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ロシアの地誌学を考える〜自然・産業・文化などからロシアの全体像をとらえるために

記事:朝倉書店

自然・産業・文化などからロシアの全体像をとらえる。
自然・産業・文化などからロシアの全体像をとらえる。

ロシアを学ぶことによって世界が理解できる

 世界最大の国土と膨大な人口をかかえるロシアは、いうまでもなく世界の巨大パワーの1つである。東は日本や中国など東アジア諸国、南は中央アジアのイスラーム諸国、西はEUをはじめとするヨーロッパ北は北極海を経てアメリカ合衆国やカナダと接しており、国際政治への影響力は計り知れない。また、農業や工業などの産業部門ぬきに世界経済は語れない、高度な科学技術や世界屈指の軍事力も、ロシアを際立たせている。ロシアを学ぶことによって世界が理解できるといわれるゆえんである。

世界地誌シリーズ9 ロシア
世界地誌シリーズ9 ロシア

ロシア国内には、きわめて多様な地域がある

 一方、ロシア国内に目を転じると、そこにはきわめて多様な地域がある、ヨーロッパからアジアへと進出したロシア人の歴史と、各地で独自の文化をはぐくんできた民族との共存を図ってきたこの国には、底知れぬ国家統合のエネルギーと、異文化間の葛藤があった。多様な環境に対処してきた人々の営みがロシアの地域的な多様性をより豊かにしてきた一方で、大規模な開発にともなって環境は大きく改変された。ロシアは、地理学の命題である自然と人間の関係を理解する上でも見逃せない国といえよう。

かつて社会主義体制にあったことも特筆されるべき点

 さらに、ロシアがかつて社会主義体制にあったことも特筆されるべき点である。ロシア革命を経て生まれた世界最初の社会主義国ソ連は、徹底した中央集権による計画経済を進め、独自の国づくりを行ってきた。東欧諸国など社会主義国同士の強い連携を図りながら、アメリカ合衆国を中心にした資本主義体制の国々とは一線を画し、政治的な対立による東西冷戦をももたらした。1992年に起こったソ連崩壊によってロシアが生まれ、他の社会主義諸国と同様、 急速な自由経済化が進められた。変動する世界情勢を追跡してゆく上でも、ロシアを理解することは有効であろう。

ソ連崩壊後のロシアを理解するためのテキストづくりはまだ途上

 こうしたロシア学習の意義を踏まえて、本書は企画・編集された。近年、国際情勢への関心の高まりを反映してか、ロシアに関する著作物はかなり出回っている。しかし、ロシア国内の地域的な特性や近隣諸国との国境地域といったロシアの国土に目を向けると、その理解を深めるための書籍は意外に少ない。地理学では、中村泰三氏によるソ連に関する多くの著作が残されているが、ソ連崩壊後のロシアを理解するためのテキストづくりはまだ途上といわざるを得ない。

ロシアを多面的に理解できるように

 そこで、ロシアを多面的に理解できるように、可能な限り多彩なテーマを設定し、国内各地が拾い上げられるような構成づくりを心がけた。そしてロシアの地理学研究者を中心にして、文化人類学の成果も取り入れた。ロシアの自然環境は、ユーラシアの山岳地域を専門とする白岩氏が担当した。開発の歴史はロシアの文化地理研究に取り組む米家氏がまとめ、開発と環境破壊については資源・災害が専門の渡辺氏が解説した。農業と民族については、文化人類学の視点から吉田氏が論じた。工業をはじめとする経済全般については、地理学会きってのロシア通である小俣氏が詳述した。都市については、都市空間研究に取り組む大城氏がモスクワとサンクトペテルブルクを中心にして論じた。ロシアの伝統文化や社会は、米家氏が記述した。ロシアと近隣諸国との関係については、特に極東に注目し、中国地域研究の小野寺氏が解説した。

 他の地域と同様、ロシアも変化を続けている。現時点でのロシアを描いた本書が、ロシアへの関心を一層高め、理解を深めることにつながることを筆者一同、心から願っている。(後略)

2017年8月 加賀美 雅弘(『ロシア』まえがきより)

1 総論―ロシアの地域形成とその特性 
 1.1 巨大な国土をもつロシア 
 1.2 ソ連解体とロシアの変化 
 1.3 多様な人々と地域からなるロシア 
 1.4 ロシアの地誌学的アプローチ 
 コラム 『ヨーロッパとの別れ』 

2 広大な国土と多様な自然 
 2.1 ロシアの地形 
 2.2 ロシアの気候・植生 
 2.3 タイガ 
 2.4 ステップ 
 コラム 永久凍土地帯の夏 

3 開発の歴史,豊かな資源 
 3.1 ロシアの歴史的発展―西から東へ資源と空間を求めた開拓史 
 3.2 ステップ地帯の交易路―シルクロードの歴史と発展 
 3.3 ロシアの天然資源とその開発 
 3.4 自然改造計画と環境破壊(アラル海),環境問題 
 コラム シベリア鉄道とバム鉄道(第二シベリア鉄道)の恩恵 

4 世界の穀倉地帯―ロシアとその周辺:ウクライナ,中央アジア 
 4.1 ロシアの農業地域,農産物輸出国 
 4.2 ウクライナの農業(穀倉地帯) 
 4.3 中央アジアの綿花地帯 
 4.4 農業の国有化・集団化と民営化 
 コラム モスクワ市内のパン事情 

5 産業化と工業地域の形成 
 5.1 ロシアの工業地域 
 5.2 社会主義時代の工業化―資源依存型工業と機械工業 

6 ハイテク化と資源依存 
 6.1 ソ連解体後の工業の変化―イノベーション,ハイテク産業 
 6.2 鉱産資源とパイプライン 
 コラム 日系企業の進出:自動車工業を中心に 

7 ポスト社会主義で変わる社会経済 
 7.1 市場経済化と巨大商業施設の出現 
 7.2 交通の発達と国際観光化 
 7.3 多様化するサービス業 
 7.4 生活水準の変化,社会の二極化(富裕層の出現) 
 コラム ソ連へのノスタルジー 

8 発達する都市―ロシア全域,モスクワ,サンクトペテルブルク 
 8.1 ロシアの都市発達の歴史と分布 
 8.2 社会主義型都市から経済拠点都市へ 
 8.3 首都モスクワの発達と特性 
 8.4 古都サンクトペテルブルクの発達と特性 
 コラム ロシアの文化遺産 

9 ロシアの伝統文化,人の暮らし 
 9.1 ロシアの伝統文化 
 9.2 ロシアの人口の変化,少子高齢化,福祉 
 9.3 ロシアの教育制度 
 9.4 ロシアの人々の日常生活,住居,余暇・レジャー 
 コラム ロシアの冬の過ごし方―音楽と芸術の都を楽しむ 

10 多様な民族と地域文化 
 10.1 ロシア人の移動とロシア化 
 10.2 シベリア遊牧民の暮らしと文化 
 10.3 中央アジアのイスラームの暮らしと文化 
 10.4 カフカスの民族の暮らしと文化 
 コラム 多民族国家ロシア―モスクワの民族料理店事情 

11 日本,東アジアとの関係―ロシア極東地域 
 11.1 日本との接触の歴史 
 11.2 ロシア極東地域の変容 
 11.3 近隣との関係 
 11.4 アジアと結ばれるロシア極東地域 
 コラム 中国側からみた国境地帯 

12 世界の中のロシア―EUとの関わり 
 12.1 世界とつながるロシア 
 12.2 深まるEUとの関係 
 12.3 フィンランド,ラトビアとのEU国境 
 12.4 EUに浮かぶ島―カリーニングラード州 
 コラム 大祖国戦争とヨーロッパ 世界地誌シリーズ 9 『ロシア』目次

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