなんです。展示物も置いているんですね。羊皮紙研究家の八木健治先生から、本物の神聖ローマ皇帝カール5世発行の爵位証書、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が発行した叙爵証明書をお借りして展示をしました。展覧会を見た後の、美術館や博物館のミュージアムショップって、テンションが上がって買いたくなりますよね」

人文書を読む楽しみ

 大内さんはドイツをはじめとしたヨーロッパの歴史や文学に造詣が深い。人生を変えた本を尋ねると、佐藤亜紀さんのデビュー小説『バルタザールの遍歴』をあげた。20世紀初頭にウィーンに生まれた、一つの身体を共有する双子の貴族が主人公だ。

「最初に読んだのは高校3年生の頃だったと思いますが、オーストリアって面白いなと思って。貴族の転落の仕方がすごく優雅なんですよ。この本を読んでドイツ文学を学ぼうと決めました」

「二重人格の貴族が転落していく話なんです。第一次世界大戦の影響で、どんどん没落していき、最終的にはアフリカのチュニスの砂漠にまで行き着く。おそらくオーストリアという国の落ちぶれるさまを仮託しているのだと思います。二重人格というのも、多民族国家であって、性格の違うオーストリアとハンガリーを無理やりくっつけたものだった」

「著者は『これほどウィーン的な場所を今まで見過ごして来たのは失策だった』『ウィーンの魅惑―初めて訪れた時に私を虜にした、記憶の影で溢れる廃屋めいた魅惑を、殆ど十年の後に、奇妙なところで見出したものだ』と振り返っています。私自身、かつて一世を風靡した都市や文化、それが現代の価値観では全然理解はできなくとも、そういうことがあったんだなと浸るのが好きなんだと思います」

 続いて、今ぜひ読んでほしい人文書としてあげてくれたのが、『論点・西洋史学』。古代から現代にいたる西洋史学の論点139項目が明快に整理された一冊だ。

「西洋史の教科書に載っているような内容を、『史実』と『論点』を別にして書いてあるんです。私たちの多くは高校などで世界史を学ぶだけですが、その後はなかなか触れることがない。世界史を学んでいたらわかるレベルで、最新の学説まで合わせて書かれてあるので面白いです」

 最後に大内さんに人文書の魅力について聞いてみた。

「私は小説が好きなのですが、その背景を読み解いていく必要がありますよね。歴史だけじゃなくて、地理、文化、アート、宗教など。『中世への旅 騎士と城』一冊を読むにしても、ちゃんと理解しようと思ったら、キリスト教を理解しないといけないし、ドイツの人文知について知らないといけない。今度はヨーロッパ全体はどうだったのかと気になってくる。何かがわかると、さらに興味や関心は広がっていくんですね。それが人文書を読む楽しみだと思っています」

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