伝承文学研究の視点から読み解く、マンガのキャラクターたちが立ち向かう過酷な運命
記事:平凡社
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「運命」とはいったい何か? 幸運や不運は自分の意志でコントロールすることのできない、不思議な事象として、たくさんの物語の中で語られてきました。そして今では文学の枠を超え、マンガやアニメ、映画、音楽など、さまざまなジャンルで「運命」のエピソードを目にすることができます。
2023年10月13日に平凡社新書から『キャラクターたちの運命論――『岸辺露伴は動かない』から『鬼滅の刃』まで』が刊行されます。『鬼滅の刃』『ゴールデンカムイ』『HUNTER×HUNTER』『鋼の錬金術師』『さんかく窓の外側は夜』『岸辺露伴は動かない』といった大人気マンガ6作品に登場する、キャラクターたちの「運命の転換期」について、マンガのセリフ解釈、モティーフ、物語構造から論じています。
本書には、人生の中で思い悩み、立ち止まってしまったことがある人たちのための物語を集めました。読者の皆さんの心に響くマンガの名シーン、名ゼリフから、キャラクターたちの「人生の決断」を一緒に振り返っていけたらと思います。
この本で取り上げたのは、ふつうの人間以上の戦闘力を持つ者、あるいは異能者など、特別に「強い」人たちです。彼らは他人の生き死に影響を与えるほどのパワーを秘めています。そして、他者の人生に関与できるくらいの力を持っているからこそ、自分の生き方に苦悩していました。選ばれし彼らの能力は、平凡で穏やかな日常とは違う、ドラマチックな事件を呼び寄せてしまいます。
自分の意志とは関わりのないところで運命の渦に翻弄される彼らは、強さを少し持て余しながら、非道にはなりきれず、優しさや愛情を完全に捨て去ることもできません。苦境の中で、自分がどんなに傷ついても、大切な人、愛した人、か弱い人を守ろうとしました。彼らが自分ではない誰かを救うために、何を取捨選択するのかは、物語の見どころのひとつだといえるでしょう。
『キャラクターたちの運命論』では、彼らのセリフと行動から、彼らが求めた「生の喜び」とは何だったのかを論じています。色々ある研究手法の中から、本書ではモティーフ分析と呼ばれる方法を使用しました。
モティーフとは「ストーリーに影響を及ぼす記号的な意味を持つもの」の総称で、具体例を示すと、「かぐや姫」が生まれた「竹」の意味や、「ラプンツェル」はどうして「塔」の中に閉じ込められたのかなどが、それに該当します。本書では「運命」「生と死」にまつわるモティーフを中心に、ストーリーの構造について分析しています。
『岸辺露伴は動かない』を扱う章では、不条理な運命を突きつける神々と人間とのバトルを通じて、「人間はいつ運命に立ち向かわなくてはならないのか」という命題を論じています。『さんかく窓の外側は夜』の章では、霊能力者たちの孤独と、彼らが見つめ続ける「死者」との関わり方について解説しました。
『ゴールデンカムイ』に関する章では戦闘のキーマンである軍人・月島を取り上げ、彼が心を尽くしたかった生者・死者について、「執着と愛情」の視点から述べました。「父殺し」という神話的モティーフにも注目してみて下さい。『HUNTER×HUNTER』について論じた章は異形の生物・キメラアントと人間の少女との「悲恋」がテーマです。恋は運命をどのように変えていくのでしょうか。
『鋼の錬金術師』の章では人の命を奪う「焰の錬金術」の力が、マスタング大佐によってどのように使われ、何を生み出していくのか取り上げました。最終章『鬼滅の刃』については、壮絶な鬼との戦いの果てに生き残ってしまった「2人の柱」のことを論じています。彼らの生存の理由は、鬼滅の謎のひとつとされています。ぜひご自身の仮説と比べてみて下さい。
各章いずれも「運命」に飲み込まれながら、自分の人生を戦い抜いた人物ばかりです。読者を惹きつけてやまないキャラクターたちの魅力、マンガの面白さを、文学解釈の手法から明らかにしていきます。
まえがき
序章
1章 「運命」を決める絶対的存在――山の神々と露伴のバトル
〈荒木飛呂彦『岸辺露伴は動かない』より「富豪村」〉
『ジョジョ』シリーズと『岸辺露伴は動かない』作品概要/キャラクターたちの「勇気」と「正義の心」/『岸辺露伴』シリーズ/『岸辺露伴は動かない』一巻の作品配列/伝承的な物語「富豪村」/「富豪村」における神々と「運命」の転換
2章 死者と呪いと生きる「さだめ」――冷川・三角の肉体と除霊のルール
〈ヤマシタトモコ『さんかく窓の外側は夜』〉
『さんかく窓の外側は夜』作品概要/霊能力の呼応と運命/幽霊、除霊、霊能力、魂の定義/「死者」と「霊的なもの」/タイトルの謎と三角康介/契約、縛り、防護を意味する「さんかく」/「さんかく窓」という「結界」/作られる「呪い」の種類/「呪い」と「悪意」からの救済
3章 「人生」の決断と死人との別離――月島軍曹が愛した生者と死者
〈野田サトル『ゴールデンカムイ』〉
『ゴールデンカムイ』作品概要/月島基が愛した死者・いご草ちゃん/男たちを惑わせる生者・鶴見篤四郎/“最強の部下”を生み出した鶴見中尉の嘘/「父親殺し」の意味/月島と鶴見の関係性を変える鯉登/「月島軍曹」を導く生者・鯉登少尉
4章 宿命の恋、「死」に向かう愛――異形の王と人間との異類婚姻譚
〈冨樫義博『HUNTER×HUNTER』〉
『HUNTER×HUNTER』作品概要/「母殺し」の王/キメラアントの‟人間的“な感情/王の転換期/王の心の変化/「キメラ=アント編」と昔話の異類婚姻譚/キメラアントの王とコムギの結末
5章 死を与える能力で切り拓く「未来」――マスタング大佐の心と焰
〈荒川弘『鋼の錬金術師』〉
『鋼の錬金術師』作品概要/現実世界の錬金術・「ハガレン」の世界の錬金術/錬金術と争いの火種/「焰の錬金術師」ロイ・マスタング/マスタング大佐の弱点/強く、弱いロイ・マスタング
6章 「終生」つづく死者との約束――最終決戦で生き残った柱はなぜあの二人なのか
〈吾峠呼世晴『鬼滅の刃』〉
『鬼滅の刃』作品概要/鬼殺隊の「柱」たち/「柱」たちの感情/……
おわりに