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私たちはブラジルを知っているのか? 世界が注目する「未来の大国のいま」――『ブラジルが世界を動かす』

記事:平凡社

「最後の晩餐」をモチーフにした壁画。世界最大のカトリック国であるブラジルは、人口の4割以上が混血の「多様性の国」でもある(著者撮影 2024年1月、リオデジャネイロ)
「最後の晩餐」をモチーフにした壁画。世界最大のカトリック国であるブラジルは、人口の4割以上が混血の「多様性の国」でもある(著者撮影 2024年1月、リオデジャネイロ)

平凡社新書『ブラジルが世界を動かす――南米の経済大国はいま』(宮本英威)
平凡社新書『ブラジルが世界を動かす――南米の経済大国はいま』(宮本英威)

 ブラジルは大きな国だ。国土面積は日本の22倍以上あり、世界で5番目に位置する。南北を飛行機で移動しようとすれば5時間かかる。人口は2億1600万人と世界で7番目(世界銀行、2023年)の規模だ。国内総生産(GDP)は世界9位で、将来的にはさらに上位に食い込むとみられる。コーヒーや大豆を中心とする農産物、原油や鉄鉱石といった鉱物資源に恵まれ、航空機を組み立てる技術力もある。

 日本との関係は深い。1895年(明治28年)にフランスのパリで修好通商航海条約を結んで外交関係を樹立した。130周年を迎える2025年は友好交流年にすることが決まっている。農業やインフラの分野では多くの国家プロジェクトを共に推進してきた。

 戦前戦後に日本からブラジルには約26万人が移住した。外務省の24年4月の発表によると、ブラジルには推定270万人の日系人が暮らしている。日本国外で最多だ。海外の日系人は約500万人なので、ブラジルだけで世界の過半を占めている計算になる。ブラジルの全人口と比べても、1%強に相当する。

 逆に日本にも、21万人超のブラジル人が住んでいる。国別で5番目に多い。愛知、静岡、三重、群馬といった県での工場就労が目立つ。サッカーのJリーグで多くの選手が活躍しているのはもちろん、野球、バレーボール、バスケットボールのプロチームにも所属先は広がっている。

サンパウロの東洋人街リベルダージでは、銀行も日本の天守閣を思わせる外観。通りには提灯を模した街灯が並ぶ(著者撮影 2024年、サンパウロ)
サンパウロの東洋人街リベルダージでは、銀行も日本の天守閣を思わせる外観。通りには提灯を模した街灯が並ぶ(著者撮影 2024年、サンパウロ)

 このようにブラジルは世界の中でも大きな国で、日本との関係が深い。にもかかわらず、知られていないことは多いと感じる。2つ要因がある。ひとつは日本から遠いこと。地球の反対側に位置しており、乗り継ぎを含めれば飛行機で30時間かかる。日本企業の進出先としては、どうしても身近なアジアが優先される。もうひとつは日本語や英語で得られるブラジルの情報が決して多くはないことだ。公用語はポルトガル語で、他の南米の多くの国で使われているスペイン語とも異なる。ポルトガル語を学ぶことができる日本の大学はスペイン語よりも少ない。その結果、国際社会でのブラジルの存在感に比べて、日本では過小評価されていると感じることも多い。

 ブラジルでは23年1月にルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバが大統領に返り咲いた。03年から2期8年大統領を務めた経験があり、今回が通算3期目だ。貧しい家庭に生まれ、労働組合の指導者として頭角を現した、たたき上げのリーダーだ。汚職で有罪判決を受けて収監されていたこともあるが、世界でよく知られる国際社会の顔役のひとりである。ルラが引っ張るブラジルは24年に20カ国・地域(G20)の議長国を務めている。25年には有力新興国の集まりであるBRICSの議長国となり、北部の都市ベレンでは第30回国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP30)を開く予定だ。

2022年の大統領選の際には、街中でボルソナロとルラの写真が見られた(著者撮影 2022年10月、サンパウロ)
2022年の大統領選の際には、街中でボルソナロとルラの写真が見られた(著者撮影 2022年10月、サンパウロ)

 27年には南米初の女子サッカーワールドカップ(W杯)開催国になることも決まった。インドやインドネシアなどと並ぶ「グローバルサウス」の有力国として、新興・途上国をけん引して、国際社会で指導力を発揮しようとしている。世界を動かす経済大国であるブラジルがどのような国で、どのような人々が率いているのかを知ることは世界の行方を考える上でも非常に重要だろう。

 本書はブラジルのいまを知るための入門書となることを意図している。政治、経済、外交、産業など幅広い分野を網羅して、最新のブラジルへの理解を深めるのに必要だと考える事柄を多く盛り込んだ。序章ではブラジルの基礎情報をまとめた。第1章は政治に焦点をあてている。22年大統領選、その結果発足したルラ政権の内政を中心に解説している。第2章は外交政策を取り上げ、ルラがどのような国際秩序を目指しているのかに迫った。第3章は熱帯雨林アマゾンを中心に、環境政策について解説した。第4章は農業や製造業を中心に産業構造、第5章は中央銀行決済システム「PIX」に焦点をあててデジタルや金融について書いた。第6章は日本との関係に焦点をあてた。終章ではブラジルの可能性と課題という将来像に言及した。

アマゾン川に浮かぶ小型船用のガソリンスタンド。環境保護政策の要であるアマゾン川は、地元の住民にとっては生活に欠かせない「道」でもある(著者撮影 2023年4月、マナウス近郊)
アマゾン川に浮かぶ小型船用のガソリンスタンド。環境保護政策の要であるアマゾン川は、地元の住民にとっては生活に欠かせない「道」でもある(著者撮影 2023年4月、マナウス近郊)

 各章の終わりにはそのテーマを象徴する「キーパーソン」を取り上げている。どのような背景をもつ人がブラジルを動かしているのかを知ってほしいと思ってこのような構成にした。いずれも私が新聞記者という仕事を通じ話したことがある人物だ。厳密に言うと、ルラとは記者会見や式典で接点があり、直接の会話はごく短時間にとどまる。私のブラジルでの任期中に繰り返しインタビューを申し込んだが、かなわなかった。それ以外の方々には事前に約束をして、椅子に座ってじっくり話を聞いた。その際の印象も盛り込んでいる。

 私は日本経済新聞社のサンパウロ支局長を2度務めた。1度目は12年4月から5年間、2度目は21年10月から2年半だった。この任期中にブラジルの各地で取材した現場や人々、この間に執筆した記事が本書の土台となっている。ひとりでも多くの方に本書を手に取っていただき、日本とブラジルの関係が深まる一助になることを期待してやまない。

『ブラジルが世界を動かす――南米の経済大国はいま』目次

はじめに
資料 ブラジルの基本情報
序章 多様性の国
第1章 【政治】 右派と左派の対立――大統領選とルラの復権
第2章 【外交】 国際社会の新秩序構築へ――米中の間で立ち位置を模索
第3章 【環境】 熱帯雨林アマゾンの保護――国際交渉の最前線
第4章 【農業・産業】 世界の供給源――コーヒーや鶏肉から飛行機まで
第5章 【デジタル・金融】 「国民総電子決済」へ――PIXで狙う世界覇権
第6章 【日本との関係】 進む民間協力――距離の壁越えパートナーに
終章 未来の大国
おわりに

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