パンデミックのなかで困窮する人びとに向き合い、連帯と新たな運動を提起する『コロナ禍3年 聴き続けた1万5000の声』
記事:明石書店
記事:明石書店
そのとき、街からは人の姿が消えていた。直前に出された「緊急事態宣言」で社会の動きがすべて止まり、まるで時間まで止まってしまったようだった。しかし、人々の暮らしがある以上、そんなはずはないだろう。この状況下で苦しい思いをしている人々の声を何とか受け止めたい。そのような思いから、私たちは、2020年4月18・19日の2日間、「コロナ災害を乗り越える いのちと暮らしを守る なんでも電話相談会」を開催した。2日間でとった電話の数は5009件。総コール数は42万件で、話ができたのはわずか1.6%。どの会場でも受話器をおけば鳴る状態が、朝10時から夜10時まで続いた。これまで数限りなく電話相談をしてきたが、こんなことは初めてだと相談員が皆口をそろえた。初回はフリーランスや自営業者の方を中心にあらゆる職業の人たちからの相談が殺到した。表面的には静まり返った街の裏側で、行き場なくひしめいている悲痛なうめき声のシャワーを浴びたようだった。これは大変なことになる。知ってしまった以上、やめるわけにはいかない。それ以来、2か月に1回、定期的に電話相談会を開催することになった。そして、2022年12月までの足かけ3年、17回にわたり合計1万5125件の悲痛な叫びを聴き続けた。本書は、その記録である。
第1部では、どのようにして電話相談会に取り組んできたのか(第1章)、3年間の社会のできごとと相談概要の推移(第2章)を振り返った。第2部では、労働分野(第3章)、生活と住宅保障の分野(第4章)、女性・シングルマザーの分野(第5章)にわけて、相談内容から浮かびあがった日本社会の課題、国の支援策とその問題点をふまえ、あるべき政策についての提言を行った。第3部では、専門的な見地から相談内容の分析を行っている。7895の相談票のデータ分析から、既存の研究ではあまり着目されてこなかった「成人の子どもがいる世帯」の苦境が明らかとなる(第6章)。第4部では、この相談会を支えてきた仕組みについて述べている。この相談会は、どこかの組織や団体が上意下達で行ったものではない。有志の弁護士、司法書士の呼びかけに応じた、社会福祉士、医療ソーシャルワーカー、労働組合や支援団体のスタッフなどさまざまな立場の人が、まさしく手弁当でとりくんだ。フリーダイヤルの電話料金を中心として1000万円を超える経費を要したが、これもすべて個人・団体からの寄付だけでまかなわれた(第8章)。困っている人の力になりたい、見て見ぬふりはできないという善意の人がこんなにたくさんいる。そのこと自体が救いであり希望だ。3年間とりくみを続ける中で、各地域でのつながり、そして、全国のつながりは確実に強くなった(第9章)。第4部では、こうした運動の積み重ねこそが「未来を創る」ことを確認した。この章を通して「この国の希望」を感じ取ってもらえたらと思っている。
新型コロナウイルス感染症の感染拡大(本書では「コロナ禍」という)は、地震や豪雨被害のような物理的被害はないが、真綿で首を絞めるような〝災害〟だった。真っ先に被害を受けたのは、非正規雇用労働者、低年金の高齢者、女性・ひとり親、障がいのある人など、平常時から弱い立場におかれた人たちだ。災害時には平常時の矛盾が増幅して表れるというが、この国の雇用や社会保障のセーフティネットのぜい弱さが一気に露呈した。
しかし、未曾有のパンデミックのなか、この国の首相が打ち上げたのは、すべての世帯に布マスク2枚を配布するという珍策だった。政府の施策も、後手後手で対応が遅く、特例措置を数か月単位でくりかえすばかり。制度は複雑で、ツギハギだらけでわかりにくかった。電話口から聴こえてくる声は、不安から怒りへ、怒りから苛立ちへ、そして、あきらめと絶望へと変わっていった。
海のむこうのドイツでは、2020年3月の段階でいち早く、求職者基礎保障(日本の生活保護)制度の積極活用の方針がうちだされた。6か月間、資産要件(単身の場合約700万円)と収入要件を事実上凍結して柔軟な給付(予算規模1.1兆円)を行ったという。彼我の格差にはため息しか出ない。
しかし、再度確認したい。地域の中でつながり、そして、地域と地域が全国でつながり、草の根の実践を積み重ねる。個別の相談に応じて解決するとともに、私たち自身が当事者の声、被害の実態を知り、それを社会に訴え、制度の改善につなげていく。こうした足元からの一歩ずつの積み重ねの先にこそ大きな希望がある。再来必至の大災害やパンデミックにそなえ、この展望を、本書を通じて一人でも多くの方と共有することで、私たちの3年間の格闘を「未来を創る」運動につなげたい。