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主な事業内容は「戦争」――「民間軍事会社」の歴史と実態

記事:平凡社

ロシアによるウクライナ侵攻で注目されたロシアの民間軍事会社「ワグネル」
ロシアによるウクライナ侵攻で注目されたロシアの民間軍事会社「ワグネル」

平凡社新書『民間軍事会社 「戦争サービス業」の変遷と現在地』(菅原出著・平凡社)
平凡社新書『民間軍事会社 「戦争サービス業」の変遷と現在地』(菅原出著・平凡社)

アンゴラとシエラレオネの内戦の終結に寄与した「エグゼクティブ・アウトカムズ社」

アンゴラのウアンボに残る弾痕だらけの廃墟と化した古い建物
アンゴラのウアンボに残る弾痕だらけの廃墟と化した古い建物

 南アフリカのエグゼクティブ・アウトカムズ社(EO)は、イーベン・バロウによって、1989年、民間のセキュリティ・グループとして設立された。当初はダイヤモンドの大手デビアス社向けのセキュリティ・コンサルティングの業務などを請け負っていた一業者であったが、その後に手掛けたアンゴラでの「戦闘」業務はその後の民間軍事会社の歴史に記録を残した。

 アンゴラは1975年にポルトガルから独立を果たしたものの、国軍と反政府勢力との対立が30年以上も続くという不安定な政情を抱えていた。アンゴラは地下資源が豊富で、外国資本による石油企業もあり、これに反政府勢力は目をつけていた。EOはその石油会社のセキュリティ業務を請け負い、さらに石油施設のある都市を反政府勢力から奪還、1993年に内戦終結にこぎ着けた。このEOの働きに感銘を受けたアンゴラ政府は、国軍全体を再建し、反政府組織に勝てる実力集団に鍛え上げて欲しい、という途方もない依頼をEOに提示。激しい戦闘の末、同年12月には政府と反政府勢力による和平協定が締結され、アンゴラは国家を統合するための第一歩を踏み出すことが出来るようになったのである。

 このアンゴラでの快挙が世界に伝わるや、EOは同じく内戦で破綻寸前のシエラレオネからも反政府ゲリラを打倒してほしいと依頼を受けた。EOと国軍は、政府にとって重要な鉱物資源地域をわずか2日間で反政府ゲリラから奪還。そして1996年1月には和平協定を締結し、1カ月後の2月には議会選挙が実施出来るまでに治安を回復させたのである。

 一民間企業が数十年にわたって続いていたアフリカの内戦を終結へと導くというEOの活動は、世界中の軍事問題の関係者を驚かせた。しかし、1997年1月にEOが国外からの圧力によってシエラレオネを去ると、同国で再びゲリラが息を吹き返し、わずか95日目には再び同国で軍事クーデターが発生。選挙で選ばれたリーダーが追い落とされてしまった。

 その後、EOの創設者、バロウは犯罪捜査の対象になり、EOの名声やイメージは大きく損なわれ、1997年にEOは解散を余儀なくされた。しかし、EOのメンバーたちはその後、別の民間軍事会社に加わったり、新しい会社を立ち上げたりし、EOのDNAは脈々と受け継がれていった。アンゴラやシエラレオネでのEOの劇的な活躍を超える民間軍事会社は未だに現れていない。しかし、国連や西側諸国などに助けを求めても支援を得ることができない地域や国家は存在する。軍事力を求める需要がある限り、戦闘までを含めたサービスを提供する会社は無くなることはないのである。

2014年のウクライナとの紛争で発足した「ワグネル」

2023年8月の飛行機の墜落事故によるプリゴジンの死を受け、ロシア各地では追悼の碑が建てられた
2023年8月の飛行機の墜落事故によるプリゴジンの死を受け、ロシア各地では追悼の碑が建てられた

 ロシア、ウクライナがともに甚大な被害を受けながら消耗戦に突入していた2023年1月、ロシアの部隊がウクライナ東部の町ソレダルを制圧した。この制圧は戦争開始後の半年間、軍事的後退を強いられてきたロシアにとって目覚ましい戦果だと伝えられた。

 世界がロシアのこの「勝利」に注目したのは、その「目覚ましい戦果」を上げた「ロシアの部隊」がロシアの正規軍ではなく、民間軍事会社ワグネル・グループだった点にあった。

 ワグネルは、2016年の米大統領選挙に介入したインターネット・リサーチ・エージェンシーの資金提供者でもあったエフゲニー・プリゴジンが設立した会社で、ロシア軍と共にウクライナでの戦争に参加していた。プリゴジン自身の説明によれば、彼は2014年5月に、ロシアが併合したクリミアでロシア軍を支援し、ウクライナ東部の親ロシア派分離主義者を支援するためにワグネルを結成したのだという。ワグネルにとってウクライナとの紛争が、そもそも発足のきっかけだったのである。

 プーチンとの距離の近さから、ワグネル率いるプリゴジンはあらゆる面で優位な立場にあった。しかし、ロシア軍幹部とプリゴジンの間で深刻な対立があり、ロシア軍が軍事作戦に失敗してプーチン大統領の信頼を失ったこともあり、プリゴジンはより一層立場を確実なものとする。おそらくプーチン大統領は、開戦直後の段階では、プリゴジンにロシア国防省の弾薬庫へのアクセスを与え、ロシア国内の刑務所から囚人をリクルートする権利も認めていたのだと考えられている。しかしプリゴジンは、プーチンがワグネル陣営に依存していることを過大評価し、ロシアの軍と政治指導部中枢を親ワグネル派の人物に置き換えようと政治工作を始め、軍指導部との対立を強めていった。

 プリゴジンの明らかな軍事的・政治的野心は、プーチン大統領の不信感を招き、2023年8月末、プリゴジンが搭乗していた小型機が墜落。同氏をはじめとするワグネル社の幹部が死亡した。その2日後にはプーチン大統領は、ワグネルの戦闘員たちにロシア国家への忠誠を誓う署名を命じた。こうした宣誓を要求したのは、ワグネルのような異様に力を持ってしまった組織をより厳しい国家の管理下に置こうとする明確な動きだと言えるだろう。それだけ、プリゴジンの「ワグネル」は「規格外」の民間軍事会社だったとしても過言ではない。

中国は民間軍事会社の「途上地」

エリック・プリンスが香港に設立したフロンティア・サービス・グループ(FSG)
エリック・プリンスが香港に設立したフロンティア・サービス・グループ(FSG)

 もともと、中国における民間警備の歴史は浅い。中国企業における安全への意識の低さ、そして外交政策において「内政不干渉」の原則を掲げていることなどがその理由に挙げることができる。中国国務院が「警備サービス規定(保安服务管理条例)」を公布し、民間警備業に対する中国として初の規制枠組みを公表して民間警備会社を事実上合法化したのは、2009年9月のことである。

 そのような中国において最も古い民間軍事会社は、2007年に設立された「中国華衛安保集団(China Hua wei Security Group)」だと思われる。そして2014年には北京の中国人民公安大学でテロ対策の専門クラスが新設され、市内には民間の警備関連施設が開設されるようになった。2018年の調査では、中国で民間警備会社の登録を受ける会社は7000社を超え、警備員の数も300万人を超えるとされているが、海外で活動する企業数は30~40社程度、その中でもテロや紛争等のハイリスク国でサービスを展開する民間軍事会社は20社程度と見積もられている。

 外国の民間軍事会社が中国を新たな市場として捉えるようになったのも2010年代に入ってからで、中でも世間の注目を最も浴びたのは、米ブラックウォーター社の創設者エリック・プリンスが香港に設立したフロンティア・サービス・グループ(FSG)であろう。

 FSGがセキュリティに集中し、会社を挙げて一帯一路プロジェクトの支援に注力していたが、米中間の戦略的競争が激化していく中で、「中国の世界的な勢力拡大のため」に尽力するプリンスの姿勢は、米国内で問題視されるようになる。2023年6月、FSGは米国商務省産業安全保障局のブラックリストに掲載されることになったのである。

 結局プリンスは、米海軍のエリート特殊部隊シールズや米民間軍事会社大手ブラックウォーター、そしてCIAのエージェントとしての経験とスキルを「中国の世界的な勢力拡大のため」につぎ込んだ挙句、FSGの支配を中国の警察コミュニティの重鎮たちに乗っ取られ、最終的にFSGを「米国の国家安全保障を脅かす」存在にしてしまったのである。

 中国政府は、民間軍事・警備会社が武器を入手することに厳しい制限を課していることから、海外で活動する中国の民間軍事会社はほとんど非武装での業務に従事しており、武装警備・警護は現地や治安機関等の人員に依存することが多い。しかし、今後、米中戦略的競争が激化し、中国が海外でパワー(軍事力)を行使する機会や、中国の権益を実力で守りまた奪取するような機会が増えていけば、その中で中国の民間軍事会社に新たな役割が付与される可能性は高い。

文=平井瑛子(平凡社編集部)

『民間軍事会社 「戦争サービス業」の変遷と現在地』目次

第一章 「民間軍事会社」とは何か
第二章 「戦闘」をビジネスに変えた会社
第三章  対テロ戦争と民間軍事会社
第四章  大国間競争時代の民間軍事会社

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