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「パレスチナ戦争」書評 追放された者の視点で描く通史

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2024年02月03日
パレスチナ戦争 入植者植民地主義と抵抗の百年史 (サピエンティア) 著者:金城 美幸 出版社:法政大学出版局 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784588603716
発売⽇: 2023/12/11
サイズ: 20cm/313,80p

「パレスチナ戦争」 [著]ラシード・ハーリディー

 今、パレスチナのガザ地区では目を覆うばかりの暴力が行使されている。その背景にあるパレスチナ問題は、同じ土地を故郷とするユダヤ人とアラブ人の民族紛争として語られやすい。だが、本書によれば、それはイスラエルのシオニズム運動が広めてきた歴史認識だ。パレスチナ史を長年研究してきた著者は、この紛争を、入植者が先住民を追放するための植民地戦争として捉える。
 第1次世界大戦後にパレスチナを委任統治領としたイギリスは、ユダヤ人が本来の先住民だと主張するシオニズム運動の主張に従ってユダヤ人にのみ民族的な権利を認め、入植を支援した。その結果、第2次世界大戦後の建国の際にイスラエルは委任統治領の過半を占め、その後の戦争でパレスチナ人居住地を征服してアラブ諸国の攻撃を撃退する。新たな覇権国アメリカも、紛争を公正に仲裁するどころかシオニズムの主張を受け入れ、イスラエルの肩を持ち続けてきた。
 だが、本書は敵を一方的に断罪する本ではない。イスラエルとの和平交渉にパレスチナ側で携わった著者は、自陣営の代表機関であるPLOにも厳しい批判を加える。パレスチナ人の自治を認めたオスロ合意は、著者から見れば、交渉を焦るPLOが自ら主権を手放す悪手だった。その後、イスラエルの妨害で孤立し、アラブ諸国からも見捨てられた自治区の経済状況が悪化すると、ハマスが台頭してガザ地区を奪取する。
 出口の見えない中、著者は国際世論の変化に最後の希望を託し、植民地化されて権利を奪われたパレスチナ人の苦境を伝えるべく本書を執筆した。残念なことに、その希望が実現する前にパレスチナは再び暴力に包まれている。その意味において、本書の翻訳のタイミングは絶妙だというほかない。明快な論理でパレスチナ問題の通史を描く本書は、この地域にどう向き合うかを考える上で大きな助けとなるだろう。
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Rashid Khalidi 1948年、米ニューヨーク生まれ。米コロンビア大エドワード・サイード特別記念教授。