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【高知編】海も山も川も、青春の舞台 文芸評論家・斎藤美奈子

四万十川の沈下橋=高知県四万十市、全日本写真連盟・田中一郎さん撮影

 田宮虎彦『足摺岬』(1949年/講談社文芸文庫)は人生を憂えた帝大生が足摺岬にたどり着く『伊豆の踊子』の土佐版みたいな短編である。彼は死ぬつもりだったのだが、崖下の荒波にビビり、同宿の薬売りや遍路の老人に助けられ、あげく宿の娘をナンパして(!?)、生きる気力を取り戻す。青春である。

 太平洋と四国山地に挟まれた高知県は自然の宝庫。絵になる景色が多く、しばしば青春小説の舞台に選ばれ、映像化もされてきた。

 母に愛想をつかし、瀬戸内に面した町から家出してきた女子高校生。往年のヒット映画の原作となった素(もと)九鬼子『旅の重さ』(1972年/角川文庫)の舞台も高知である。

 〈ママ、びっくりしないで〉〈旅にでたの。ただの家出じゃないの、旅にでたのよ〉。そんなタッチの書簡体小説。四国一周するつもりが、足摺岬手前の土佐清水に近い村で彼女は旅芸人の一座と出会い、未知の世界を知る。大人の目から見ると危なっかしい少女の冒険譚(たん)は70年代風「翔(と)んでる女」の先駆けだった。

 スタジオジブリのアニメになった氷室冴子『海がきこえる』(1993年/徳間文庫)は90年前後の高知市が舞台。名門中高一貫校に通う高校2年生の「ぼく」と東京から転入してきた里伽子(りかこ)。大学生になった2人は東京で再会するが、両親が離婚したせいで高知に越した里伽子は〈高知みたいなド田舎〉〈あたしはあの街、大嫌い〉といってはばからない。はたして里伽子が母と、そして高知と和解する日は来る?

 そうして21世紀。地域の活性化に汗を流す若者が現れる。有川浩『県庁おもてなし課』(2011年/角川文庫)は高知県庁に実在した課の奮闘ぶりを描いたフィクションだ。発足まもない同課に配属された掛水は入庁3年目の若手職員。海も山も川も〈高知にはすべてが揃(そろ)っちゅう〉。しかし〈自然を剥いだら価値がなくなる〉。かくて立ち上がる、開発の遅れを逆手にとったプロジェクト。地元の再発見に向けた掛水たちの努力は実るのか! 郷土愛に満ちたご当地応援小説である。

 さて、高知を代表する作家といえば宮尾登美子だろう。『櫂(かい)』(1973~74年/新潮文庫)の主人公は作者の母がモデルである。

 時は大正から昭和初期。高知市の下町の貧しい家で育った喜和は15歳で10歳上の岩伍(いわご)と結婚、2人の男児に恵まれた。だが夫が芸娼妓(げいしょうぎ)の紹介業を開業し、人生は一変する。女を売買する稼業になじめぬ妻に失望した夫は仕事にかまけて家をかえりみず、あげく愛人が生んだ子どもを妻に育てろといいだした。

 横暴な夫。病弱な長男。放埒(ほうらつ)な次男。喜和に味方したのは血の繋(つな)がらない娘の綾子だった。ある日綾子は日本刀を父親に向ける。〈お母さんをこんなに苛(いじ)めるやったら、うちがこれでお前を殺してやる〉

 耐えるだけだった母と「八金(はちきん)(お転婆〈てんば〉)」の娘が見せた意地。高知が誇るべき傑作長編小説だ。

 もう1編、高知県を代表する作品を選ぶなら、後に全6部の大作に成長したシリーズの第1作・笹山久三『四万十川 あつよしの夏』(1988年/河出文庫)である。

 舞台は清流・四万十川の流域。小学3年生の篤義を中心に、土地の伝説、鮎(あゆ)漁、鰻(うなぎ)釣りなどをからめ、弱虫だった少年が一歩前に踏み出すまでを詩情豊かに描いている。

 いじめられっ子の同級生・千代子を気にしつつ何もできない篤義に兄はいう。〈喧嘩(けんか)せにゃいけんときもあるがぞ〉。そして篤義は勇気をふるう。少年文学の名作である。

 坂本龍馬をはじめ多士済々な人物が輩出した高知県。朝井まかて『ボタニカ』(2022年/祥伝社)は植物学者・牧野富太郎の型破りな人生を描いた歴史小説である。

 佐川村(現佐川町)の造り酒屋に生まれた富太郎は、幼い頃から野山を飛び回って写生と採集に明け暮れ〈わしは植学の草分けになるきね。待っちょき〉と豪語していた。だがそれが実現するまでの日々はあまりにも無軌道で、借金につぐ借金。家族はたまったものではない。

 それでも彼の業績はすばらしかった。一生が青春みたいな人生。土佐の多様な植生が生んだ傑人である。=朝日新聞2022年10月1日掲載