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「暴力とポピュリズムのアメリカ史」書評 深く根ざした「人民武装」の理念

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2024年03月09日
暴力とポピュリズムのアメリカ史 ミリシアがもたらす分断 (岩波新書 新赤版) 著者:中野 博文 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004320050
発売⽇: 2024/01/23
サイズ: 18cm/202,14p

「暴力とポピュリズムのアメリカ史」 [著]中野博文

 米大統領選まで8カ月。バイデン大統領は、共和党の最有力候補トランプ前大統領を「民主主義への脅威」と批判してきた。念頭にあるのは、2021年の連邦議会議事堂襲撃事件だ。「選挙で不正があった」というトランプの訴えに呼応した暴徒が起こした事件は、民主主義を否定する暴挙として世界を震撼(しんかん)させた。
 しかし、暴力と民主主義は相いれないのか。本書は根源から問う。暴徒らは、トランプがSNS上で語った「われわれの国と憲法を守る」という言葉に鼓舞され、主権者である人民の正義を示そうとしていた。彼らの主観では、議事堂襲撃は民主主義の否定どころか、それを救う試みだった。
 これはトランプという異形の大統領のもとで突如現れた現象ではない。アメリカの歴史では、人民の名のもとに政府の不正を正そうとするポピュリズムが、武装団体の結成や活動と結びついてきた。本書は、こうした人民武装理念の史的展開を探る貴重な試みだ。イギリス植民地時代、成年男子は軍事奉仕が義務付けられ、ミリシア(民間人による武装団体)が形成された。ミリシアは単なる軍事組織ではなく、市民的な徳を身につける社会基盤、政府の横暴に武力で抗(あらが)う市民組織として発展した。その後、ミリシアは州政府の軍隊に組み込まれ、その装備は連邦政府予算に支えられるようになり、「政府から独立した人民の軍隊」という実態を失っていったが、それでも州政府や連邦政府との緊張関係は保たれた。
 今日のアメリカでは、トランプ支持の右派だけでなく、社会正義を求める左派にも暴力を容認する傾向が顕著だ。普通選挙法以前と異なり、選挙権が確立された時代になぜ、人々は暴動を通じた意思表示をやめないのか。政敵を「民主主義の敵」と論難するだけでなく、歴史に深く根ざしたアメリカの暴力文化を理解することに、民主主義を救う希望がある――そう感じさせる渾身(こんしん)の一作だ。
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なかの・ひろふみ 1962年生まれ。北九州市立大教授(米政治外交史)。著書に『ヘンリ・アダムズとその時代』。