アメリカ大統領はなんでもできる存在!?――『アメリカ大統領とはなにか――世界最高権力者の本当の姿』
記事:平凡社
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もしあなたがアメリカ大統領になったらどのような政治を行うでしょうか? アメリカ大統領は、時に世界最大の権力者だと指摘されます。皆さんの多くは、アメリカ大統領は大きな権力を持っているはずなのに、世界をよくするために十分な仕事をしていないではないか! そもそもアメリカ国内をまとめることもできていないではないか! などと思っているかもしれません。そして、もし自分が大統領になったら、もっとましなことができるはず……と思っている方もひょっとするといらっしゃるかもしれません。
ただし、実際には読者の多くは残念ながらアメリカの大統領に就任することはできないかもしれません。合衆国憲法に「出生により合衆国市民である者、または、この憲法の成立時に合衆国市民である者でなければ、大統領の職に就くことはできない。年齢満35歳に達していない者、および合衆国内に住所を得て14年を経過していない者は、大統領の職に就くことはできない」と規定されているからです。生まれた時点でアメリカ国籍を持っていたことが要件とされているので、帰化してアメリカ国籍を持っている場合でも大統領には就任することができません。
日本でも多くのコメンテーターが大統領の仕事を批判したりしています。政権について「予算を通すことができなかった」とか、「ウクライナ支援のためにわずかな額しか投じていない」いうような論評が出されることがあります。しかしアメリカの予算は法律として作る必要があるため、予算を作るのは基本的には議会の仕事です。また、海外に対する財政出動も議会の賛同を得る必要があるため、実は大統領(政権)に対するこのような批判は適切でない可能性があります。
アメリカの大統領は大きなジレンマを抱えています。国民から大きな権限を持つものとして大きな期待が寄せられているにもかかわらず、実態としてはその権限が大きく制限されているからです。大統領の権限や合衆国憲法の規定、他の政治主体との関係などを理解してみると、アメリカ大統領に対して、より実のある批判ができるようになるでしょう。
アメリカの大統領は、合衆国憲法修正第22 条で規定されているように、現在では基本的には2期8年が任期の上限になっています(ただし、副大統領から昇格した場合に、残任期間が2年未満の場合は、それを追加することができます)。その結果、大統領の行動原理は1期目と2期目で変わってきます。1期目の大統領は再選して2期務めることが目標になりますが、2期目の大統領はそれ以上の再選はないため、ライバルになるのは歴代の他の大統領です。歴史に名を遺すことが大目標になるのです。アメリカの大統領という仕事の特殊性は、どこにあるでしょうか。他の仕事と比較して、考えてみましょう。
まず、連邦議会議員と比べると、代表性が異なります。連邦議会の上院議員は、各州の利益を代表する存在です。また、下院議員は50州を435の選挙区に分けて、それぞれの選挙区を代表しています。下院議員は多くの場合、同質性の高い選挙区から選ばれています。上院議員については、州の内部に都市部と農村部を含んでいる場合などには少し複雑になりますが、民主党が優位な州や共和党が優位な州から選ばれた場合は、上院議員も自分を選んだ有権者が望むことが比較的わかりやすいといえます。しかし、大統領はアメリカ全土を代表する唯一の公職者です。これは、連邦議会議員に対峙する際の最大の政治資源になります。もっとも、ドナルド・トランプ前大統領は政治社会の分断状況を前提として、全国民の代表というよりは自らの岩盤支持層の利益を最優先する傾向を鮮明にしましたが、このようなパターンがずっと続くかは不明です。
大統領は孤独な存在です。合衆国憲法では、行政権は大統領に属すると規定されています。日本の場合は日本国憲法第65条で行政権は内閣に属すると規定されて、ある意味での集団指導体制が想定されていますが、アメリカでは大統領のみに責任がある規定になっています。連邦議会議員が、委員会や小委員会などでチームを組んで行動するのとは対照的です。もちろん、大統領も政権チームを作って行動しており、ジョー・バイデンのように連邦政界の経験が長い人物は気心の知れた人を補佐官などに任命することができます。しかし、ワシントン政治のアウトサイダーであったり、大統領が死亡して突如として副大統領が政権チームを引き継いだりする場合は、孤独に陥る可能性が高いのです。
大統領の特殊性を州知事とも比較してみましょう。近年では州知事出身の大統領が増えていますが、実は州知事出身者は大統領就任後に、様々な困難に直面します。州知事と大統領は、権限の範囲が大きく異なっているからです。
アメリカの州は自律性の高い存在です。州知事の仕事はそれぞれの州憲法に定められているため、その権限は州により異なります。ただ、一般論としては、州知事は比較的大きな権限を持っていて、時に州議会の反対を押し切って決定することもできます。また、州によってはメディアによる攻撃もあまり強くありません。これに対して、大統領の権限は、議会との関係で大きく限定されています。州知事時代と同様に大胆な決断をしようとしても、連邦議会やメディアの反対に直面してしまうのです。
2016年大統領選挙で勝利した共和党のトランプ前大統領と、2020年大統領選挙で勝利した民主党のバイデン現大統領は、全く対照的な経歴の持ち主です。トランプは政治経験も軍歴も全くない、ワシントン政治のアウトサイダーでした。他方、バイデンは、1970年代から連邦議会議員を務めて上院司法委員長や外交委員長を歴任し、バラク・オバマ政権で副大統領も務めた、ワシントン政治の究極のインサイダーです。実は、アメリカでは1970年代以降に大統領になった人は州知事経験者が多いです。
1972年に、リチャード・ニクソン大統領がウォーターゲート事件というスキャンダルを起こしました。ニクソンは、連邦下院議員、上院議員、ドワイト・アイゼンハワー政権の副大統領も務めた、ワシントン政治のインサイダー中のインサイダーであったため、国民の間でワシントンの政界勢力に対する不信が高まったのです。
ワシントン政治の変革を求める人々が、ワシントン政治のアウトサイダーに期待する傾向が強くなった結果として、ジミー・カーター以降の大統領には州知事出身者などワシントン政治と関わりの薄い人が選ばれる傾向が強くなりました。それが極限に達したのがトランプの当選でした。しかし、それが好ましい結果を生まなかったという反省から、一種の反動として選ばれたのがバイデンといえるのではないでしょうか。
本書では冒頭で記したように、皆さんが大統領になったらということを想定しながら読み進めることを前提にした構成と内容になっています。そこで重要なキーワードとして、「大統領の権限」「議会と行政部門」「連邦制」「裁判所」「選挙・世論・メディア」「政党・利益集団」「対外政策」を挙げました。さらに「偉大さ」という視点から理想的な大統領像とはどのようなものなのかについても触れていきたいと思います。
本書を読み終えた時、大統領の仕事の概略だけではなく、大統領の仕事を通じてアメリカ政治の概要や現状について理解や関心を深めていただければ嬉しいです。2024年11月に控える大統領選をより身近なトピックとして接してください。また、当選した大統領が2025年以降に政権運営をする際、どのようなことができて、どのような制約に直面しているか、本書を通して考えてみていただければと思います。
構成=平凡社新書編集部
「大統領は何もしていない!」と言う前に
第1章 大統領の権限とその発展
第2章 連邦議会と行政部門との関わり
第3章 50州が決定権を持つ連邦制
第4章 政治的に大きな役割を果たす裁判所
第5章 選挙・世論・メディア
第6章 政党と利益集団
第7章 国民や国家を守るための対外政策
第8章 偉大な大統領とは?
2025年1月の新大統領就任に向けて
参考文献
歴代アメリカ大統領一覧