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ロシアという大いなる謎をシベリア・極東から読み解く

記事:明石書店

東シベリアに位置するサハ共和国でのお祭り風景
東シベリアに位置するサハ共和国でのお祭り風景

あえて辺境からロシアを問う

 明石書店の「エリア・スタディーズ」のシリーズからは、すでに下斗米伸夫・島田博(編著)『現代ロシアを知るための60章』、下斗米伸夫(編著)『ロシアの歴史を知るための50章』が刊行されている。ロシアという国全般に興味をお持ちの読者は、まずはそれらを手に取って入門を果たしていただきたい。

 世界各国を国別に解説することに飽き足らず、最近ではよりマニアックな領域に踏み込んでいる「エリア・スタディーズ」ながら、本書のように一国の中の特定地域を取り上げるケースは、まだあまり多くないはずだ。

 しかも、本書はシベリア・極東を全体として論じているだけでなく、第Ⅴ部において、シベリア・極東に属す24地域をすべて個別の章として取り上げている。こんなマニアックな本は、本邦はもちろん、世界的にも珍しいだろうし、ロシア本国でもそうはお目にかかれないはずだ。

バイカル湖をチェルスキー岩展望台より望む
バイカル湖をチェルスキー岩展望台より望む

ロシアの本質がここに

 ロシア極東・シベリアは、地理的にこそ広大だが、今日この辺境地帯には全ロシア国民の2割ほどが住んでいるにすぎない。それでも、本書があえてロシアの東部に徹底的にフォーカスしたのには、もちろん理由がある。

 端的に言えば、ロシアをロシアたらしめているのは、シベリアであり、さらにその延長上にある極東なのではないだろうか。シベリア・極東は、ロシアのすべてではないが、それがなかったら、ロシアはまったく違う国になっていたはずだ。

 歴史を振り返れば、後進的なヨーロッパ国としてくすぶっていたロシアが、やがて大国に成長していったのには、東に広がっていた広大なフロンティアを、それほどの苦もなく手に入れられたことが大きかったはずだ。本書では、第Ⅱ部「シベリア・極東の歴史」で、その過程を克明に描いている。

 これによりロシアは、地理的なコントラストを増し、ヨーロッパのみならずアジア・太平洋国家ともなった。また、正教を信奉するロシア人を主体としつつも、多民族・多文化国家としての性格を強めたのである。第Ⅲ部「シベリア・極東の民族と文化」で、そのあたりを学んでいただければ幸いである。

ヤクーツクの毛皮製品店で酷寒対策
ヤクーツクの毛皮製品店で酷寒対策

 シベリア・極東は、石油・天然ガスをはじめとする天然資源に恵まれ、それがロシアの発展を支えている。しかし、代償として資源以外の産業が育ちにくく、また国際市況に翻弄されがちだ。また、シベリア・極東を開発・維持することは、ロシアにとって大きな負担である。巨大なポテンシャルを有する反面、重荷でもあるシベリア・極東は、ロシアにとり常に中心的なジレンマなのである。

 本書では、第35章「シベリア・極東の石油・ガス――ロシア経済を支える貴重な資源」、第36章「シベリア・極東は資源の宝庫――ダイヤモンド、石炭、金、水産物」で資源の豊かさについて論じる一方、コラム2で「シベリアの呪い」論を紹介している。

バイカル湖名産オームリの燻製
バイカル湖名産オームリの燻製

日本にとっても人類・地球にとっても重要

 シベリア・極東はまた、日本とロシアの出会いの地でもある。江戸時代に日本人がロシアの人々と邂逅したのを皮切りに、20世紀前半には日露戦争、日本軍のシベリア出兵、ソ連対日参戦、日本人捕虜のシベリア抑留といった政治的な事件が続き、戦後には北方領土問題が残された。第18章、第20~24章、第41章が、それらを扱った論考である。

 他方でシベリア・極東は日露による経済協力の舞台でもあり、日本がロシアから輸入している商品は大部分がシベリア・極東の産品である。これに関しては、第38章「シベリア・極東を舞台とした日露経済協力――重大な岐路を迎えた極東ビジネス」を参照していただきたい。

 さらに言えば、気候変動をはじめ、今後の人類・地球にとって北極の重要性が高まっていくはずだが、ロシアの北極圏はシベリア・極東とかなりオーバーラップしている。北極の行方という観点からも、シベリア・極東に目を向けることが必要だ。第7章「地球温暖化とシベリア――近年の気候変動と環境への影響」、第44章「ロシアの北極政策――プーチン政権下の急展開」は、その観点から必読のテキストとなろう。

冬のトボリスク・クレムリン
冬のトボリスク・クレムリン

ウクライナ侵攻が突き付けたもの

 ところで、我々が本書の出版に向けた作業に着手したのは、2021年の初め頃であった。それから1年後にロシアがウクライナへの全面軍事侵攻を開始することなど、思いもよらなかった。本書の作業着手から刊行まで3年を要するうちに、ロシアという国の姿は一変してしまった。

 日本にとり、シベリア・極東は、ロシアの中で地理的に最も身近なエリアである。近年では、「日本から最も近いヨーロッパ」として、ウラジオストクが日本人観光客の穴場にもなっていた。安倍晋三政権が進めた対ロシア経済協力プランでも、必然的にシベリア・極東を舞台としたプロジェクトが多かった。

 本書の企画当初は、日露の交流の場としてのシベリア・極東という発想に立っていた。世が世であれば、第45章「シベリア・極東観光案内――大自然の宝庫、多様な民族文化と歴史」を参考に、実際にかの地に旅立つ読者も多かったはずだ。

 それが今日では、日本はロシアに経済制裁を適用し、ロシアは日本を「非友好国」リストに加え、両国間で直行便は飛ばなくなり、地域間交流も途絶えた。日本人が目と鼻の先にあるウラジオストクやサハリンに赴くことさえ、簡単ではなくなった。ロシアは、シベリア・極東というエリアがありながら、本当に近くて遠い国になってしまった。

 もっとも、もしも本書が2021年に刊行され、その翌年にロシアがウクライナ侵攻を開始したら、本書の第Ⅳ部「現代のシベリア・極東の諸問題」の諸章は、すぐに賞味期限が切れてしまったかもしれない。第34章「シベリア・極東をめぐる国際関係――『東方シフト』が抱え込むいっそうの困難」などは、執筆者がウクライナ情勢を踏まえ大幅に加筆・修正してくれたことで、価値が高まったと言えよう。

 言うまでもなく、シベリア・極東という要因がロシア・ウクライナ戦争にどのような影響を及ぼすかは、重要である。第40章「軍事面から見たシベリア・極東――配備兵力、核戦略、軍需産業」は、その格好のヒントとなろう。

 翻って、ウクライナ情勢がシベリア・極東をどう変えるのかも、重大なテーマである。第46章「ウクライナ侵攻とシベリア・極東――『東方シフト』は加速するか」では、ウクライナ侵攻がロシアとシベリア・極東にとり百年に一度の転機になる可能性を指摘している。

写真提供:ロシア旅行社

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