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サッカーで生きる勇気をもらった南アフリカのおばあちゃんたちの物語――『サッカー・グラニーズ』

記事:平凡社

アメリカ・マンチェスター州ランカスターで開催された40歳から75歳向けのサッカー大会でプレーする南アフリカのおばあちゃんたち
アメリカ・マンチェスター州ランカスターで開催された40歳から75歳向けのサッカー大会でプレーする南アフリカのおばあちゃんたち

ジーン・ダフィー著、実川元子訳『サッカー・グラニーズ』平凡社
ジーン・ダフィー著、実川元子訳『サッカー・グラニーズ』平凡社

ひとつのひらめきがすべての始まりだった

 人生にはときおり、思いもかけないときにひらめきが降りてくることがある。

 何週間も頭を悩ませてきた問題の解決策を、夜明けに昇る朝日に包まれた瞬間に思いつく。見知らぬ人の何気ない言葉に、これまで見えなかった物事の別の一面にぱっと光があたってあざやかに全体像が浮かび上がることもあるだろう。ひらめいたことで物事の本質がはっきり見えてくることがある。ひとつのひらめきによって、それまで自分では考えれなかったほど大胆な行動に踏み出し、人生が大きく変わってしまうこともある。

 2010年2月の早朝、私はボストン郊外の7階建てのビルの一室にあるオフィスで、仕事に取りかかろうとデスク前に座った。同僚がまだやってこない静かな時間帯に、ひとりで仕事を始めるのが私の習慣だ。いつもならすぐに仕事に取りかかるところだが、その朝は最初にサッカー仲間のひとりがメールで送ってきた動画を開いた。そして地球の反対側にある南アフリカで、高齢女性たちがサッカーを楽しんでいるその動画に私はひらめきを得た。それが私の人生を大きく変えた。

 南アフリカで開催されるFIFAワールドカップの開幕はまだ4ヵ月以上先だったが、自他共に認めるサッカー狂の私の興奮はすでに高まっていた。当時51歳だった私は、子どもたちの試合をラインの外側から応援するサッカー・ママに飽き足らなくなり、自分もボールを蹴っていた。動画を送ってきたのは、私が所属するサッカーチームでゴールキーパーをつとめるヘザーだ。

 クリックすると、画面にはサフラン色のシャツを着て、ペイズリー柄のバンダナを頭に巻いた黒人の高齢女性が、白い歯を見せて笑いながらカメラに向かって「あんたたちとかけっこしたら、勝つのはあたしだよ」ときっぱり言い放つ姿が映った。

 その様子は自信満々で、闘志がみなぎるその目を見た私は、その言葉があながち冗談ではないと信じた。

「あたしは83歳で心臓発作をもう6回もやっちゃったけれどね」

 ええっ?!

 心臓発作を起こしながらもその年でサッカーをやっているわけ?

「でもサッカーがあたしの人生を変えたよ。サッカーのおかげで人生はもっといいものになった」

 その言葉を聞いた私は広げていた仕事の書類を脇にやって、画面を拡大して動画の続きを再生してじっくり見た。

 動画のリポーターは、その女性が南アフリカの片田舎にあるサッカーチームに所属するベテランのサッカー選手だと紹介した。

 40代後半から80代前半までの35人が所属するチームの女性たちは、親しみをこめて「サッカー・グラニーズ(サッカーおばあちゃんたち)」と呼ばれているという。

 砂埃が舞い、太陽が照りつけるグラウンドで、女性たちはウォームアップしている。みんな合わせてリズムよくステップを踏んで、右に足を蹴りあげて手をたたき、またステップを踏み、左に足を蹴りあげて手をたたく。ダンスのような小気味よい動きだ。特大サイズのシャツと膝下丈のスカートで動きやすそうだ。整備されているとはいえないグラウンドの向こうには、ひょろりと立つ低木と黄褐色の茂みが見える。

 別の短髪の高齢女性がカメラの前に立った。

「サッカーはわたしらを救ってくれた。プレーするのが好きだよ。わたしらは病気持ちだったけれど、いまじゃコレステロール値も血圧も下がったね。検査に行くと医者たちも驚くんだよ。サッカーをしようと誘ってくれた人に神様の恵みあれ」

 ウォーミングアップのあとに、女性たちは走り始めた。革のボールを追いかけ、大きく蹴って土埃を巻き上げる。割り当てられたポジションなど無視して、ボールを追いかけるのに夢中だ。

 その光景に私は心当たりがある。マサチューセッツ州のチームに入ったばかりのころ、私たちもまるでおもちゃを奪い合う子どもたちのように、ボールのまわりに団子になって走り回ったものだ。

 カメラは太り気味の高齢女性たちが息を整えながらゆっくりと走る姿をとらえた。画面の女性たちは私のように一日中座ってデスクワークなどはしていないだろう。だが彼女たちも一日働き、仕事が終わったあとにサッカーの練習にやってきて、からだをめいっぱい使って楽しんでいる。よく見るとなかには骨と皮ばかりにやせた女性もいた。頭に巻いたスカーフとスカートのレインボーカラーがまぶしい。

 ボールがグラウンドを何度も右に左に行き来して、ついにネットをゆらした。女性たちの笑顔がはじけて、近くにいるプレーヤーたちと抱き合って喜ぶ。ライン側のわずかな日陰に身を寄せ合っている大勢のファンたちから歓声があがった。全長2メートルはありそうなプラスチックの角笛を誰かが吹いて、象の雄叫びのような音がグラウンドに響き渡った。

 ニュース番組のリポーターは、おばあちゃんたちがサッカーをプレーすることに眉をひそめる人たちもいるが、地域コミュニティから圧力をかけられても女性たちはプレーをやめないと伝えた。

 おばあちゃんたちが暮らす町の男性たちは「ばあさんたちの仕事は、家で孫の面倒を見ることだ」とサッカーをすることに反対していたそうだ。地元の教会は、フィールド内外を問わず女性たちがズボンをはくことに眉をひそめていたという。

 それでも高齢女性たちはボールを蹴り続けるうちに自信がつき、やがて地元の人たちもサッカーをするおばあちゃんたちの姿を見慣れた。伝統的に女性の服装として「許容範囲内」とされる規範を、サッカーをすることで高齢女性たちはくつがえしたのだ。

 しかしまだ非難している人たちもいる。「短いパンツで走りまわるなんてみっともない」というのが理由だ。孫たちのなかにも反対するものがいる。「ばあちゃんはサッカーなんかできっこないだろう。もう年寄りなんだから」

 だが否定的な意見ばかりではない。グラウンド脇で応援している10代の少年は誇らしげに、笑顔でこう言った。「ばあちゃんたちはサッカーをプレーしているうちに、からだが引き締まって体力がついていった。それを見ていると、サッカーするのはいいことだと思うよ」

 そこで動画は終わった。時計を見ると午前7時で始業の時間だ。でも……我慢できなかった。動画をもう一度最初から見直した。そしてもう一度。

 一見すれば、アメリカに住んでいる私と南アフリカの高齢女性たちとは何の共通点もないように思うだろう。私はアメリカで都市郊外に暮らし、専門職についている白人女性だ。一方でサッカー・グラニーズと呼ばれるおばあちゃんたちは、アフリカの田舎町で暮らす黒人女性だ。

 だが私たちには共通点がある。サッカーチームの仲間たちのサポートを受ける喜びを知っていること。プレーするうちに少しずつ走力がついて、キックも強くなってきて、からだが変わってきたことへの実感。やがて自分もチームを助けるプレーができるようになり、どんどん自信がついてきたときの手応え。ゴールが決まるとチーム全員で分かち合う歓喜。私たちとサッカー・グラニーズの共通点は、サッカーをする喜びを知っていることだ。

 しかし今日の仕事に戻らねばならない。私はしぶしぶサッカー・グラニーズのことを頭の隅に追いやって日常業務に切り替えた。

 だが動画の高齢女性たちの姿は私の頭のなかにどっしりと根を下ろし、消えなかった。その日、スプレッドシートを延々とスクロールしながらも、私は頭のなかで1万2670キロかなたの南アフリカ、リムポポ州ンコワンコワのサッカー・グラニーズと一緒にグラウンドでボールを追いかけていた。

サッカー・グラニーに初コンタクト

 木曜夜、私が所属するサッカーチーム「レクスプレッサス」は定期的に対外試合をしている。動画を見た2日後、ハーフタイムに入ってラインぎわで水分補給をしているチームメイトたちのおしゃべりをさえぎって、勇猛果敢なゴールキーパーのヘザーが聞いた。

「みんな、私が送ったサッカー・グラニーズの動画を見た?」

「見たわよ!」。興奮して私はいった。「年齢があがってもサッカーをやめない姿に感動した」

「みんな聞いて」とカトリーヌがフランス語なまりの英語でいった。「私たちだって、あのおばあちゃんたちと同じことができるのよ。これからもサッカーを続けていきましょう」。カトリーヌはフランス生まれで、子どものころから男きょうだいたちと一緒にボールを蹴っていた。いまは私たち中年女性が結成したアマチュアのチームのコーチだ。

「あの動画は私たちに必要なものを全部教えてくれるわね」といったのは、サイドラインを疾走する俊足のアリソンだ。「誕生日を迎えるたびに、またひとつ歳を取ったとうんざりするのはやめなくちゃ」

 私たちの話を聞いていた対戦相手チームのアンが口をはさんだ。アンはテクニックのあるディフェンダーで、私は何回彼女にボールを奪われたかわからない。「今年7月にマサチューセッツ州でベテランズ・カップが開催されるの、知ってる? そこにサッカー・グラニーズを招待したらどうかしら? 日本の男子チームも毎年招待参加しているから、海外チームの参加も可能だと思う」。ベテランズ・カップは毎年、各州持ち回りで開催される成人向けサッカー全国大会だ。私は参加したことはないけれど、話はよく聞いていた。

 アンの提案に私はひらめいて叫んだ。

「カトリーヌ、私、サッカー・グラニーズにコンタクトをとってみようと思う」

「いいわね。やってみて。まずは連絡してみましょう」

 私が火曜日に視聴したNTVケニアのニュース番組内のサッカー・グラニーズの話は、その後ロイター、BBCとCNNが記事で紹介した。記事をじっくりと読みながら、どうやってサッカー・グラニーズに連絡できるかを探った。

 サッカー・グラニーズのチームの正式名称は「バケイグラ・バケイグラFC」であることを私は知った。地元の言語、ツォンガ語で「おばあちゃん、おばあちゃん」の意味だ。男子代表チームが「バファナ・バファナ=少年たち、少年たち」と呼ばれるのにちなんでいる。

 別の記事で「チームは2006年に癌のサバイバー、ベカ・ンツァンウィジが創設した」とあるのを見つけ、私はその名前を書き留めた。
「私は長くチームのキット購入に給料をつぎこみ、試合を組んできました。簡単なことではありませんでした。もっと多くの人たちに高齢女性たちもサッカーをしていることを知ってもらい、スポンサーを見つけたい」と記事のなかでベカはいっている。

 検索をかけた私は、ベカがコミュニティへの貢献でいくつも賞を受賞していることを知った。「ママ・ベカ」と親しみをこめて呼ばれ、日曜朝のラジオ番組で聖書を読み、牧師たちをゲストに迎えてインタビューしている。番組内でベカはリスナーに電話をかけ、悩み事の相談にのっていた。たとえば、何ヵ月も前に亡くなった親戚が、葬儀費用が払えずに遺体安置所に置かれたままになっていると訴えたリスナーがいた。苦境を知ったベカは番組を聴いているリスナーや地元企業に寄付を求め、集めたカネで棺を購入し、葬儀に必要なテントと食べ物を用意したという。

 ほかにも多く寄せられるのが病気の悩みだ。医者にかかるカネがなくて、必要な治療が受けられないと訴えるリスナーが多い。ベカはリスナーたちにかわって医療サービス提供者に連絡をとり、資金援助を受けられるように取りはからっていた。車椅子購入の寄付をつのって、必要な人に提供した回数は数え切れないほどだ。

 グーグルで検索を続けたところ、やっとラジオ局気付でベカに送れるメールアドレスを見つけた。いざコンタクトをとろうとして、私はひるんだ。押しつけがましさを感じさせず、親近感を持ってもらうように書かなければ。サッカー・グラニーズをべテランズ・カップに招待しようというアンの提案は、最初のメールではふれないことにした。

親愛なるベカ・ンツァンウィジさま

こんにちは!
 私はアメリカ、マサチューセッツ州レキシントンの女性チームでサッカーをしています。チーム結成時には35歳以上のメンバーでしたが、現在は50代が大半です。南アフリカでサッカー・グラニーとしてプレーなさっている動画を拝見しました。バケイグラ・バケイグラ・サッカークラブには60代、70代、80代でプレーなさっているかたたちがいると知って、私たちは励まされます。
 私たちと姉妹チームになりませんか?
                    ジーン・ダフィー

 これでいい。私は深呼吸して、送信ボタンを押した。返信されるだろうかと不安を覚えながら。

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