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いま、ネットで助けを求める女性たちを救うために 『DV・性暴力被害者を支えるための はじめてのSNS相談』

記事:明石書店

『DV・性暴力被害者を支えるための はじめてのSNS相談』(明石書店)
『DV・性暴力被害者を支えるための はじめてのSNS相談』(明石書店)

ネットで救いを求める女性たち

 2017年、神奈川県座間市のアパートで9人の遺体がみつかる事件が起きました。被害に遭った10代から20代の女性たちと加害者との接点は、SNSでした。この事件は、以前から電話や面談などで、悩みを抱えた若い人たちなどの相談に応じていた団体にとっても、ネットの世界により目を向けるようになるきっかけとなりました。

 SNSを使った相談事業を始めてみてわかってきたのは、相談者のほとんどが若い女性、しかもその多くが性暴力の被害者だったという驚愕の事実です。そのような性被害が広く存在していることは以前からわかっていたのですが、SNSでの相談内容を知ってはじめて、電話や面談だけでは被害にあった女性たちの声をきちんとすくいとることも、有効なサポートを提供することもできていない、と気づかされたのだそうです。当事者はSNSのなかにいるのだから、女性支援にとりくむ者にとって、SNSでの相談への対応は必須なのだ、と突きつけられたのです。

 そして2020年に世界を襲ったコロナウイルスのパンデミックは、私たちの暮らしを大きく変化させました。ワクチン接種が始まったとはいえ、新しい変異株が広まり、感染者は世界で1億2000万人を超え(2021年3月)収束の見通しが立ちません。都市封鎖と隔離のなか、さまざまな暴力、なかでもDVが増加している一方で、支援へのアクセスに困難が生じており、女性の置かれている状況が厳しさを増しています。日本でも、全国の配偶者暴力相談支援センターへの相談が、前年比1.6倍(2020年5~6月)に増加したと報告されています。

SNS相談の不安ととまどい

 このようなニーズの高まりに応えようと、これまでおもに電話や面談を通して暴力に苦しむ児童や女性を支援してきた団体も、SNSでの相談事業に乗り出しました。ところが、当初はSNS相談に特化した人材育成のプログラムやテキストは見当たらず、システムの構築から試行錯誤で進めていかなくてはなりませんでした。また、カウンセラーなど資格をもっているようなベテランの支援員でも、SNSでの対応が最初から得意だという方はなかなかいません。「ガラケーしか使っていないから、SNSってなんだかまったくわからない」と途方に暮れてしまう人もいますし、「パソコンができないから」と尻込みされる方もいます。なかでも多いのは「相談の記録が残るのが不安」という心配です。DV被害を受けている当事者の多くは、スマートフォンやメールの中身を加害者に見張られていますから、「相談したことを見られたら何をされるかわからない」というのです。

 ここにご紹介する『DV・性暴力被害者を支えるための はじめてのSNS相談』は、これからSNSでの相談という活動に取り組もうとしている人たちのそういった不安を払拭し、あと押しをしようと企画された本です。寄稿している方々はみな、NPOなどで実際にSNS相談を実践されている人たちです。この3年あまりの間に手探りで蓄積されてきたノウハウやデータ、さらには被害者支援を長年にわたって続けてきた民間シェルターの深いスキルまで盛り込み、初めての人にもわかるように必要なエッセンスを集めました。

何が必要なのか、何をめざすのか

 序章の「SNS相談を始めるための準備」では、SNS相談を始める前に、まず確認していただきたいことをまとめています。SNSと呼ばれる各種サービスはどれも、もともと相談用に開発されたものではありませんので、電話などによる「通常の」相談と同じことをできるようにするには、少し工夫が必要です。どんなパソコンを使えばいいのか、通信環境をどのように整備したらよいのかといった基本的なことから、セキュリティや個人情報の管理、さらには広報をどうするか、といったことまで押さえています。

 次の第1章、「SNS相談は何のため?」でお伝えしようとしているのは、どのようなことをめざすべきなのかという考え方、心構えです。筆者は自身の体験から、相談を実施するうえで押さえるべき3つのポイントを挙げています。
 1)SNSの窓口は、音声よりも文字でのやりとりを好む人のための支援の入り口として整備する
 2)文字をタイプする能力よりも支援力が大事
 3)直接支援につなげる窓口として整備する
相談者の困りごとを最終的に解決するところまで、どうやってつなげていくのかが重要なのです。

インタビューからみえてくる現実と可能性

 それでは、実際にSNSでの相談を始めると、どのような状況におかれている相談者から、どんな相談が寄せられるのでしょうか? 第2章の「SNS相談ってどういうもの?」では、実際に事業としてSNS相談を行っている団体の方々にインタビューをさせていただきました。

 2月2日放送のNHKクローズアップ現代+「生きづらさに支援をコロナ禍の自殺・困窮 最前線からの訴え」でも紹介されたNPO法人BONDプロジェクトの橘ジュンさんは、文字だけではわからないこともあるという、LINE相談ならではの難しさを指摘しています。自治体からの委託で児童虐待防止のためのLINE相談を実施している、株式会社明日葉パブリック事業部の西尾恵子さんも、コピペやAIではなく、生身の人間がいまあなたのお話を聞いていますよ、ということを伝えていくこと、相談者のペースに合わせることといった、テキストでのやりとりならではの技術にふれていますが、その一方で、相談員に本当に求められるのは、経験に裏打ちされた知識や判断力といった「基礎体力」なのだと語っています。

 SNSでのやりとりだけでは問題の解決までもっていくのは難しいという限界をふまえたうえで、みなさんが口をそろえるのは、いつでも気軽に入ってこられて、聞きたいことが自由に聞けるという、匿名のSNSならではの大きな魅力です。コロナウイルスの感染拡大を機に若い女の子向けのチャット相談を始めたという、公益財団法人プラン・インターナショナル・ジャパンの菅野亜希子さんは、外にも出られず家にも居場所がないというような状況では、SNS相談が命綱になるというケースもあると語っています。

SNS相談に必要なスキルと重要な情報

 インタビューを受けてくださった方々が指摘されているように、表情やしぐさ、声で相談者の状況を読みとることができないSNS相談には、独特の難しさがあります。第3章の「SNS相談の基本スキルと注意点」には、返信のタイミングや言葉づかい、情報提供の仕方など基本的なことから、聞きとり方の工夫、切り上げ方(終わらせ方)、なりすまし対策など、具体的な対応や注意点をまとめました。

 そして第4章の「DV・性暴力被害者の支援ツールとその活用」では、課題を抱えた人がその解決のために活用できる法律、制度、機関、施設、団体、個人など、「社会資源」について解説します。社会資源は支援のための重要なツールです。相談員が社会資源についてどれだけ理解しているかによって、相談者への情報提供のあり方が変わり、相談の質の向上にもつながるのです。

相談のやりとりのリアルな事例

 実際にSNS相談に寄せられる内容はじつにさまざまで、相談者の置かれている状況やその人の性格などによっても、相談の進め方も提示する解決方法も当然違ったものになってきます。第5章の「SNS相談の事例と回答」ではその代表的な例として、「身体的DV」や「経済的DV」、「精神的DV」といったDVの案件や「セクハラ」や「デジタル性暴力」、「親、家族からの性暴力被害」といった性暴力の案件など、10件の具体的な事例について、相談者と相談員の実際のやりとりを仮想的に再現しました。いずれも架空の事例ではありますが、実際にあった相談の内容を参考にしていますので、ほかに頼るものがなく切迫した相談者と、戸惑いつつもなんとかして力にろうと真摯に向き合う相談員、そのお互いの呼吸をリアルに感じていただけると思います。欄外には注目していただきたいポイントの解説や参考情報も記載していますので、合わせてご覧ください。

第5章の「SNS相談の事例と回答」では、相談者と相談員の実際のやりとりを仮想的に再現しました。
第5章の「SNS相談の事例と回答」では、相談者と相談員の実際のやりとりを仮想的に再現しました。

相談のニーズに応えるために

 SNS相談では女性の相談者、性暴力の被害者が多いといいます。しかも「いま、夫が包丁を振りかざしている」「今朝、交際中の彼に痛めつけられた」というように、暴力のただなかからの相談が多いのだそうです。現時点での日本の新型コロナウィルス感染状況をふまえると、SNS相談へのニーズはますます高まっているといえるでしょう。SNSでの相談には特有の難しさはありますが、それは恐れるようなことではありません。本書がこれからSNS相談員を始められる方のお役に立つとともに、SNS相談の充実によって、一人でも多くのDV・性暴力被害者が救われることを願っています。

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