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戦争の死者数、様々な検証が示すもの 大佛次郎論壇賞「戦争とデータ」五十嵐元道さん寄稿

相場郁朗撮影

大佛次郎論壇賞を受賞して 

 2023年はロシア・ウクライナ戦争やミャンマー内戦に加えて、パレスチナ・ガザ地区へのイスラエルによる軍事侵攻が起こるなど、惨劇が繰り返された。拙著「戦争とデータ」が大佛次郎論壇賞を受賞したのは、そうした背景があったからだが、それは非常に悲しむべきことである。

 とりわけ、パレスチナ紛争では、戦争とデータの関係が大きな問題になってきた。イスラム組織ハマスの攻撃を契機に、イスラエル軍が大規模な軍事侵攻を展開し、膨大な民間人の死傷者が発生した。何人のパレスチナ人が命を落としたのか、そこに女性や子どもがどれほど含まれていたのか。そうした戦争のデータが、一種の情報戦の現場になってしまったのである。

 イスラエル軍の攻撃によって、民間人が死亡すればするほど、国際社会におけるイスラエルの軍事行動の正当性は低下する。イスラエルは孤立し、パレスチナ側への支持が大きくなる。

 今年1月21日、ガザ地区でのパレスチナ人の死者数は2・5万人を超えたと発表された。これはガザ地区保健省のデータである。ガザ地区の人口がおよそ200万人であるから、その1%超もの人々が死亡したことになる。今年1月の国連の発表によれば、死者の7割が女性と子どもだったという。

 イスラエル軍の報道官は、昨年12月、死者数は「イスラム組織ハマスの戦闘員1人につき民間人2人」の割合であると発表した。人の命がビジネスの数字のように扱われたとして批判を浴びた。

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 ここでいったん冷静になってみよう。パレスチナ人の死者数データは、あくまで片方の紛争当事者から発表されたものである。果たして、これを鵜呑(うの)みにして良いのか。ガザ地区の保健省のデータは、政治的な動機により、水増しされてはいないのか。

 やはり、欧米のマスメディアもこうした疑問を持ち、データがどこまで科学的に正確なものと言えるのか調査報道を展開してきた。

 たとえば、イギリスの公共放送局BBCは、昨年11月末の時点で、データの検証を行っている。それによれば、パレスチナの医療従事者が記録した死者のデータは、ガザの保健省に送られ集計されている。病院や遺体安置所で死亡が確認された人しか集計されていないため、遺体が見つかっていない人や、すぐに埋葬された人は数に含まれていない。それゆえ、数値は実際よりも少ない数になっている可能性がある。

 さらにBBCは、保健省の名簿にある名前と、BBCの報道に出てきた犠牲者の名前を照合した。加えて、人工衛星の画像を分析し、実際に攻撃が行われた場所を確認するとともに、ソーシャルメディアの情報までチェックしている。その結果、データに捏造(ねつぞう)はなかったと結論づけた。

 BBCのほかにも、ロイターやAP通信なども同じようにデータの検証を行い、不正は見つかっていないとしている。さらに、有力医学誌「ランセット」も、国連スタッフの死者数データとガザ地区保健省のデータそれぞれから死亡率を導き、その変化を比較している。その結果、保健省のデータには水増しがないとした。国連や国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチも同様に、ガザ地区の保健省のデータを信頼に足るとしている。

 ただし、以上からパレスチナ側のデータが科学的に正しいと結論できるわけではない。現時点では水増しの可能性が低いというだけであり、事後の地道で膨大な検証が重要になってくる。

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 さて、戦争のデータは数字だけではない。昨今、兵士や市民が写真や動画を撮影し、ソーシャルメディアに投稿している。膨大なデータのなかには、捏造データも紛れている。マスメディアによるチェック機能は、ますます存在意義を増している。=朝日新聞2024年1月24日掲載