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ガザ紛争の解決策―どうすれば争いを止められるのか

記事:WAVE出版

『どうすれば争いを止められるのか 17歳からの紛争解決学』上杉勇司 著
『どうすれば争いを止められるのか 17歳からの紛争解決学』上杉勇司 著

ある条件が揃わなくては、争いは収まらない

 どんな紛争にも終わりはやってくる。ただし、ある条件が揃わなくては、争いは収まらない。その条件とは、紛争当事者が自分の要求や希望を実現するために暴力を用いることを諦めること。そのような状況は、どうしたら生まれるのか。次の4条件が欠かせない。
① 紛争当事者たちが暴力を用いたとしても自分たちの要求や希望が実現しないことを悟る
② 紛争当事者たちが納得できる解決策が生み出される
③ 暴力以外の道を選んだ場合のリスクを回避する術が見出される
④ 紛争当事者たちは互いを信頼できないため合意を担保できる第三者が存在する

 しかし、ガザ紛争を見ていると、このような条件が揃うとは、とても思えない。それほどまでに紛争はこじれている。では、複雑な紛争を解決するためには何が必要なのか。『どうすれば争いを止められるのか 17歳からの紛争解決学』では、中高生にも分かる平易な内容で、難しい紛争を解決するためのヒントを3つ紹介している。
① 信仰や民族の違いなど、当事者同士が譲れない問題を争点から外す
② 宗教や民族の問題とは別次元の「具体的な争点」で折り合いをつける
③ 対立する勢力を穏やかに包むような「大きな枠組み」をつくる

 これらの3点をもとにガザ紛争を解決に導く糸口を探してみよう。①ユダヤ教徒・ユダヤ人、イスラム教徒・アラブ人といった紛争当事者たちを分かつ境界を争点にしてはいけない。そのことは②に直結する。ユダヤ人とパレスチナ人で土地を分割するような案は理論的にはご法度。しかし、ホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人の虐殺)を経験したユダヤ人によるシオニズム運動に抗うことは難しかった。そして、イスラエルの建国が認められる。この歴史的な事実を御破算にすることは、今となっては不可能だろう。宗教や民族と深く結びついたユダヤ人とパレスチナ人という対立が前提となってしまった世界で、宗教や民族とは別次元の具体的な争点を見つけることはできるのか。

ガザをめぐる具体的な争点

 宗教と民族にもとづく分断と対立という間違ったスタートラインに立ってしまったことで、こじれにこじれたパレスチナ問題。すでに80年ちかくボタンの掛け違いが続き、両者の溝は深まるばかり。1993年にはイスラエルとパレスチナ解放機構の間でオスロ合意が結ばれるも、和平を認めないユダヤ人にイスラエルのラビン首相が殺され、パレスチナ人はファタハ(ヨルダン川西岸地区)とハマス(ガザ地区)に分裂した。暴力の応酬、抑圧と抵抗が繰り返される。混迷が深まるなか対話の道が閉ざされていく。

 果たして紛争当事者たちが折り合うことができる具体的な争点などあるのか。争点を探す鍵は、人間として誰もが享受すべき基本的なニーズにある。イスラエルという国家とパレスチナ自治区が存在する土地に住む全ての人々が等しく得られる権利を確認していく。暴力からの身の安全が確保され、生活に困らないように生計を立てることができる社会にするための条件を探る。隣人として守らなくてはいけない最低限のルールに合意していくことが、和平への第一歩だ。

 そのような話し合いを、どのように始めるのか。長年の暴力の応酬によって、相手に対する憎悪と不信感が募った状態では、人々が話し合いの場に集うことすらままならない。たとえ穏健な人々が歩み寄ったところで、相手の存在すら認めない、対話には応じないと頑強に抵抗する人たちの存在が、大きな障害となる。話の通じない人たちと、どのように話し合えばよいのか。この難問を解くには傾聴しかない。

連邦制は「大きな枠組み」となり得るのか

 どうしてハマスはイスラエル国家の存在を認めないのか。その理由を生んだ最も重要な根っこの心配を取り除く。どうしてイスラエルはハマスを壊滅状態に追い込もうとしているのか。その背後にある最も深刻な懸念を払拭していく。最も過激で和平や共存に反対している人々の声に耳を傾け、心配や懸念の種を取り去ることで、対話の糸口がつかめるかもしれない。

 怨念が渦巻き、激情がぶつかり合うなかで、そのような冷静な態度を取ることは至難の業だ。しかし、よき仲裁者を探し求め、困難な課題に向き合うことができなければ、危機を脱することは難しい。つかの間の停戦でもいい。短期の停戦を何度も繰り返すような、つぎはぎだらけの平和でもいい。対話を拒む人々のニーズを満たすことで、凝り固まった心を解きほぐし、話し合いの機会を窺うのだ。

 対話となればヒント③の出番だ。ガザ紛争の文脈で、対立する勢力を穏やかに包むような「大きな枠組み」とは、どのようなものか。血で血を洗う内戦を終えたボスニア・ヘルツェゴビナでは、戦後に導入された「連邦制」が大きな枠組みとして機能してきた。課題は宗教や民族の垣根を超えた紐帯をつくることが、紛争後の社会では、特に困難な点だ。宗教や民族で土地を分割するのではなく、権力を分有するのでもない、新しい連邦制が求められる。

 傷を癒やすためには、物理的な距離と時間が必要な場合もあるだろう。心のさざなみが収まるのを待ちつつ、争っても意味がない、協力するほうが得策だと思える案をひねり出す。ここで大事なことは、正義の話を持ち込まないこと。勝利はゴールではない。人々が安心して暮らしていくために必要な環境を作っていくこと。これをゴールに設定する。イスラエルとパレスチナという2カ国をつくることが本来の目的ではないはずだ。誰もが穏やかな生活を奪われないことが大切なのであり、そのためには思い込みを捨てて、あらゆる方法を検討してみる価値がある。『どうすれば争いを止められるのか』では、このような紛争解決学の見方、考え方、アプローチが、漫画やイラストを織り交ぜながら紹介されている。

*第2次大戦後に起きた紛争のうち、本書で取り上げた主なものを示す
*第2次大戦後に起きた紛争のうち、本書で取り上げた主なものを示す

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