海と「古き良きアメリカ」を楽しむ旅『コッド岬――浜辺の散策』(平凡社ライブラリー)
記事:平凡社
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本書のタイトルでもあるコッド岬は、マサチューセッツ州の大西洋側に位置する岬です。本書の著者ソローはこのコッド岬(ケープコッド)を4回にわたり訪れ、そのうち3回の旅の記録を『コッド岬』にまとめました。「古き良きアメリカ」そのものの漁村をめぐりながら、博物学者ならではの視点で道端の植物や動物を観察してみたり、海沿いに暮らす人々と交流を図ったり、と充実した旅を続けます。
浜辺をめぐりながらのソローの思索が興味深い本書ですが、ソローは道中の出来事についてもユーモアたっぷりに描いています。そのいくつかをご紹介します。
ある日、ソローは昼食に海辺で見つけた大きなハマグリを食べます。甘く香り豊かなハマグリを味わいご満悦のソローですが、その後で地元の老人から聞いたところによると「このあたりの貝は毒があり、ネコなんかはひとたまりもない」とのこと。
私は老人に、その日の午後、私は大きなハマグリを一体丸ごと平らげたことについて敢えて言わなかったが、それ以来、私はネコよりも頑丈な胃袋の持ち主ではないだろうかと自信を深めた。
しかし、案の定夕方には食中毒の症状が出始め、ソローは苦しむ羽目になるのでした。
またある時、ソローと友人はとある優しいご老人の家に泊めてもらいます。感謝したのも束の間、翌日、噛み煙草をたしなむご老人の唾が、テーブルの上の朝食に飛び散るのを目撃してしまいます。
後で、私たち二人の言い分をお互いに照らし合わせてみたら、こうである。まずバターミルクケーキが最も暴露の比率が高いと思う、と私は相棒に言った。実際、私は何度も老人の唾に曝されるのを目撃しているので、敢えてそれを避けたのだと付け加えた。これに対して、私の相棒は、いや、それは違う、あの中で最も甚大なダメージを負ったのはアップルソースだと言い張って聞かない。何しろ、この目で見たのだから。
コッド岬の銀行が強盗に襲われた際には、強盗が二人組の男だったことから、友人と旅をしていたソローが怪しまれるというピンチにも見舞われます。犯人は早々に逮捕され、疑いはすぐに晴れたようですが、ソローは「私たちがあれほど迅速に岬を去っていなければ、お縄を頂戴していたかも」と振り返るのでした。
今でこそ高級リゾート地として知られるコッド岬ですが、この本で描かれる当時の暮らしは質素そのもの。そんなコッド岬のどこにソローは惹かれたのでしょうか。
折しも、時代は19世紀。モノが溢れ、消費社会へと変貌していくアメリカに対し、ただ海と砂地が続くばかりの素朴な岬は、ソローの目にはよほど豊かに映ったのかもしれません。
残暑厳しいこの季節、『コッド岬』を読みながら、ソローが旅した美しい海に思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。
文/安藤優花(平凡社編集部)
第一章 難破船
第二章 駅馬車からの眺望
第三章 ノーセットの平原
第四章 浜辺にて
第五章 ウェルフリートの牡蠣の養殖業者について
第六章 ふたたび浜辺へ
第七章 コッド岬を渡る
第八章 ハイランドの灯台にて
第九章 海と砂漠
第十章 プロヴィンスタウン